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19 裁判例

2009年11月 8日 (日)

設計・施工者等の不法行為責任~基準と解釈と事実認定とあてはめ~【松井】

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 最高裁第2小平成19年7月6日判決の差戻審が、平成21年2月6日、福岡高裁であったようです。判例時報2051号74頁に掲載されていました。

 最高裁の内容は、これです。
 http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=34907&hanreiKbn=01

 上記最高裁の判断はなるほど!というものでした。

 ただ、この最高裁の基準を受けての福岡高裁の判断。結論としては、「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害されたものということはできない」として、「当該建物の建築工事を請け負った会社及び建築工事の設計・監理を受託した会社の建物の所有者に対する不法行為責任」を否定しました。
 最高裁の基準の解釈と事案での瑕疵の事実認定、あてはめを見て、正直なところ、おやっ?という違和感を感じました。あまり説得的とはいえない、一つの基準をふりまわしてのあてはめによる強引な結論かもしれないという危惧があります。
 まあ、もしかしたらただ単に、やはり原告側の立証が出来ていなかったというだけのことかもしれないですし、証拠を見たわけではないので何とも言えませんが。

 ただ、判例時報の解説も次のように指摘しています。
 

「本判決の結論が本件上告審判決の判断基準を具体的にあてはてめたものとして妥当性があるか否かは今後の議論が予想され、かつ、期待されるところである。」
と締めくくられています。

 この事件の経緯を知ると、ああ、裁判って本当、ギャンブルだわという思いをまた強くするのです。
 自分用に以下にメモ。


 原告Xらは、本件土地・建物をAから購入したもの。Y1は、本件建物の設計・監理を受託したもの、Y2は本件建物の建築工事をAから請け負ったもの。
 Xは本件建物には瑕疵があるとして、約3億5000万円の損害賠償請求。
 なお、上告審とこの差戻審での争点は、瑕疵担保責任ではなく、Yらの不法行為責任に絞られていたようです。

 1審大分地裁平成8年(ワ)385号、平成15年2月24日判決。
 なんと!平成8年に提訴して、判決まで7年を要したようです。やむを得ない事情があったのかもしれないけどひどすぎる。。。
 で、判決は。一審はYらの不法行為責任を認めました。

 しかし次の控訴審。福岡高裁平成16年12月16日判決は。
 Xらの請求を棄却しました。
 解釈として問題とされたのは、この点のようです。
 

「建築された建物に瑕疵があるからといって、その請負人や設計・工事監理をした者について当然に不法行為の成立が問題になるわけではなく、その違法性が強度である場合、例えば、請負人が注文者等の権利を積極的に侵害する意図で瑕疵ある目的物を制作した場合や、瑕疵の内容が反社会性あるいは反倫理性を帯びる場合、瑕疵の程度・内容が重大で、目的物の存在自体が社会的に危険な状態である場合等に限って、不法行為責任が成立する余地がある」
(上記判例時報77頁。「三 審理経過 (2)差戻前控訴審 イ 不法行為責任について 」)
 で、事実認定としては、Xらが主張する「瑕疵」、Yらの行動はこの基準にはあてはまらないから、Yらに不法行為責任はないとしたようです。
 Xらは本件建物の瑕疵としては、9階の共同住宅につき、もっぱら各所に現れた「ひび割れ」を現象として指摘し、その原因として不適切な施行があったことを指摘したようです。

 そして最高裁。これが上記の平成19年7月6日判決です。
 曰く。
 

「以上と異なる差戻前控訴審の上記(2)イの判断には民法709条の解釈を誤った違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、差戻前控訴審判決のうち一審原告らの不法行為に基づく損害賠償請求に関する部分は破棄を免れない。」
としました。
 
 最高裁はどのように解釈したのか?
 
「建物は、そこに居住する者、そこで働く者、そこを訪問する者等の様々な者によって利用されるとともに、当該建物の周辺には他の建物や道路等が存在しているから、建物は、これらの建物利用者や隣人、通行人等(以下、併せて「居住者等」という。)の生命、身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず、このような安全性は、建物としての基本的な安全性というべきである。」
とします。
 そのうえで、
 
「そうすると、建物の建築に携わる設計者、施工者及び工事監理者(以下、併せて「設計・施工者等」という。)は、建物の建築に当たり、契約関係にない居住者等に対する関係でも、当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うと解するのが相当である。」
として、注意義務を認めました。
 
「そして、設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害された場合には、設計・施工者等は不法行為成立を主張する者が上記瑕疵の存在をしりながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情のない限り、これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきである。居住者等が当該建物の建築主からその譲渡を受けた者であっても異なるところはない。」


 そして、平成21年2月6日、差戻審となる福岡高裁判決です。
 限定しています。
 

「『建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵』とは、建物の瑕疵の中でも、居住者等の生命、身体及び財産に対する現実的な危険性を生じさせる瑕疵をいうものと解され、建物の一部の剥落や崩壊による事故が生じるおそれがある場合などにも、『建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵』が存するものと解される」
としています。
 理由は、
「上告審は、建物は、居住者等の生命、身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず、このような安全性は、建物としての基本的な安全性というべきである旨判示し、さらに例示として、バルコニーの手すりの瑕疵であっても、これにより居住者等が通常の使用をしている際に転落するという、生命又は身体を危険にさらすようなものもあり得る旨判示している。」
という点から引っ張っています。
 その上で、一審原告の主張に対しては、
「一審原告は、『建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵』について、建築基準法やその関連法令に違反する瑕疵をいうと主張する」
とし、「しかし」と続きます。
 
「上告審の上記判示が建築基準法やその関連法令違反のことを示すのであれば、『建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵』と、一定の幅を持ち、必ずしも一義的明確とはいえない概念を用いる必要はなかったし、建築基準法やその関連法令は、行政庁と建物の建築主や設計・施工者等との関係を規律する取締法規であり、これに違反したからといって、それだけでは直ちに私法上の義務違反があるともみられない。」

 
「また、ささいな瑕疵について、設計・施工者等が第三者から不法行為責任の追及を受けるというのも不合理であるから、一審原告の上記主張は採用できない。」
としています。
 ???
 今年平成21年2月の高裁判決です。何か解釈として違和感を感じます。つまり、建築基準法や関連法令のうち、生命、身体及び財産の安全に関するものも当然あります。そうであれば、最高裁の判示のうち、建築基準法や関連法令の上記な趣旨を持つ条項に反する場合は、それで義務違反といいうる余地もあるのではないかという素朴な疑問があります。あくまで素朴な疑問ですが。ここまで言い切ることも出来ないのではないかと。
 
 そして福岡高裁は、次の事実を大きな間接事実としたうえで、原告らの個別的な瑕疵の主張をばったばったと切っていくのです。
 
「思うに、『建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵』の存否については、現実の事故発生を必要とすべきではないが、一審原告らが本件建物の所有権を失ってから(平成14年6月17日)六年以上経過しても、何らの現実の事故が発生していないことは、一審原告らが所有権を有していた当時にも、『建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵』が存在していなかったことの大きな間接事実であるというべきである。」
とまで前置きしています。
 そして個々の原告の主張に対しては。
 
「一審原告らが所有権を失ってから六年以上経過しながら、何らかの事故が発生したとの報告もないことは前記のとおりであるから、一審原告らが本件建物を所有していた当時に、居住者等の生命、身体又は財産に対する現実的な危険性が生じていたとは認められない。」
というのを何度も持ち出して、Yらの不法行為責任を否定しました。


 地震が起きない限り、現に建っていればそれで安全、という議論を思いださずにはいられません。
 上告受理申立てをされているようなので、来年あたり、また最高裁判決が出るでしょうか。
 紛争後、10年以上が経過しておりひどいなという進行状況であると共に、高裁判決もなんだかなあというものです。

(おわり)
 
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2009年9月24日 (木)

相続法と計算~遺留分など~ 【松井】

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 ブログの過去の記事を見て頂くと分かるように、私は個人的にも「相続」事件が大好きです。
 なぜか。たまたま弁護士1年目のとき、他の弁護士さんが遺産分割事件の審判まで担当された事件の不服申立の事件、即時抗告審を担当したり、公正証書遺言の作成を担当していたところ残念ながら適わずに遺言者の方がお亡くなりになってしまい、そのまま遺産分割事件に突入し、遺産の範囲から問題となり、あしかけ10年、調停、訴訟、調停、訴訟となってしまった事件を担当した影響が大きいと思います。

