視点移動、視点自由
1
東京は六本木の森美術館で開催されている、村上隆の五百羅漢展に行ってきました。
森美術館は初めてです。
村上隆さんの作品を初めて見たのは、確か2002年頃、大阪のサントリーミュージアムで開催されていた「ドラえもん展」です。その中で、村上隆さんのトレードマークのようなものの一つとなったお花の絵がありました。
その後、美術特集の雑誌で、フィギアの作品もしり、その後、「芸術起業論」を読み、また、「芸術闘争論」も読んでいました。
また、Ustreamだったか何かで語る現代美術の学び方のようなトークも聞きました。
なぜか、目が離せません。
そんなところに、この五百羅漢展の開催です。
2
中は写真撮り放題でした。
コンビニ書店の雑誌の紐とじは絶対に売上を落としていると考えているのですが、それと同じで、美術館なども写真を自由に撮らせないことによってかえって、集客のチャンスを逃していると思っていたところ、さすが村上隆展、撮影自由でした。
現代アートが好きなんだという自覚が生まれたのは、30代の頃です。
新聞評や広告などで、これはと思う美術展には足を運ぶようにしています。
行くと楽しいから。ちょっとした小旅行をしたような感覚を得られます。
なぜかと考えるに。
既存の、日常の視点を外せるからだと思います。
自分の日常、考え方、行動パターンに揺さぶりをかけ、異なる視点を得る刺激。
こうした刺激は、好きな人と嫌いな人に分かれるかと思います。
今いる場所の延長線から離れられない人。
モノの見方、考え方。自分以外の人のモノの見方を試みられない人、「自分」から離れられず、視点移動ができずに、視点の自由がない人。
こうした人は、現代アートや、村上隆さんのような作品は生理的に受け付けないのではないかと思います。
しかし、「離れる」こと、「不安定」さを楽しめる人には、きっとじんわりとバワーをもつ村上隆さんの作品の数々。
脳内トリップができる現代美術が好きです。
一枚欲しい。。。家か事務所に飾りたい。
3
お仕事と結びつけて考えるに。
弁護士業。
訴訟、調停、手続外の交渉といろいろとあります。
依頼者の方にはっきりとお伝えしているのは、訴訟は博打ですよ、ということです。
訴訟になっても、和解ができるなら和解を勧めます。なぜなら。ある程度、結果をコントロールできるからです。当事者が譲り合って、紛争に解決をつける。
誰にとってももっとも得な、ベストな選択になります。
交渉、調停もある意味、裁判上の和解と同じで。
決裂した時にどうなるのか。それぞれのコントロールが及ばない領域に踏み込んでいくこととなります。
こうしたことの怖さを理解できる人は、第三者である裁判官の手に事態を委ねることなく、自ら解決する力を持ちます。
自分で解決する力。
そのためには、自分のものの見方、自分の考え、執着から一旦離れることが必要です。
これができる人とできない人がいるのは世の中、やむをえません。
だから、裁判所かあるわけですし。また、弁護士という他者の専門家もいるわけですし。
裁判になったらどうなるのかという知識と想像力、恐怖心、そして視点移動、視点の自由さがものごとを解決し、その人を窮地から救うことになると思います。
裁判所の廊下には、ぜひ村上隆さんのような、現実を吹っ飛ばすようなパワーのある美術作品を展示すべきだと思います。
ちっぽけな世界で争っているにすぎないことに気づけるかも。
(おわり)
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