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04 遺言・相続

2010年1月18日 (月)

相続事件の数字【松井】

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*三重県四日市市の諏訪神社の境内。幼いころ、ここが遊び場でした。屋根に登ったり。。。


 先日、大阪弁護士会主催の「遺言・相続センター研修」の一環での「相続関連事件の手続選択などについて」という研修を受けてきました。講師は、元家庭裁判所の書記官だったという弁護士の方です。実は、以前、途中から代理人となった遺産分割審判事件での相手方代理人をされていた弁護士でもあるので、その方の緻密な仕事ぶりはよく存じ上げている方でした。
 その研修もやはり、非常に緻密なレジュメが配られ、書記官として、また弁護士としても、相続事件全般に経験豊富な弁護士として実務上の事柄が語られていました。
 

 ただ、例えば、私が研修を担当するとしたらどういったことをまず注意するように話をするだろうかと考えたとき、細かいことはさておき、まずこの数字には気をつけて下さいということを言うかと思います。
 □5000万円
 □10か月
 □1年
 □3年
 
 この「5000万円」、「10か月」、そして「3年」というのは要するに、相続税等の税法に関する手続きに気をつけて下さいということです。
 5000万円というのは、遺産総額が、この5000万円に相続人×1000万円を足した金額を超えるようであれば、相続税の申告が必要ですよということです。もっとも気をつけないといけないのは、この「遺産総額」については、相続税法に基づいた「遺産」の範囲に遺産の「評価」があるということです。民法上の考えとは違う点があります。

 そして、「10か月」というのは、相続税の申告が必要な場合、被相続人の死亡を知った後翌日から10か月後が原則的な相続税の申告、納税期限ですよ、ということです。申告だけではなく、納税もしなければならないので、納税原資をどのように調達するのかが問題となります。
 普段から懇意にしている税理士さん、それも相続税に詳しい、あるいは詳しい税理士を紹介できる税理士さんを相続人の方がご存知ならよいのですが、そうでない場合もあります。
 そんなとき、相談を受けた弁護士としては、すぐに相続税法に詳しい税理士を紹介し、相続に関する処理方針を決める必要があります。
 法定の申告納税期限までに遺産分割協議、あるいは遺留分減殺請求に関する処理が合意できていればいいのですが、そうでない場合であっても、税法上は、未分割として法定相続分で相続したものとして申告納税する必要があります。この申告納税をしない場合、10数パーセントの延滞税がかかってきます。依頼者の不要な損害を回避するためには要注意です。

 そしてもう一つ。3年。
 これは、不動産譲渡所得税がらみです。遺産たる不動産を相続し、その売却となった場合、売却が3年以内であれば納税した相続税額が経費たる取得費として控除でき、利益を圧縮できて、結果、納税額を少なくすることに役立ちます。しかし、これが3年を超えているとこの適用は原則的には認められないとされています。
 こういった税法による圧迫があれば、相続人は皆、対税法と言う点ではおおよそ利害を共通にしているので、長期化しそうな紛争も折り合いが付けられて、迅速解決することがなくはありません。
 相談を受けた弁護士としては、こういった情報を依頼者に提供できる、出来ないは事件処理としても大きく違うのではないかと思われます。
 (*上記記述は一般論です。実際の事件における処理の適否、詳細については、必ず税理士にご相談ください。)
 (*国税庁のタックスアンサーは、概要を抑えるのに便利です。
http://www.nta.go.jp/taxanswer/sozoku/4202.htm

3 
 そしてもう一つは「1年」。これは普通、相続の相談にあたる弁護士なら皆、確実に知っているものです。遺留分減殺請求権の行使期間です。
 遺留分侵害になるかもしれない「遺言」の存在が分かったら、その遺言の無効を主張する場合でも念のため、ひとまず遺留分減殺請求権を行使しておくのが望ましい処理です。その請求の有無事態が争点となることを避けるためにも、請求は内容証明郵便で行うのが確実です。まだまだ時間があると思って後回しにしているうちに、うっかり1年が経過してしまうということにもなりかねませんので、早め早めに。
 