 即時抗告審からの担当で学べたことは、本当に相続の0~10まで基本的な事柄を総ざらえできたということでした。
 家庭裁判所での審判書に対して、そのアラを見つけ出す作業です。しかし、弁護士1年目。相続の分野は実は司法試験でも試験にほとんど出ないところなため、実務的なことは全く知りませんでした。
 そのような状態で、審判事項とは何か、訴訟事項とは何か、財産を評価するにしてもいつの時点でどのように評価すべきと考えられているのか、しらみつぶしにチェックしていきました。まさに弁護士1年目だからこそ出来たような時間をかけた仕事っぷりでした。
 そして公正証書遺言の作成とその後に続く、調停申立て、取り下げ、遺産の範囲確認の訴えなども同じです。結局、2回訴訟をして、2回とも最高裁までいきました。そして3度目の正直で、ようやく調停成立です。その間、特別受益だ、持ち戻しだ、なんだと確認しました。これは相続事件ではよくあることですが、被相続人に収益物件があり、この収益物件に関して、賃貸借ということで種々の問題が生じ、さらにはこれもよくありがちですが、被相続人が各種不動産を取得するに際し、結構な額の借入金で建設資金や運用資金を賄っていたため、負債も相当額あったという、次から次へと周辺の事柄も相続に絡んで問題となるという場合でした。
 また私としては幸運なことに、この間さらに、何件かの遺留分減殺請求訴訟や遺言無効確認の訴えを担当させていただく機会がありました。
 こうして、相続分野について、四方八方からいろいろな経験をさせていただくことができました。
 そして法的にもまだまだ未開拓な、やりがいのある分野だということが分かると同時に、相続事件というのは、お亡くなりになられた被相続人の方の一代記に接するものだという思いになりました。ご自身でそれだけの財産を築かれた方、あるいは代々の財産を守られた方がどのようにビジネスを行い、配偶者をもち、子をもち、行きて来られたのか。その40年、50年に渡る歴史に接し、この点で興味深く思うと同時に、畏敬の念を禁じ得ません。
 このように、過去30年、40年前の事柄が問題になりえて、壮大な思いで仕事をさせていただくのは相続事件くらいではないかと思います。


 でも、弁護士によっては相続事件があまり好きではないという人もいます。
 なぜか。
 当事者が複数であって、利害対立状況が複雑というのもありますし、また結局、過去のしがらみにもとづく兄弟げんかや後妻と子ども達の親子げんかじゃないかという見解もあるようですし、親が遺してくれたものに何で取り分でいがみあうのか、さらには計算が複雑でよくわからないから好きになれないという点もあるようです。
 
 この点、言い得て妙な表現を最近、見かけました。法学教室09年10月号の「家族法ー民法を学ぶ第19回」「具体的相続分の決定『だってもらってたじゃない!』(神戸大教授 窪田充見)の中の言い回しです。

 

「ところで、個人的なことになりますが、おの具体的相続分の計算という問題、私は、比較的好きです。計算ばかりであまり好きではないと言う諸君も多いのではないかと思いますが、そうした計算の前提となるしくみの中には、相続をめぐる基本的な問題が見え隠れしていると感じられるからです。」
とあります。
 まさにそのとおりです。

 さらにはこのような表現も。
 

「私の印象では、相続法の問題は、各所によくわからない深みが潜んでいる。」

 そうなんです、そうなんです。

 だからこそ、平成10年以降においもて、相続の分野では未だなお注目の最高裁判決が出て続けているのだと思います。
 突き詰めて考えると、この場合、どうなるんだろうという問題が今なお結構あります。 
 以前にも述べたように、こういった問題は従前は、最高裁にいくまえにどこかで当事者間でおりあいがついていたのだろうと思います。ところが、最近ではやはり徹底的に裁判所の判断を求めるというところに来ているのではないかと思います。
 なお、当事者が複数で複雑に利害がからみあうという状況も、私は実は好きです。利害関係が単純ではないだけに、どこかでダイナミックな解決に至る要素、チャンスが多いからです。
 以前、ある家裁の調査官が口にしていました。
 

「相続事件(遺産分割)は、アイデアですよ。」

 そのとおりだと思います。


 ところで、判例タイムズ07年11月15日号での「遺留分減殺請求訴訟を巡る諸問題」では、裁判官ら共同で執筆しているのですが、次のような表現で冒頭はじまっています。
 

「遺留分減殺請求訴訟は、複雑困難な訴訟類型の一つとされており、遺留分侵害額、減債額等の算定が複雑であるほか、論点や判断要素も多く、個々の論点についても必ずしも実態法の解釈が一義的であるとは言えない。」

 「このため、当事者双方がこれらの論点等について十分に理解せず、また、共通認識を持つことなく、主張立証を行って、審理が混乱する場合も少なくない。」

 つまり、弁護士が「遺留分」について理解しないままに適当に訴訟活動をしていることが多いですよ、ということです。
 
 なぜか。やはり「算定が複雑」であり、「論点や判断要素も多く」、「必ずしも実態法の解釈が一義的であるとは言えない」からです。
 思うに、そもそも問題、論点があることすら気づかずに訴訟活動、代理人活動をされている場合もあるのではないでしょうか。
 その場合「共通認識を持つことなく」、交渉、訴訟活動が行われます。
 一番の被害者は、まさに依頼者、当事者ではないかと思います。

 でも逆に、複雑で困難な問題だからこそ、紛争解決を担当させていただく弁護士としては、非常にやりがいを感じ、面白いと私は思うのです。
 遺留分減殺請求にしても、法律上は、民法1028条で

「兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。」
として、
「一 直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の三分の一
 二 前号に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の二分の一」

とあります。
 だから、私は相手に「三分の一」、「二分の一」請求できるといったことにはなりません。

 ここからがスタートです。
 1029条1項には、遺留分の算定の規定があります。
 

「遺留分が、被相続人が相続開始のときに有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して、これを算定する。」

 とあります。
 さらには、民法は1044条まで遺留分に関する規定をおいています。
 遺留分、遺留分と言われていますが、実際に、じゃあ、誰に対して、いくら、何を請求できるのかというと、事案に応じた計算をせざるをえません。
 
 これにやりがいを感じられるかどうかだと思います。

 知識と経験と、そしてアイデアが相続事件だと思います。
 

 ちなみに、先の判例タイムズの特集の見出しだけひろっておきます。
 これだけのことが問題になりうるのが遺留分なのです。
 計算式に当てはめて、ちゃっちゃと算出できる代物ではありません。
 
 公正証書遺言の作成件数が増えているようですが、遺言作成数の増加と共に、遺言無効確認の訴えのみならず、遺留分減殺請求訴訟も増えてくるのではないかと予想されます。 現に私の方へのご相談でも、遺言を巡ってのご相談が増えています。
 検討順位は、まず、無効ではないのかどうかをしっかり検討します。カルテや介護施設の記録が重要です。
 そして次に、遺留分を侵害する内容か否かが検討されます。このとき、相続時の財産だけではなく、生前に渡しているものなどがないかまで検討しなければなりません。
 実は、方向性を決めるまでにかなりの調査作業を要するのが、相続です。


以下、判例タイムズ07年11月15日号、12月15日号


 

第1 遺留分減殺訴訟の意義・訴訟物等
  1 遺留分減殺請求訴訟の意義
  2 遺留分減殺請求訴訟の訴訟物

 第2 遺留分減殺請求の当事者
  1 遺留分減殺請求権者
  2 相手方
  
 第3 遺留分及びその侵害額の算定
  1 遺留分侵害額の算定法法
  2 算定の基礎となる財産について
  3 当該相続人の遺留分の割合
  4 当該相続人の特別受益額
  5 当該相続人の純相続分額
  
 第4 遺留分減殺請求権の行使
  1 遺留分減殺請求の意思表示
  2 減殺の方法
  3 遺留分減殺請求の競合
  4 権利の濫用
  
 第5 遺留分減殺請求権の効力
  1 遺留分減殺請求権の行使と法律関係
  2 遺留分減殺請求権の行使により遺留分権利者に帰属する権利の性質
  
 第6 価額弁償
  1 価額弁償の制度について
  2 価額弁償と減殺請求の効果
  3 価額弁償の方法
  4 価額弁償の評価基準時
  5 価額弁償の抗弁を容れる場合の判決主文
  6 価額弁償の終期
  7 贈与又は遺贈の目的物が第三者に譲渡された場合
  8 一部の価額弁償の可否
  9 贈与・遺贈が未履行の場合

 第7 遺留分減殺請求権の消滅 
  1 放棄
  2 時効


(おわり)
 
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2009年9月15日 (火)

親族会社にありがちかも~取締役会の形骸化~【松井】

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 自分用にメモです。親族会社というわけではないのでしょうが、株式会社の代表取締役が、法律上、取締役会決議が必要なのに、決議なく、自分だけの判断で対外的に第三者と取引をしちゃったというとき、第三者は、その取引は無効だと主張できるかどうかという問題です。
 最近、最高最判例が出ました。
 最判二小平成21年4月17日判決(判例時報2044号142頁)です。
 

 事案はというと簡略化すると次のようなものでした。
 A社がY会社から、利息制限法を越える利率でお金を借りて返済しつづけていたところ、実は2億円ほどの過払いがあり、不当利得返還請求権を有しているということが分かりました。
 そこで、A社は、他の債権者であるXに対し、この2億円の債権を譲渡しました。平成16年12月のことです。
 しかしながら、実はこのA社は、同年5月、約20億円の負債を抱えて、既に事実上倒産している状態でした。
 つまり、A社には、この2億円の過払金返還請求権以外にはめぼしい財産はなかったのです。
 ということは、会社法の規定からいけば、この2億円の債権の譲渡は、会社の「重要な財産の処分」にあたり、取締役会決議を要するとされるものでした(会社法362条4項1号)。しかしA社の代表取締役は役会決議を経ずに、Xにこれを譲渡し、Xも、これがほぼ唯一の財産であること、役会決議がないことも知っていました。
 その後、XがYに対し、2億円の返還請求訴訟を提起しました。Yは、あんたは債権を譲り受けたといっているが、譲渡人のA社において有効な債権譲渡の手続が執られておらず、そのことをあんたは知っていたんだから、A社⇒Xの債権譲渡は無効で、あんたに債権はないよと反論しました。
 原審の東京高裁は、このYの主張を認め、X敗訴判決となりました。