 さらに私なら、と思ったことは、この遺留分減殺請求に関してです。
 何件か遺留分減殺請求事件を担当してきましたが、私の経験からすれば、これはまず法定外での話し合いを試みて、主張の乖離がひどく合意は難しいということであれば、家庭裁判所への調停申立てはすっとばして、遺留分減殺請求に基づく訴訟を地方裁判所に行った方が解決は早いということです。厳密な調停前置主義はとられていません。
 調停手続きで協議を行っても、このような関係の場合、まず話がまとまるということはありません。
 むしろ、訴訟手続きにおいて、厳密な主張立証手続きを行う中で、しかるべき金額を払うべき側も観念せざるを得ず、私の経験からすれば、和解で終わります。一審判決が出たとしても、控訴審で和解になったこともあります。
 こういった点は、処理方法として何が正しいというものではもなく、各弁護士の経験による実感なのかなと思います。

 いずれにしても、改めて相続事件はまだまだ奥が深いなと思わせられた研修でした。それだけに、今後おそらく、相続、特に遺言作成、執行等に関わった弁護士に対する弁護過誤訴訟が増えるのではないだろうかとの思いを抱いています。気をつけねば。
(おわり) 

*下にいたら見えないことも、上に登って下をみるとその大きなポイントがよく分かることがあります。
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2009年12月 8日 (火)

近頃の家庭裁判所〜遺産分割調停に期待されるもの〜【松井】

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1 
 家庭裁判所での遺産分割調停事件、審判事件で数多く代理人をさせていただいています。
 やはり大阪家庭裁判所でのということが多いのですが、ここ最近、たまたまかもしれませんが、違和感を感じることが続けてありました。

 調停委員や裁判所の立ち位置です。

 何に違和感を感じるのかというと、「これは調停ですよ!」とこちらが強く言いたくなるような場面によく出くわすようになったということです。

 すなわち、どういうことかとういと、裁判所は、「それは本来訴訟事項なので調停でその話を持ち出すな」という態度を今迄以上に強く押し出してきているような気がするということです。
 訴訟事項と調停事項の違いくらい、代理人弁護士が就いており、当事者も弁護士もわかっています。
 しかし、当事者としては、できることなら訴訟は避けたい、この調停で解決したいという動機があるのです。
 だから、調停の場に、本来訴訟事項であることもいったん話し合いのテーブルに載せて、相手との協議、交渉を試みたいのです。相手も、訴訟は嫌なはずです。
 そこで、協議を重ね、もみほぐすうちに双方、互いに妥協して、合意に達して全面解決ということがあり得るのです。
 訴訟事項であっても、当事者の合意があれば調停、審判事項となりえました。
 私の知る限り、これまで、審判であっても、審判であればなおさら、裁判官はまずは合意を取り付ける方向で動いていたように思います。
 調停においても、調停委員もそれは訴訟事項と分かっていながら、なんとか全面解決するのが望ましいということから意欲を見せるのが普通でした。

2 
 ところが、最近、たて続けに感じた違和感。
 裁判所の方針が変わってきたように思います。

 先日、遺産分割の調停申立てをしたところ、当然、主たる遺産の中身として、預貯金口座がありますが、これに対し、わざわざ「裁判官からの伝達事項です。」ということで書記官から弁護士にと電話がありました。
 預貯金は、法律上は厳密には、相続時点で分割債権として原則、分割されているというのが判例です。なので、遺産分割の対象とはなり得ないというのが理屈となります。

 第1回の調停期日前にわざわざ電話をしてきた書記官曰く。
 

「最近の方針として、裁判所では、無理に合意を取り付けることはしていません。かえって一方当事者の不利益になることがありますので。そのことはご了解ください。」

 ということでした。
 紛争解決機関の一つたる、家庭裁判所の役割放棄だと思います。預貯金を遺産分割の対象から外すのがデフォルトとなったら当事者の紛争解決ってどうなんねん!?という思いです。預貯金が一番、柔軟性のきく財産であるため、そこで調整されるのがほとんどだからです。

 訴訟事項は訴訟でやってくれというのが、実は、家庭裁判所では一番楽な仕事です。
 審判事項に問題を絞り、問題を簡単にしていって、簡単な問題だけを解決していけばいいだけだからです。
 