 しかし最高裁は、ひっくりかえしました。
 争点は、A社は無効主張をしていないのに、第三者のYが無効を主張することが出来るか?というものでした。
 面白いです、法律。絶対的無効と相対的無効という考え方です。
 絶対的無効というのは、誰との関係でも無効といこと、相対的というのは、この人とこの人との間では無効だけど、他の人との間では有効という考え方です。

 で、最高裁はというと、相対的無効と考えました。
 会社法362条4項がもうけられた趣旨からの帰着です。

 

「会社法362条4項は、同項1号に定める重要な財産の処分も含めて重要な業務執行についての決定を取締役会の決議事項と定めているので、代表取締役が取締役会の決議を経ないで重要な業務執行をすることは許されないが、代表取締役は株式会社の業務に関して一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有することにかんがみれば、代表取締役が取締役会の決議を経ないでした重要な業務執行に該当する取引も、内部的な意思決定を欠くにすぎないから、原則として有効であり、取引の相手方が取締役会の決議を経ていないことを知り又は知り得べかりしときに限り無効になると解される(最高裁昭和36年(オ)第1378号同40年9月22日第三小法廷判決・民集19巻6号156頁参照)。」

 「そして同項が重要な業務執行についての決定を取締役会の決議事項とさだめのは、代表取締役への権限の集中を抑制し、取締役相互の協議による結論に沿った業務の執行を確保することによって会社の利益を保護しようとする趣旨に出たものと解される。」

 
「この趣旨からすれば、株式会社の代表取締役が取締役会の決議を経ないで重要な業務執行に該当する取引をした場合、取締役会の決議を経ていないことを理由とする同取引の無効は、原則として会社のみが主張することができ、会社以外の者は、当該会社の取締役会が上記無効を主張する旨の決議をしているなどの特段の事情がない限り、これを主張することはできないと解するのが相当である。」


 感覚的にも妥当な判断だと思います。
 A社と、その取引の相手方X、そして第三者にたるY、それぞれの利害関係の調整が図られているように思います。
 
 このように、本来、取締役会の決議事項だけど、たとえば今回のA社は、行為時、事実上、代表取締役しかいない状況だったのだろうと想像できるし、そうでなくても、親族会社のような場合、そこまで厳密に手続をとっていないことはままありうる話しであって、その度に、相手方以外の人から、「無効」だといわれたのでは取引の当事者はたまったものではないかと思います。
 会社がそれでいいって言っているんだから、いいじゃん、といったところでしょうか。
 よくありそうな話しなのに、今頃、最高裁判決が出ているというのも不思議です。
 
 ただ、まあ、親族会社とはいえ、手続は手続としてきちんとしておいたほうが余計な紛争を招かないと言う意味では、適切だと思います。
 面倒でも、株式会社を経営する以上は、最低限の会社法の手続を押さえておかないと、いざ、相続紛争などが起こったときに足下をすくわれかねないので注意、勉強しておくべきだと思います。

 経営者って、大変です。
税法はもちろん、会社法民法労働基準法といった法律、さらには簿記会計管理会計も知っておく必要が本来あります。
 ここらへんを適当にやっていると、ハッと気づいたら目の前に破産法の適用が待ち受けているということにもなりかねないので気をつけてください。
(おわり)

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2009年9月11日 (金)

侵害額の算定と相続債務の扱い〜遺言と遺留分減殺請求〜【松井】

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*昨日9月10日は新司法試験の合格発表日だったようです。昨年、当事務所にバイトに来てもらっていたMさん、合格だそうです!偶然、裁判所の前でお会いしました。嬉しいです!事務所に戻って他のスタッフや大橋にも伝えたら、皆、大喜びでした。これからまた新たなスタート、頑張ってください!


 この前触れた、遺留分と相続債務に関する最高裁判例です。
 最高裁三小平成21年3月24日判決(判例時報2041号45頁)です。
 http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=37455&hanreiKbn=01


 一般の方でもちょっと相続に関心のある方であれば「遺留分」という言葉は知っていると思います。
 そして流行の「遺言」を作る際においても、「遺留分」「遺留分」「遺留分を害することはできない」などという言い方をされます。
 そこで極端なのが、本当は子ども4人のうち、一人に全部をあげたいんだけど、「遺留分があるから」といって他の3名のものに対しては、遺産の遺留分相当額を相続させるといったような遺言です。
 1/2×1/4=1/8 を相続させるといったような遺言です。
 
 実際、相続が発生してから遺留分が問題となる場合、遺留分減殺請求権を行使して、実際に確保できる金額、財産評価額はいくらなのかというと、これを算出するのにいろいろと「算定」方法が定められています。
 実は結構ややこしいのです。
 きちんと算出する場合、「エクセル」は必須です。
 そのため、以前、弁護士会での家庭裁判所の担当裁判官を講師にしての相続研修においては、裁判官は、このように言っていました。
 「相続事件は、実は、弁護士さんは皆さん誰でも出来ると思っているかもしれませんが、実際には、特定の専門分野として複雑な内容なんです。」と。
 要は、きちんと勉強をせずに家裁に遺産分割などの申立てをしている方が結構いらっしゃる、勉強してきてくれということでした。
 またさらには、「相続は、計算方法の問題でもありあす。これは、いまやエクセル表が不可欠ともいえます。若い弁護士さんなら皆、エクセルを使いこなせているでしょう。ご年配で、エクセル表を使っていない方はぜひ若い弁護士さんと組んでされてはどうでしょうか。」
 
 やはり、なるほどと思いました。確か、もう2、3年も前の研修です。

 このように遺留分侵害額の算定といっても算式があります。
 ただ、そんなことはもうとっくに全て、解釈論は解決されているのではないかと思うのももっともだと思います。
 ところが、この前のエントリーでも触れたように、平成10年以降も続々と最高裁判決が出ているのです。
 そして、私自身、あ、こんなこともまだ解決されていなかったのかと驚いたのが、今回の平成21年3月の判決事例でした。


 遺留分については、民法1028条から1044条までの間に規定されています。
 1029条が遺留分の算定です。そして1031条において、遺贈又は贈与の減殺請求として、「遺留分権利者及びその承継人は、遺留分を保全するのに必要な限度で、遺贈及び前条に規定する贈与の減殺を請求することができる。」としています。
 ここでいう「遺留分」の額を算定するにあたって、相続債務はどのように取り扱われるかです。
 最高裁で問題となったのは、遺言があって、その内容は、相続人のうちの一人に対して財産全部を相続させる旨の内容であり、このとき、被相続人が負っていた金銭債務の法定相続分に相当する額を遺留分権利者が負担すべき相続債務の額として遺留分の額に加算すべきかどうかが争われました。

 なぜ問題になるかというと、相続債務については、民法899条「各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する」として、金銭債務のような「可分債務」については、相続人らは被相続人の債務の分割されたものを承継するもの解されていたからです(最判昭和34年6月19日民集12.6.757)。
 
 どういうことかというと、被相続人Aさんは、不動産を含むプラスの財産約4億1000万円を有し、一方で、同じく約4億円の負債を有していました。相続人は子どもXとYです。
 そして公正証書遺言で、Yの相続分を全部として、遺産分割方法の指定として遺産の全部をYに移転する内容を定めました。
 これに対し、XがYに対し遺留分侵害請求をしたのです。
 
 そしてXは、その遺留分侵害額の算定にあたって次のように主張しました。
 プラスの財産約4億1000万円円から約4億円を差し引いた1000万円の4分の1である、250万円に、相続債務の2分の1に相当する2億円を加算して、Bの遺留分侵害額は2億0250万円に当たると主張したのです。
 これに対し、Aは、いやいや相続債務の2億円は、本件のような相続人の間では当然に法定相続分で分割されるというものではなく、遺言によってAがすべて負担することになるものであって、Bの遺留分侵害額の算定にあたっては加算されず、Bの侵害額は250万円だとして争いました。
 えっらい、おおきな違いになります。

 これは、そりゃあ、最高裁まで争うでしょうという事案だったようです。

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 で、最高裁はどうかというと、次のような判示となりました。直感的に、妥当な常識的な判断だと思えます。法的構成もまあ、そうだよねというものでした。
 こんなことが未だに争われ平成21年3月になって最高裁が判断を示さざるを得ないのが相続の法律の世界なのです。
 違う観点からいえば、あちこちにまだ落とし穴や地雷がありうる世界であって、本当に法律論、条文、最高裁判決、学説、知恵がないと「遺言作成の依頼を受けます」などと怖くて言えない分野なのだと思います。
 事案も平成15年7月に公正証書遺言を作成し、11月になくなってから、遺言の内容が不明確ともいえたために、結局6年もの間、相続人らは弁護士費用や時間、労力をかけて争わざるを得ませんでした。
 遺言を遺した被相続人も不本意ではないかと思います。

 最高裁の判断

「相続人のうちの一人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合、遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り、当該相続人に相続債務もすべて相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり、これにより、相続人間においては、当該相続人が指定相続分の割合に応じて相続債務をすべて承継することになると解するのが相当である。」

 
「相続人のうちの一人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされ、当該相続人が相続債務もすべて承継したと解される場合、遺留分の侵害額の算定においては、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されないものと解するのが相当である。」

 結局、さっきのXさんの場合の遺留分侵害額は、XとYとの間では負債2億円はYのみが負担するものということで、Xの遺留分侵害額算定においては考慮せず、結果、Bの遺留分侵害額は250万円ということで確定しました。


 問題のポイントは、判例時報の解説でも指摘されているように、
 

「本件遺言は、Yの相続分を全部と指定し、その遺産分割の方法の指定として遺産全部の権利をYに移転する内容を定めたものであるが、その効力がAの有していた金銭債務にも及ぶのかどうかが問題となる。」
ものです。
 
 そしてこの問題を考えるにあたっても、過去の裁判例などを敷衍する必要があります。
 
「相続人に対して財産を相続させる旨の遺言などにより遺産分割の方法が指定され、その対象財産の価額が当該相続人の法定相続分を超える場合には、相続分の指定(民法902条)を伴う遺産分割方法の指定であると解するのが一般的な見解である。」
こと、

 

「相続分の指定がされた場合、指定の効力が相続債務にも及び、共同相続人間の内部関係では、各相続人が相続債務についても指定相続分の割合により承継又は負担するものと解されていること。」

 

「相続させる遺言に遺産分割方法の指定の意味がある解するのであれば、遺産全部を一人の相続人に相続させる遺言がされた場合(対象財産の価額が当該相続人の法定相続分を超えることは明らか)には、特段の事情がない限り、相続分の全部が当該相続人に指定され、少なくとも相続人間においては相続債務についてもすべて同人が承継又は負担するものとされたと考えるべきであろう。」

 と指摘されます(判例時報2041号46頁。判例解説。)
 
 可分の相続債務の取扱いについては、債務についても「被相続人の財産に属した一切の権利義務」(民法896条本文)に含まれるものとして法定相続分(民法900条)によって相続開始時に当然に分割されると解されています。当事者間の特段の合意があればともかく、そうでない場合は遺産分割の対象にならないと解されています(民法906条)。既に分割済みだから。家庭裁判所の審判でも、当事者間の合意がない限り、審判の対象にはなりません。
 他方、民法902条では、
「被相続人は、前二乗の規定にかかわらず、遺言で、共同相続人の相続分を定め、又はこれを定めることを第三者に委託することができる。ただし、被相続人又は第三者は、遺留分に関する規定に違反することができない。」
とあります。
 遺言で、相続分を定めることができるので、相続債務についても、相続発生と同時に分割されるとはいえ、その分割の割合を被相続人は遺言で決めることができると考えられるのです。
 そこで、相続債務の負担について、遺言者の意思の解釈という問題となって今回の事例も検討されたのです。


 遺言を作成するとき、前回の生命保険のことはもちろん、債務の負担についても検討することが不可欠だということです。
 本件でも、遺言でそのことが明記されていれば、最高裁判決まで争うという必要もなくて済んだということです。
 少なくともこれからは要注意です。
 検討すべきことが検討されずに、かえって紛争を拡大させるような遺言が作成された場合、遺言作成の依頼を受けたものは助言義務の注意義務違反に問われるということもありえるのかと思います。
 気をつけねば!
(おわり)

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2009年9月10日 (木)

契約書の文言/法律用語と一般的な国語の用法〜スズケン対小林製薬〜【松井】

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 平成19年の秋の初めころだっかに、新聞で小さく報道されていた事件、名古屋の医薬品卸売り業者スズケンが大阪の小林製薬に対し、議決権行使禁止の仮処分を求めたという事件がありました。
 その後、新聞報道では認められなかったという結論だけが報道され、いつまでたっても判例雑誌等でその名古屋地方裁判所での仮処分申立の決定書が掲載されることはありませんでした。ネットで検索もしたのですが、自分のブログ記事がヒットするだけで、ひっそりと忘れられた事件になっているのだと思っていました。認められなかった仮処分のあと、スズケンがさらに本訴を提起したという報道も目にすることはありませんでした。


 ところが、今年になってようやく取り上げられるようになり、ついに決定書を目にすることが出来ました。
 金融・商事判例09年7月1号50頁と商事法務09年7月25日号82頁です。
 
 名古屋地裁平成19年11月12日決定(株式交換承認の議決権行使禁止仮処分申立事件)の決定書の全文を読んでみて分かったこと。
 スズケンと小林製薬が締結した契約書の文言に決定的な不備があったため、その間隙を縫ったのかどうかまでは分かりませんが今回の小林製薬の行動となり、裁判所はスズケンの言い分を認められなかったのだということです。
 端的には、「株式の譲渡」というこの言葉を法律用語として解するのか、一般的な国語の用法として解するのかでした。株式の「交換」は、株式の「譲渡」にあたるのか否かが問題とされたようです。

 スズケンの言い分は、一般的な国語の用法としての主張に基づいていると解されました。すなわち、「譲渡」というからには、「交換」も自身の手から株が離れるという意味で「譲渡」だろうと。
 それに対して裁判所は、

「一部上場企業で、過去にM&Aの経験を有する大企業」
であって、そもそものスズケンと小林製薬との契約においても
「薬粧卸売事業を、債権者及びコバショウ間の本件吸収分割及び株式交換の方法によりコバショウに移管することや、それに伴って債権者と債務者の共同出資会社となるコバショウの経営・運営方法を定めたものであること」
「本件合意書上、4条には、債権者がその薬粧卸売事業をコバショウに移管する方法として株式交換が規定され・・・」
と「株式交換」を意味する用語が使い分けられていることからすれば、17条に規定される「保有するコバショウの株式の全部又は一部を他に譲渡してはならない」という「譲渡」は、法律用語としての「譲渡」であって「交換」は含まれない、としてスズケンの申立てにつき、保全の対象となる権利をスズケンは小林製薬に対しもたないという結論を出しました。
 
 そうなんです。
 会社法上、「譲渡」と「交換」は次のように全く異なる性質のものと解されているのです。

 この当初の契約作成に会社法に詳しい弁護士が関与していたのかどうかは分かりません。もしスズケン側の弁護士が作成に関与していた契約書だとしたら大失態と言わざるを得ません。あるいは、法務部門だけで契約したとしたら、安くつけようとして、結局高くついた結果ということになります。
 いずれにしてもスズケンのミスということになるようです。
 だからか、きっと本訴も提起しなかったのだろうと合点がいきました。

 ところで、保全処分では、申立をした者を「債権者」といい、申立ての相手方を「債務者」といいます。法律用語としては。


 「譲渡」と「交換」。判決書は次のように判示しています。
 

「株式交換は、平成11年8月13日法律第125条による改正により、ある会社を他の会社の完全子会社とするため、会社組織法上の行為として新設された制度であり(その際、株式交換を、完全親会社となる会社にとって、完全子会社となる会社の株主の有するその会社の株式の現物出資に対する株式その他の財産の交付とする構成も考慮されたが、合併に類似する組織法的行為として立法された。)、完全子会社の株式は、株式交換の当事会社間で締結された株式交換契約が両者の株主総会の特別決議で承認されることにより、株式交換に反対する株主の意思にかかわらず法律上当然に移転する」

 
「本件株式交換において、株式交換契約の当事者はメディパルとコバショウであって、債務者は当事者ではないし、債務者の保有するコバショウ株式のメディパルへの移転も、法的には債務者の意思基づくものとはいえない。」

 
 そして決定書はこのように結論づけています。
 
「債権者の上記主張は、本件株式交換が、旧商法ないし会社法上の株式交換であることを理解せず、債務者とメディパル間のコバショウ株式の民法上の交換契約であるかのように誤った理解に基づくものであるといわざるを得ず、採用できない。」

 その後、さらに一応、いろいろとスズケンの主張が検討されてはいるのですが、結局はここにいきつきいています。

 残念ながら、スズケンにとっては可哀想だけど、お粗末ともいえる契約と仮処分の申立てだったようです。
 スズケンが小林製薬に対し、仮処分の申立てをせざるを得なかった事情、気持ちを考えると、当時、報道されていたときから「頑張れ、スズケン!」でした。コバショウにおいて、過半数を超える大株主の小林製薬と少数となるスズケンという株主構成の中、そもそもがこの株主構成もスズケンと小林製薬の合意による戦略的なものだったようです。そのことからすれば、小林製薬のやっていることは禁反言の原則に反するようにも思えました。
 しかし、そもそものスズケンと小林製薬の契約書において、コバショウのありかたについて株式交換が規制されていなかったとは。。。
 スズケンのミスと言われても仕方ないのかなと思います。


 なお、この決定書では、株主総会における議決権行使を制約する契約の効力等についても触れられています。
 

「①株主全員が当事者である議決権拘束契約であること、②契約内容が明確に本件議決権を行使しないことを求めるものといえることの二つの要件を充たす場合には例外的に差止請求が認められる余地があるというべきである。」

 ②の要件はともかく、①の要件が「株主全員」の契約であることを要するとしているのですが、ここまで要するのかどうかというのも一つの問題ではないかと思います。
 
 にしても、いずれにしても、スズケン、残念でした。。。

(おわり)
  
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2009年9月 9日 (水)

そのお金に理由はありますか?〜更新料約定無効高裁判決から学ぶこと〜【松井】

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撮影 yuko.K


 先日、新聞などでも大々的に報道されましたが、大阪高裁平成21年8月27日判決でもって、京都地方裁判所での一審判決が覆されて、京都のマンション賃貸業者と元住人との間の訴訟で、1年ごとの契約更新時に支払われていた10万円の更新料支払いの約定が、消費者契約法10条に基づき、無効と判断されました。結果、1年の契約更新ごとに支払われていた40万円の更新料を利息をつけて家主は元住人に返せという判決となりました。
 これは、不動産を所有して、賃貸業を営んでいる方々にとっては、衝撃の判決ではないかと思います。消費者契約法が施行された平成13年4月1日以降に授受された「更新料」名目の金員について、場合によっては、一括して利息までつけて返済しなければならないということがあり得るからです。
 この判決の一審京都地裁判決と今回の高裁判決を読み比べてみました。
 この裁判はおそらく上告も受理されて、最高裁判所の判断も出るだろうとは思いますが、現時点で賃貸人において気をつけるべきことを示唆するものともいえ、自身のメモがてら記しておきます。