 以前は、困難な問題だけど、なんとか当事者の利益のために、全面解決のために、問題に取り組み、なんとか試みましょうという意気込みがあったように思います。
 
 しかし、裁判所からわざわざこんな第1回期日前から、逃げ口上のような電話を受けました。
 驚きました。

 こんな電話を、しかも居丈高な口調でかけてくる書記官さんも何も疑問に思わないのかと全く不思議に思いました。
 また、つい先日から感じていたことですが、調停委員も、「問題をなんとか解決しよう!」という意気込みもなく、上記のような裁判所の考えを調停室で面と向って口にするのです。
 「遺産の範囲の問題は訴訟条項ですから。」
 弁護士なら、当事者にとって、確かに争っているけど、じゃあ遺産の範囲確認訴訟を提起するのかというと、それほどの資産価値、費用対効果のない資産価値たることは明らかな財産に対して。
 それを分かって、分かっているからこそ、また話し合いの場たる「調停」だからこそ、「調停」の申立てを行い、なんとか話し合いで双方妥協しあって解決出来ないかと試みているのです。

 それを調停委員が、当初から問題をもみほぐす気のないこと、「裁判官がそう言っていますから。」というのを口にしていくるというのはこれはもう調停委員の役割放棄ではないかと思います。
 やる気がないなら、ここで紛争を解決してやるという熱意がないなら、調停委員から身を引くべきだと思います。


 そんな調停委員にあたって何だかなあと思っていたところで、今回の書記官さんからの直接の電話。裁判官からのお言葉の伝達です。
 家庭裁判所。

 そんなこと言っているなら、もう「仕分け」されてなくなったらいいのにとすら思います。
 以前もブログに書いたように、相続事件は、調停条項/訴訟条項の区分けのために、当事者が家庭裁判所と地方裁判所を行ったり来たりしなくてはならないことが結構あります。
 私は、離婚事件のように、家庭裁判所で一元化すればいいのにと思っていたのですが、当の家庭裁判所がこの状況というのがどうやら最近の現実のようです。
 だったら、相続に関する事柄は地方裁判所で審理できるようにして、家庭裁判所の人員を減らしちゃえ!と実は怒り心頭の気持ちです。
 
 いらないよ、仕事する気のない、紛争解決機関としての役割を果たそうとしない裁判所に裁判官、書記官さんに調停委員なんて。
 自分たちがこの社会で果たすべき役割、期待されている役割というものを第三者的に考えたことはないのであろうかと不思議で仕方ありません。
 全く驚きの書記官さんからの電話でした。
 私が知る限り、以前は、どの審判官裁判官、調停委員も皆、もっと「終局的な紛争解決」ということに意欲的だったのですが。
 ここで終わらせてみせる、という意気込みがあったのですが。
 まったくもって残念です。
 
 そうです。怒ってます。ブログを書くぞという原動力は怒りが大きいですかね(笑)。
 新聞記者の友人が、日常生活で怒り心頭なことがあると、「書いてやる!」と心の中で思っていたというのと同じかも。実際には、新聞にはそんな個人的な怒りは書かないんだろうけど。
 「怒り」って、問題意識からくるんでしょうかね。これでいいのか?という。

 家庭裁判所は、こんなのでいいのかな。自分で役割を放棄していっているようにしか私には見えない。以前の違う、意欲的な、格好いい姿を見ているから余計にそう感じるのかも。私の知っている裁判官審判官や調停委員は、皆、熱心に問題に取り組み、粘り強く調停や審判においても、合意の形を模索し続けていました。
 問題を地方裁判所に放り投げることなら、はっきり言って誰でもできます。ちょっと相続回りの法律と裁判例を勉強したら出来ます。それを大上段に振りかざそうとするような態度は、以前なら、「あら、この人は問題の本質が分かってないよ。」と調停室ではちょっと蔑みの対象だったはずなのですが。どうも最近は違ってきているようです。そう。私も、書記官さんからの電話を聞きながら、この人はいったい。。。と大きな疑問にとらわれました。

 がんばれ、家庭裁判所。

(おわり)
*ピカチューも応援してるよww
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2009年10月28日 (水)

遺言の作成助言業務と信任【松井】

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 最近、気になることがあります。これもやはりまだ考え、意見がスッキリとかたまっているわけではまだないのですが、備忘録的に書いておきます。
 
 それは、遺言の作成アドバイス業務についてです。
 公正証書遺言などを作成する際、自分で勉強して自筆証書あるいは公証人役場に行って、自分だけの力で作る人もいるかとは思います。
 ただ、やはり多くは、弁護士などの専門家のアドバイスを受けているだろうと思います。ここでいう「弁護士など」の「など」とは、遺言作成のアドバイス業は弁護士に限られていないという現実をさしてのことです。司法書士さん、行政書士さん、信託銀行、その他団体?が、遺言作成のアドバイス業務を有料で行っています。これはネットで検索すればわんさかと出てきます。
 