 大きなポイントは、賃貸人が賃借人から受け取るお金について、「そのお金に理由はありますか?」ということを改めて総チェックすべきだろうということです。
 今回の事案で、京都地裁と大阪高裁とで結論が別れたのは、まさに今回の事案での「更新料」について、この点の結論の違いだったようです。

 判決は共に、まず「更新料の法的性質」について検討しています。
 家主側は次のような主張をしていました。
  ① 更新拒絶権放棄の対価
  ② 賃借権強化の対価の性質
  ③ 賃料補充の性質

3 
 この点、京都地裁判決は、①については、希薄ではあるが、その性質があるとし、②についても、やはり希薄ではあるがとしつつ、これを認め、③については、本件での「更新料約定は、本件賃貸借契約における賃料の支払方法に関する条項であり」として、「賃料の補充の性質を有しているものということができよう。」としました。
 その上で、消費者契約法10条前段にあてはめてみると、

「『賃料は、建物については毎月末に支払わなければならない』と定める民法614条本文と比べ、賃借人の義務を加重しているものと考えられる」
としてその要件を充たすとするものの、10条後段の要件はみたさないとして、10条の適用を否定したのです。
 すなわち、
「本件更新料約定が『民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの』であること」
について検討し、①1年契約、賃料月額4万5000円という状況で、10万円の更新料は、過大なものではないこと、②更新料約定の内容は明確であり、賃借人は契約締結時に説明を受けているので、賃借人に不測の損害あるいは不利益ではないこと、③希薄とはいえ、更新料が更新拒絶権の対価及び賃借権強化の対価と志手の性質を有しているということ、これらを考慮し、10条後段の要件は充たさないと判断しました。


 以上の京都地裁の判断に対し、大阪高裁は、まず更新料の法的性質について、① 更新拒絶権放棄の対価性を否定しました。そもそも正当事由がない限り、賃貸人は更新拒絶できないこと(借地借家法28条)、契約条項上も賃貸人がそのように考えていたとは認められない、更新拒絶権行使に伴う紛争回避目的と言う点については、その危険は対等に負担されるべきものであって、賃貸人のみが更新拒絶権放棄の対価として更新料を取得すべき理由はないとしています。
 そして、② 賃借権強化の対価の性質についても、否定しました。合意更新により解約申入が制限されることにより賃借権が強化されるといっても、本件賃貸借契約は、契約期間が1年間という借地借家法上認められる最短期間であって、強化といっても無視してよいのに近い効果であることを理由としています。
 最後に、③賃料補充の性質も否定しました。
 契約期間満了前に退去した際、精算をする規定がないこと/更新料が基本的に10万円の定額のままであり、家賃の増減と連動しないこと/更新料不払いであっても、債務不履行解除を認める余地はないといえること/といったことを理由としています。
 さらには、なお書きで次のように判示しています。
 

「なお、賃貸借契約の当事者間においては、賃料とされるのは使用収益の対価そのものであり、賃貸借契約の当事者間で賃貸借契約に伴い授受される金銭のすべてが必ずしも賃料補充の性質を持つと解されるべきではない(そうでなければ、敷金はもちろん、電気料、水道料、協力金その他何らかの名目をつけさえすれば、その名目の実額を大幅に越える金銭授受や趣旨不明の曖昧な名目での金銭授受までも賃料補充の性質を持つと説明できるとかいされかねないからである)。」

 
 そして、大阪高裁判決は、消費者契約法10条後段の要件についても、まず検討にあたっての指針を打ち立てています。
 
「この要件に該当するかどうかは、契約条項の実体的内容、その置かれている趣旨、目的及び根拠はもちろんのことであるが、消費者契約法の目的規定である消費者契約法1条が、消費者と事業者との間に情報の質及び量並びに交渉力の格差があることにかんがみ、消費者の利益を不等に害することとなる条項の全部又は一部を無効とすることにより消費者の利益の擁護を図ろうとしていることに照らすと、」
として、
 
「契約当事者の情報収集力等の格差の状況及び程度、消費者が趣旨を含めて契約条項を理解出来るものであったかどうか等の契約条項の定め方、契約条項が具体的かつ明確に説明されたかどうか等の契約に至る経緯のほか、消費者が契約条項を検討する上で事業者と実質的に対等な機会を付与され自由に検討していたかどうかなど諸般の事情を総合的に検討し、あくまでも消費者契約法の見地から、信義則に反して消費者の利益が一方的に害されているかどうかを判断すべきであると解される。」
としました。

 そして、今回の事案について大阪高裁は検討しました。
 更新料10万円については、賃料月額4万5000円に比すれば、かなり高額とします。
 そして、

「本件賃貸借契約に本件更新料約定が置かれている趣旨、目的及び根拠について検討」
します。
 この点、
「本件更新料約定が維持されるべき積極的、合理的な根拠を見出すことは困難である」

 
「この約款は、客観的には、賃借人となろうとする人が様々な物件を比較して選ぶ際に主として月払いの賃料の金額に着目する点に乗じ、直ちに賃料を意味しない更新料という用語を用いることにより、賃借人の経済的出捐が少ないかのような印象を与えて契約締結を誘因する役割を果たすものでしかないと言われてもやむを得ないと思われる。」
とまで判示しました。
 そして、
「端的に、その分を上乗せした賃料の設定をして、賃借人になろうとする消費者に明確に、透明に示すことが要請されるというべきである。」
としています。
 そして、賃借人においては、契約締結時、建物賃貸借契約においては強行規定となる法定更新制度というものがあり、この場合更新料を支払う必要がないことの説明を受けていないということを重視しています。賃借人が契約条件を検討する上で賃貸人と実質的に対等な機会を付与されて自由に検討したとはいえないとするのです。結果、本件更新料約定が賃借人に不利益をもたらしていないということはできないとしました。
 このように
「諸点を総合して考えると、本件更新料約定は、『民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものと』ということができる。」
としました。


 この大阪高裁判決から言えることは、当たり前ですが、事案を丁寧に検討した結果のものであって、他の賃貸借契約において、「更新料」名目の契約が即、消費者契約法10条に反し無効ということまでにはならないだろうということです。
 場合によっては、要件を満たさず、有効になるものもあるかと思われます。
 
 ただ、教訓として考えられるのは次のようなことです。
 「受け取るお金、そのお金に理由はありますか?」ということです。
 そのお金は何の対価なのか、営業、商売をする人は、改めて、この問いにどのような答えを用意できるのかを総点検する必要があるかと思います。
 そうでないと。
 消費者契約法10条によって、無効として、利息もつけてまとめて返還せねばならないという事態もありえます。

 先日、賃貸物件を所有する賃貸人の方の代理人となって、簡易裁判所に出廷しました。そうです、元賃借人から訴えられたのです。
 その訴訟は、大事になることを望まない依頼者の方の意向によって、徹底抗戦で判決ということなく和解で終わったのですが、その際、簡易裁判所の裁判官の方や調停委員の方とちょっと雑談をしました。
 曰く。
 やはり、今、簡易裁判所では、弁護士に依頼せずに本人訴訟で、賃貸人を訴えて、敷金などを返還しろという裁判が非常に多いとのことでした。

 更新料の約定というのが、京都で多い契約スタイルなのかどうか、それとも日本各地であるものなのかどうかはよく知りませんが、今一度、今のうちに確認されることをお勧めします。


 そして何よりも。消費者を相手として商売を営む個人、法人についても、金銭の授受がある場合、契約書に何らかの請求権などを明記している場合、そのお金はいったい何の対価として支払請求を定めるのか、「そのお金に理由はあるのか。」「どういう理由なのか。」を今一度、点検し、改めるべきところは早々に改められることをおすすめします。
 訴えられてからでは、さらに時間、弁護士費用といったコストがかかりますので。

 話は違いますが、私が以前、自分の住居を賃借しようとした際、不動産仲介業者の方から支払額の明細を示され「クリーニング料」というものが挙っているに気づいたことがありました。
 「何だこれは?」と思い、実は、仲介業者をすっとばして家主の会社の方に連絡をいれました。家主も知らない金額であり、部屋の清掃はすでにもうしてあるということでした。仲介業者が、家主にも黙って、根拠のない金を賃借人からくすねとろうとしたものでした。

 あれ?コレは何?という素朴な感覚と、それに従い行動することが、食い物にされることを回避する道ですし、業者の方は、突っ込まれたときに弁解できないようなお金は請求しないという基本を今一度、確認するということだと思います。
 不安を覚えるようでしたら、今のうちに早めに弁護士に相談されることをおすすめいたします。過去の事実を変えることはできませんが、将来のさらなる損害の拡大に対し手当はできるかもしれませんから。

(おわり)

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2009年9月 8日 (火)

「目には目を」の対応の不適切さ~建物賃貸借契約に基づく賃貸人の修繕義務と賃借人の問題など~【松井】

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 建物の賃借人と賃貸人との間のトラブルというのもよくうける相談の一つです。この場合、特に多いのが、賃借人が同建物、居室を借りて、営業している商売人の方の場合です。
 借りている建物のトラブルは、自己の営業、売上げに密接に関わってくるだけに、問題も切実だからだろうと思います。
 例えば、漏水や、建物の改修などのために、通常の営業が出来なくなっている、これに対し、賃貸人が適切かつ迅速に対応をしていればトラブルにもならないのですが、放ったらかし、賃借人の言葉に耳を傾けないようなとき、何ができるのか、どうしたらいいのかと弁護士のもとに相談に来られます。



 こういった相談のときに賃借人の方がよく言われるのは、「相手がこっちに対してきちんと対応してくれないのであれば、こっちも同じようにしてやる。」「賃料の支払いをストップしてやる。」ということです。
 
 しかし、賃貸借契約に限らず、こういう問題のときに私なぞがよく言うことは次のようなことです。
 「相手が誠実に対応しない、相手がやるべきことをやらない、そんなときこそこちらは山のように動ぜずに、相手に振り回されることなく、こちらとしてやるべきことをきちんとしましょう。付け入る隙を与えないようにしましょう。」
 ということです。

 つまり、賃料の支払いは賃借人の基本的な義務です。例外的に賃料の減額請求権等が認められているにすぎません(民法611条等)。特段の事情がない限り、賃料は賃料として支払いましょうといいます。
 また、よく法律相談などのときに訊かれるのは、夫婦間の離婚後の問題で、未成年の子がいらっしゃるとき、「元夫の父親が養育費を払ってこないんです。月1回、子どもを父親にあわせる面接交渉のとりきめもあるのですが、払ってこないんだから、こちらも子どもに会わせ必要はないんじゃないでしょうか。」「養育費を払ってきたら、会わせるということはできないのですか。」といったことです。
 
 「あっちがなすべきことAをしないのだら、こちらもなすべきことBをしない。」

 このAとBが法律上、同時履行の抗弁(民法533)にあるといえるような関係であるなら、上記のようにいえます。
 しかし、法律上、賃貸人が一部の修繕義務を尽くさない、誠実さがないからといって、賃料支払いの全額を拒める関係にはありません。
 また、法律上、子どもの父親が養育費を支払わないからといって、子どもに会う権利がなくなるわけではありません。
 それぞれ別々の義務となります。
 そのため、「Aを履行しないなら、Bを履行しない」という行動に出て、かえって紛争を複雑化させ、自分の方が大きなトラブルを抱え込むことにもなりかねません。



 賃貸借契約については、当初、賃借人として、単に修繕をして欲しかった、誠実に対応して欲しかったというだけで、その建物から出るつもりもなかったところ、賃料の滞納を一定程度続けると、賃貸人の方から逆に、賃料不払いを原因として、建物賃貸借契約の解除がなされてしまうのです。
 思いもかけない請求を受けるのです。

 また、面接交渉の拒否においては、養育費を支払わないということと父親と接するという子の福祉の観点においてはレベルのことなる問題であり、他に正当な理由なく、いったん取り決めた面接交渉の機会を奪うと、父親の方から母親の方に対し、不法行為によるものとして父親の精神的苦痛に対する慰謝料請求が100万円単位で認められているというのが実情のようです。
 
 相手が約束を守らなかったとしても、自身に課された責任はよほどの正当な理由がない限り、きちんと果たしましょうというのが法が考えるあるべき姿だということです。
 そうでないと実力行使の世の中がまかりとおり、混乱が混乱を引き起こすだけのことになるのだと思います。
 
 相談者、依頼者の方には、こう言っています。
 「相手が滅茶苦茶なときこそ、自分はきちんとしましょう。胸を張って生きていけるようにしましょう。」と。
 
 例えば、管理組合が適切な対応をとってくれないからといって、管理費の支払いをストップしても何の役にも立ちません。
 「相手を交渉の土俵に引っ張り上げたい?」
 そうであるなら、法的な手続を利用しましょうよ、ちゃんと用意されているんですからと言っています。


 ところで、法律、裁判所はまったく常識的だなと私が思う、気になる最高裁判例がありましたので、建物賃貸人の修繕義務、賃借人のとるべき対応ということでここにメモがてら紹介しておきます。

 最高二小平成21年1月19日判決です。判例時報2032号45頁に紹介されていました。
 http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=37200&hanreiKbn=01

 事案は、やはり営業目的で、老朽化していた建物の地下部分を借りてカラオケ店を営業していた人と賃貸人の間の、修繕義務と損害賠償債務の問題です。
 賃借人が、賃貸人がしかるべき修繕義務を尽くさなかったためにカラオケ店の営業が出来ず、結果、損害を被ったとして、賃貸に対し、営業利益損失等として損害賠償請求し、原審である名古屋高等裁判所金沢支部では約3100万円の損害賠償義務が認められたというものです。
 しかし最高裁は、これを破棄し、事件を差戻しました。

 原審判決では、重大な漏水事故が起こって賃借人がカラオケ店の営業が出来なくなってから、賃貸人が適切な修繕義務を尽くさなかったとしてその後、4年5か月間にわたる営業損害を損害としました。
 しかしながら、最高裁は、賃貸人が責めを負うべきものとなる損害について定める、民法416条1項は、
 

「債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする」
と定め、上記約3100万円の損害は「通常生ずべき損害」にはあたらないだろう、もう少し事実関係を審理しなさいとしたのです。
 どういうことか。

 本件では、賃借人は、重大な漏水事故が起こってから3か月後、損害保険会社との契約に基づき、約3700万円の保険金の支払いをうけていたのです。
 この事実がポイントだったのかと思います。
 
 

「そうすると、遅くとも、本件本訴が提起された時点においては、被上告人がカラオケ店の営業を別の場所で再開する等の損害を回避又は減少させる措置を何ら執ることなく、本件店舗部分における営業利益相当の損害が発生するにまかせて、その損害のすべてについての賠償を上告人らに請求することは、条理上認められないというべきであり、民法416条1項にいう通常生ずべき損害の解釈上、本件において、被上告人が上記措置を採ることが出来たと解される時期以降における上記営業利益相当の損害のすべてについてその賠償を上告人らに請求することはできないというべきである。」

 しごくまっとうな、常識的な判断だと思います。
 紛争解決にとって、紛争を拡大、複雑化させないために大事なことは、感情を押しとどめて、一歩立ち止まったうえでの常識的な判断ではないかと思います。

(おわり)

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2009年9月 6日 (日)

生命保険金と相続~ありとあらゆることを総合考慮する必要あり~【松井】

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*甚六のお好み焼きです。プロがきちんと最後まで仕上げてくれます。
*9/8 改訂


 相続の発生によって、遺産分割あるいは遺留分減殺請求などが問題となるとき、まま争いになっていたのが相続人の一人が受け取る生命保険金の取扱いです。
 例えば、被相続人甲が死亡し、法定相続人としては、子のA、B及びCの3名がいた場合、甲が保険料を支払い、被保険者となっていた生命保険につき、Aのみが保険金受取人として指定されていて、5000万円の保険金を受領したというような場合です。
 実際、なぜ問題となるのか。それはもう、BさんやCさんの立場に立ってみてくださいというほかありません。法的にどうこう以前に、同じ相続人なのになぜAだけ?!という不公平感が紛争の発端になります。
 そして、その不公平感は法律上、どのようにして争われるのか。
 次の場合が考えられました。

 1 保険金5000万円も遺産として、3等分すべきではないのか。
 2 保険金5000万円は、遺留分減殺請求権の対象になるのではないのか。
 3 保険金5000万円は、みなし相続財産によって具体的相続分を計算するとき、Aの特別受益として持ち戻して加算すべきではないのか。

 それぞれの問題に対して、最高裁判所の判断が出ています。しかもうち2つは、平成14年、平成16年と、つい最近のものです。
 思うに、この生命保険金の取扱いの問題は、昔からあったはずですが、それまでは最高裁判の判断を求める前に当事者間の取扱いの合意などによって問題の指摘はされていたけど、最後まで残るといったことはなかったのではないかと。
 ところが、当事者間で妥協点を見いだすことができず、最高裁判所の判断を求めざるを得ないような紛争、何年かかろうとも徹底的に争って白黒をつけるという争い方が増えてきたからなのではないかと推測しています。


 では、最高裁はどのような判断をしているのか。
 
1 遺産か否か
 
 この点は、受取人が指定されている生命保険金請求権については、特段の事情のない限り、契約の効力の発生と同時に受取人が自己の固有の権利として取得するものであると解されています(最三小判S40.2.2民集19.1.1)。つまり、被相続人が死亡時に有した財産として遺産分割等の対象となる相続財産にはあたらないということです。
 http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=28221&hanreiKbn=01

 そもそもなぜ、生命保険金が相続財産じゃないかと問題提起されていたかといえば、生前、その保険契約の保険料を支払っていたのが被相続人甲であって、甲のお金で出えんし、甲の死亡を原因として、受取人指定者の相続人Aが5000万円の保険金支払請求権を得ることになるからです。
 しかし、このAが取得する保険金支払請求権の発生は、あくまで契約に基づいて独自に発生するものであり、被相続人甲が所有する財産とすることには無理もあり、否定されています。

 ただ、気をつけないといけないのは、上記のような場合、相続税法上の取扱いとしては、みなし相続財産として、相続税の課税の対象となりうるということです。
 詳しくは、国税庁のHP解説などを確認してください。
 http://www.nta.go.jp/taxanswer/sozoku/4114.htm

 民法と相続税法は、趣旨が異なる以上、定義や要件、取扱いも異なりうるということです。
 相続については、当初、税理士さんに相談されることが多く、税理士さんは税理士さんの知識で、民法上の遺産分割等もおさめてしまいがちであって、当事者が混乱してかえってトラブルが拡大することもままあります。
 逆に弁護士である私の方も、民法上、遺産分割を成立させるときでも、相続税の問題がありうるときは、税理士さんに相続税法上の問題はないか確認をとっています。
 弁護士と税理士を上手に使い分ける必要があります。


2 遺留分減殺請求の対象になるか

 民法は1028条で、

「兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。」
と規定されています。
 そして1031条では、
「遺留分権利者及びその承継人は、遺留分を保全するのに必要な限度で、遺贈及び前条に規定する贈与の減殺を請求することができる。」
とされています。 
 
「遺留分を保全するのに必要な限度」
で、
「減殺の請求をする」
ものが遺留分減殺請求権です。
 
 では、この遺留分はどのように保全するに必要な限度を把握するのか、
 1029条1項では、
「遺留分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して、これを算定する。」
とされています。
 
「相続開始の時において有した財産の価額」
「贈与した財産の価額」
を加え、
「債務の全額」
を控除するのです。
 ここでいろいろと最高裁判例が出ています。つい最近では、ここでいう控除の対象となる「債務」とはどのように計算されるのかが争われ、最高裁の判断が出ています。この判例についてはまた別の機会に書いて整理しておきたいと思います。相続債務は相続発生と同時に分割される、というテーゼとの絡みです。最高裁は、ああ、なるほどねと納得のいく結論とそれにあった法解釈で判断を示しました。杓子定規ではありませんでした。
 
 ここでは生命保険金について考えると、受取人Aが受け取った生命保険金5000万円は、この1031条の遺留分減殺請求権の対象となるのではないかということです。
 
 こういう問題点に関して、最一小判H14.11.5(民集56.8.2069)は次のように判示したといわれています。
 「死亡保険金請求権は相続財産を構成するものではなく、実質的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたものとみることもできないから、民法1031条に規定する遺贈又は贈与に当たるものではなく、これに準ずるものともいないとして、遺留分減殺の対象にならないことを明らかにした。」(判タ1173.199)。

http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=25205&hanreiKbn=01
 すなわち、理由付けにおいて次のように判示しています。
 
「けだし、死亡保険金請求権は、指定された保険金受取人が自己の固有の権利として取得するのであって、保険契約者又は被保険者から承継取得するものではなく、これらの者の相続財産を構成するものではないというべきであり(最高裁昭和36年(オ)第1028号同40年2月2日第三小法廷判決・民集19巻1号1頁参照)、」

「また、死亡保険金請求権は、被保険者の死亡時に初めて発生するものであり、保険契約者の払い込んだ保険料と等価の関係に立つものではなく、」

「被保険者の稼働能力に代わる給付でもないのであって、」

「死亡保険金請求権が実質的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたものとみることもできない。」

 やはり、生命保険金請求権の発生原因事実として、契約を原因として発生するものであるという理屈を越えられないものと考えられます。この5000万円の生命保険金請求権が被相続人の財産であったとは、やはりなかなか言い難いものがあるとは思います。
 定期預金のように、被相続人の出えんでもって、その生前、月々10万円を定期預金としていたときは、死亡した際、当該定期預金の解約払戻請求権は、相続財産となることに争いはありません。
 これと当該、生命保険請求権との違いはどこにあるのか、だと思います。


3 では特別受益として持戻しの対象となるのか。
 
 特別受益を受けたとされると、民法903条によって、その相続分が計算されることになります。
 民法903条1項

「共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは成蹊の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。」

 つまり、具体的相続分が減ることになるのです。

 この点の最高裁が判断を示したのが、最二小H16.10.29決定です(民集58.7.1979、判タ1173.199)。
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=25096&hanreiKbn=01

 次のように判示しています。
 

「上記の養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権又はこれを行使して取得した死亡保険金は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与にかかる財産には当たらないと解するのが相当である。」

 
「もっとも、上記死亡保険金請求権の取得のための費用である保険料は、被相続人が生前保険者に支払ったものであり、保険契約者である被相続人の死亡により保険金受取人である相続人に死亡保険金請求権が発生することなどにかんがみると、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である。」

「上記特段の事情の有無については、保険金の額、この額の遺産総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合して判断すべきである。」

 つまり、原則としては、特別受益には当たらないが、例外的な「特段の事情」がある場合には、903条の類推適用によって特別受益に準じて持戻しの対象となるものとされました。903条の直接適用ではなく、「類推適用」です。
 
 この最高裁決定を踏まえ、東高H17年10月27日決定においては、遺産分割の審判に対する即時抗告審として

「本件においては、抗告人が●●生命保険(1)(2)により受領した保険金額は合計1億0129万円に及び、遺産の総額(相続開始時評価額1億0134万円n)に匹敵する巨額の利益を得ており、受取人の変更がなされた時期やその当時抗告人が被相続人と同居しておらず、被相続人夫婦の扶養や療養介護を託するといった明確な意図のもとに上記変更がなされたと認めることも困難であることからすると、一件記録から認められる、・・・総合考慮しても、上記特段の事情が存すること明らかというべきである。」

 
「したがって、●●生命保険(1)(2)について抗告人が受け取った死亡保険金額の合計1億0129万円は抗告人の特別受益に準じて持戻しの対象となると解される。」と判断したものがあります(家裁月報58.5.94)。
 また本件については、「被相続人から持ち戻し免除の意思表示がなされたと主張するが、その事実を認めるに足りる証拠はない。」
としています。
 
 一般論としても、特別受益の持ち戻しの問題が肯定された場合、次に問題となるは、被相続人の持ち戻し免除の意思の有無になります。ただ、上記最高裁判例の特段の事情の考慮要素からすれば、ここにおいて実質的には持ち戻し免除の意思の有無も検討されているともいえ、「特段の事情があり、特別受益に当たる+しかし、持ち戻し免除の意思が認められる」という流れは少ないのではないかと思われます。



 以上、死亡生命保険金に関する最高裁の判断を踏まえると、生前、相続の問題に対して被相続人がそれなりの何らかの準備を行う際においては、死亡生命保険金のことも念頭においておく必要があります。
 全財産における、死亡生命保険金の占める割合を考えておくことが紛争の予防という点では非常に重要かと思います。
 また、さらには、その死亡生命保険金のもととなる契約の種類の考慮も必要といわれています。つまり、生命保険契約といっても、先のそもそもの疑問点のとおり、定期預金とどう違うの?というようなものもあると言われています。いわゆる貯蓄性の高いものに死亡の場合の保証もついている契約です。例えば、養老保険、学資保険、年金保険が貯蓄性が高いものといわれています。よって、より定期預金に近いようなものの場合は、また相続税法上の取扱いが異なることが考えられます。
 さらには、上記東高の決定では、受け取った保険金額の金額がそのままに特別受益の額とされていますが、例えば、どのような額を持戻すのかという問題も指摘されています。「①支払われた保険料額、②死亡時に解約した場合の解約返戻金の額、③保険金の額、④満期までの支払う予定であった保険料のうち、被相続人が死亡時までに支払った保険料の割合を保険金額に乗じた額」(判タ1215.136)。④が通説と言われており、上記最高裁決定の前のものですが、これによる審判例もあるようです。
 
 
 生命保険金が相続発生後、どのように取り扱われる可能性がらうのか、このような観点もないままに、遺言だ、生命保険契約だとやると、やればやるほど結局は死亡後の紛争の複雑化、長期化を招くだけになります。
 遺された者らが円満に、紛争となることがないようにとしてした積極的行為が裏目に出るということが実は珍しくはありません。
 本当の専門家を交えて相談されることをお勧め致します。

(おわり)

*相続は、その人の歴史、生き方を踏まえて総合的に考えないと、一つピースをはずしたらかえって大混乱です。
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2009年8月10日 (月)

相続と株式〜理想と現実〜【松井】

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 判例時報平成21年6月11日号(2037号)です。
 自分用にここにメモ。
 相続と株式。
 大阪高裁H20年11月28日判決。上告受理申立てをしたけど、不受理で確定しているようです。
 「共同相続人が相続し、共有状態にある株式に関する権利行使者の定め、株主総会における議決権行使が権利の濫用に当たり、許されないとされた事例」。
 この件については、以前も当ブログで呟きました。
 「株式会社と相続と株式」
 これは結構、手続の適正も絡んで重要な裁判例ではないかと考えています。


 事案としては、交渉協議段階から双方、代理人弁護士が就いていて、そのうえで相続後の会社の経営権を巡る株主としての多数派工作の争いがあったというものです。
 当時の代理人弁護士がそのまま訴訟代理人になっているのですが、一方当事者が行った手続きを問題視されたものであるため、原告被告の当事者名は、株式会社甲野、あるいは乙山春雄などと匿名であっても、訴訟代理人名はそのまま掲載されるところ、「被控訴人ら訴訟代理人弁護士」として「丙山五郎」「丁川六郎」と匿名にされている点がちょっと物悲しい判決です。

 事件名は、「総会決議存否確認請求控訴、同附帯控訴事件」です。
 Y株式会社の創業者Aさんが亡くなり、まもなく配偶者の奥さんBも3人の子どもを残して亡くなりました。ただ、子どものうちの一人Cの配偶者DとこのAさん夫妻は養子縁組みをしており、相続人は4名となりました。
 ただ、この奥さんは、遺言を遺しており、自分の財産は、この実子Cと養子Dの二人には一切相続させず、他の2名の実子X1とX2に全部相続させるという遺言でした。
 Y社の株式は、発行済株式総数3万株、うちAが9700株、妻Bが2500株、実子X1が1250株、X2が1750株等という状況でした。
 結果、Y社の株主の状況は、Aが保有した株式については、X1とX2とで、各3/8、C、Dが各1/8という状況でした。
 珍しくはないケースで、C、D 対 X1、X2とで、紛争が勃発し、Y株式会社の経営支配を巡っても紛争の火種は飛び火したというのが本件のようです。
 訴訟としては、このAが保有した株式の準共有状態と権利行使者の指定、そしてY株式会社の株主総会での議決権行使というカタチで争われました。


 高裁の判断です。
 

「株式会社の株式の所有者が死亡し複数の相続人がこれを承継した場合、その株式は、共同相続人の準共有となる(民法898条)ところ、共同相続人が共有株式権利を行使するについては、共有者の中から権利行使者を指定しその旨会社に通知しなければならない(会社法106条)。この場合、仮に準共有者の全員が一致しなければ権利行使者を指定することができないとすると、準共有者の一人でも反対すれば全員の社員権の行使が不可能になるのみならず、ひいては会社の運営に支障を来すおそれがあるので、こうした事態を避けるために、同株式の権利行使者を指定するに当たっては、準共有持分に従いその過半数を持ってこれを決することが出来るとされている(最高裁平成5年(オ)第1939号同9年1月28日第三小法廷判決・集民181号83頁、最高裁平成10年(オ)第866号同11年12月14日第三小法廷判決・集民195号715頁参照)。」

 
 
「もっとも、一方で、こうした共同相続人による株式の準共有状態は、共同相続人間において遺産分割協議や家庭裁判所での調停が成立するまでの、あるいはこれが成立しない場合でも早晩なされる遺産分割審判が確定するまでの、一時的ないし暫定的状態に過ぎないのであるから、その間における権利行使者の指定及びこれに基づく議決権の行使には、会社の事務処理の便宜を考慮しても受けられた制度の趣旨を濫用あるいは悪用するものであってはならないというべきである。」
 「そうとすれば、共同相続人間の権利行使者の指定は、最終的には準共有持分に従ってその過半数で決するとしても、上記のとおり準共有が暫定的状態であることにかんがみ、またその間における議決権行使の性質上、共同相続人間で事前に議案内容の重要度に応じしかるべき協議をすることが必要であって、この協議を全く行わずに権利行使者を指定するなど、共同相続人が権利行使の手続の過程でその権利を濫用した場合には、当該権利行使者の指定ないし議決権の行使は権利の濫用として許されないものと解するのが相当である。」


 本件では、結局、この権利行使者の指定の手続きがマズかったとして、それは権利の濫用とされてしまいました。
 曰く、

「被控訴人らにおいてわずか400株の差で過半数を占めることとなることを奇貨とし、控訴人の経営を混乱に陥れることを意図し、本件抗告審決定で問題点を指摘されたにもかかわらず、権利行使者の指定について協同相続人間で真摯に協議する意思をもつことなく、単に形式的に協議をしているかのような体裁を整えただけで、実質的には全く協議をしていないまま、いわば問答無用的に権利行使者を指定したと認めるのが相当である。」

 事案としては、一方的にFAXを送りつけて、一方的な要求を突きつけ、明日の午後5時までにこれを受諾するか否か「のみ」の返事をFAXでしてこいとした方法が評価されてのことのようです。


 数人の弁護士と定期的に行っている勉強会で、この裁判例について話をしました。
 裁判所がいうのはもっともだ、条文の趣旨をよく吟味している立派な判決書だ。
 
 ただ。
 自分が実際、このような当事者間の紛争の代理人となった場合、「真摯に協議」する「場」「手続」をとるというのはちょっと難しいよねということで意見が一致しました。
 法律事務所などで一同に解したら、荒れるのが目に見えています。
 じゃあ、どこかの会議室を借りて一同に集まるのか。
 暴れだされたり、殺傷事件が起こる危険性を裁判官は分かっていないよね、と皆でうなずきあいました。
 方策としては、今回、ダメだったのは、FAX送りつけて翌日5時までにという期間の短さがダメだったのではないか。この点、何も一同に会して協議をとまではいかなくて、余裕のある協議を書面ででも積み重ねたら違ったのではないかということになりました。
 どうなんでしょうか?

 裁判所は、権利行使者の指定のための手続きとしては、やはり対立関係にある当事者が、一同に会しての実質的な協議が行われることを求めているのでしょうか。
 それは。。。血の目を見ることもおそれぬ怖さがあります。実際のところ。。。
 それほど、親族間の対立、会社経営を巡るものは深刻なものが少なくはありません。
 集まるにしても、人目のあるところか、万が一の事態にそなえて警備員などの準備ができるところでしょうね。
 
 理想を語る裁判官と、現実を知る弁護士との温度差が分かる裁判例でした。

(おわり)
  
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2009年5月12日 (火)

欠陥住宅訴訟の被告〜訴訟戦略〜【松井】

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 消費者法ニュースNO.79 2009年4月号で紹介されていたのでここにメモ代わりに。
 和歌山地裁平成20年6月11日判決です。
 「欠陥住宅の建替費用損害」とあります。
 「海岸寄りの埋立て造成地に建てられた木造軸組み住宅が、地盤の状況を調査することなく漫然と支持地盤に立脚しない不相当基礎をつくられたために不等沈下したもので、取り壊し建替えるほか相当補修方法がないとして、・・・新築代金3000万円を大幅に上回る損害賠償が認められた事例」とあります。
 大阪高裁に控訴されているのかどうかは不明です。
 原告の訴訟代理人は、欠陥住宅訴訟で著名な澤田和也弁護士です。
 で、ふーんと思ったのは、被告が3名だということ。
 どういった3名なのか。


 主文は、被告らは、原告に対し、連帯して3828万1000円を平成7年5月8日から支払済みまで年5分の利息もつけて支払えというものでした。 
 判決が20年6月なので、13年間分の利息だけでも、2500万円ほど発生しています!
 
 で、こんな法的債務が認められた被告は誰なのか。
 設計施工請負会社、担当建築士、そして請負会社の代表取締役個人でした。
 注文住宅において、請負会社や設計施工管理を頼んだ設計士を被告として責任を問うことはよくあります。
 本件では、請負会社の代表取締役個人の責任追及もしていたわけです。


 なぜか。
 だいたいにおいて、責任追及するといっても会社には資産がない、でも社長個人には資産がある、あるいは会社だけだと破産して逃げられてしまうといったことが往々にしてあるからです。
 
 で、理屈はどうか。
 

「被告Cは、被告会社の代表取締役として、欠陥のない建物を建築して損害賠償義務等を負うことのないようにすべき忠実義務を負っているというべきである。
 しかるに、被告会社は、建築基準法令に適合しない本件建物を施工したものであり、建設業者にとって、建築物の設計、施工にあたり、建築基準法令を遵守することは、基本的な義務であるから、被告会社がかかる義務に違反したことについては、被告Cに重大な任務懈怠があったと認めるのが相当である。
 したがって、被告Cは、原告に対し、旧商法266条の3第1項に基づく損害賠償責任を負うというべきである。
 
 また、被告Cは、被告会社の代表取締役として、建築基準法令に適合する建物を建築し、顧客に提供すべき義務を負っているにもかかわらず、これを怠った過失があるから、民法709条の不法行為責任も負うというべきである。」

 そうです。契約上の責任だけでなく、契約がない場合についての規定である不法行為責任も問うていたのです。そして裁判所はこの原告の主張を認めて、上記のように判示しています。


 法的な責任を追及するといっても、実質論、現実論として誰を被告とするのか、またその際、法律論として、時効や除斥期間等との関係でどういった法律構成を立てるのか。
 大事な訴訟戦略となります。
 たぶん弁護士によっては、上記の場合、代表者個人までは訴えない人もいるのではないかと思います。
 法人と個人の概念にとらわれて。
 でも、実質論、現実論からすれば、会社だけ訴えてももぬけの殻で、勝訴判決をもらってもそんな判決書はただの紙っきれで、実質的な被害回復、損害の金銭賠償はまったく得られないということもありうる以上、誰を被告とすべきか、そして誰を被告と出来るのかというのは大事な事柄であって、ここが弁護士の頭の使いどころだと思います。

(おわり)
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 当ブログの記事等を読まれ、ご自宅建物等のことでご相談をご希望される方は、私も参加しています非営利法人建築問題研究会(NPO ASJ)の相談をまずはご利用されることをおすすめします。
 http://npo-asj.com/consul/index.html
 次回相談会は6月6日土曜日です。

 経験豊富な、一級建築士と弁護士がペアになって相談対応させていただきます。しかも、NPOなので相談料は1回90分程度で3000円という破格!の金額です(弁護士事務所に相談にこられたら60分1万円(税別)は相談料を要しますので・・・)。
 相談会の開催日が月1回というのがネックではあるのですが。しかも相談担当員は少数先鋭ということで、毎回6組ほどの相談しかお受け出来ないというのがネックなのですが。
  
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