 遺言書の作成数が増えているのも司法統計から明らかなこともあり、私のもとに相談に来られる相談内容でも、公正証書遺言についてのものが多くなっているように思います。 そこで気になっているのは、「相続人の廃除」や生前贈与を書き記して、特別受益があるとし「遺留分侵害額」はないといった記載があるものです。
 このような内容の遺言書を作成する際、関わった「専門家」は、どれだけその裏付け事実の調査などをしているのか、あるいはしていないのか。どこまでの注意義務があるのか、ないのかということです。

 単に、遺言作成者が口にしたことを「専門家」が鵜呑みにして、後日の紛争にそなえた裏付け資料等を確認もしないままに、「代書屋」さんのように右から左へと「法律用語」を使って書くようにアドバイスするのでいいのかどうかです。
 作成に関わる以上、それは紛争予防が遺言者の本心である以上、紛争予防を考えるのであれば、やはり関与時、裏付け等の有無を確認、資料の確保すべき義務があるのではないかということです。
 この点、「本人がそう言っていたので、そう書かれただけです。」ということで「専門家」としての注意義務を果たしたといえるのかどうだろうかということです。

2 
 そこでたまたま読んでいた本に、なるほどと思う記述がありました。
 「信任」(信認)です。

 引用します。111頁、岩井克人「会社はこれからどうなるのか」(2009年、平凡社)

*本当は本の表紙だけを写したいのですが、アマゾンで購入のボタンが出てしまいます。。。

 

「信任とは、英語のFIDUCIARYに当たる日本語です。それは、別の人のための仕事を信頼によって任されていること、と定義されます。」

 
「重要なことは、信任とは契約と異質の概念であるということです。
 たとえば無意識の状態で運ばれてきた患者を手術する医者を考えてみましょう。この患者は自分で医者と契約をむすべません。だがそれにもかかわらず、救急病棟に詰めている医者は、まさに医者であることによって、患者のために手術をおこないます。ここでは医者は、患者の生命をまさに信頼によって任されています。すなわち、患者の信任を受けた信任受託者です。
 世のなかには、このほかにも未成年者や精神障害者や認知症老人など、法律上あるいは事実上、契約の主体となりえない人間はたくさんいます。彼らのために財産管理などをする後見人は、やはり信任を受けている信任受託者です。
 いや、医者と通常の患者との関係においても、信任という要素が入り込んでいます。なぜならば、医者と患者との間には、医療知識にかんして大きな開きがあるからです。たとえ契約書が交わされていたとしても、医者がおこなう治療の内容を患者が理解できる形ですべて特定化することは不可能でうs。仮に特定化できたとしても、それが実行されたかどうかを患者が確認することは不可能です。いくら患者が明晰な意識をもっていても、少なくとも部分的には、医者は患者の健康や生命を信頼によって任されてしまうことになるのです。
 同じことは、弁護士や技師や教師や会計士やファンド・マネージャーといった高度の専門知識をもつ専門家が他人のためにおこなう仕事に関してもいえます。一般に、形式的には契約関係であっても、当事者の間で知識や能力に大きな格差があるかぎり、そこでは信頼によって一定の仕事を任されてるという要素が必然的に入り込んでくるのです。」

 117頁
 
「信任関係の維持には、自己利益の追求を前提とした契約関係とはまったく異なる原理を導入せざるをえません。それは、ほかでもない『倫理』です。
 当たり前のことですが、信任を受けた人間がすべて倫理感にあふれいさえすれば、信任関係は健全に維持されます。それゆえ、歴史的には多くの専門家集団がみずからに職業倫理を課してきたのです。たとえば医者の場合、『わたしは能力と判断の限り、患者に利益すると思う養生法をとり、悪くて有害と知る方法を決してとらない』というあの有名なヒポクラテスの近いの存在が、患者との信任関係を維持していく上で大きな役割をはたしてきたことは、よく知られています。」


 かなり長い引用になりましたが、ここで述べられているように、遺言作成にたずさわる「専門家」も同じではないかということです。
 特に、弁護士がたずさわる場合。弁護士以外の者がたずさわる場合も、やはりそこにこのような「倫理感」が問われてしかるべきだと思います。
 具体的にはどういう場面で問われるかというと、先ほどの「相続人の廃除」であったり、生前贈与等を書き記した「相続分」や「遺留分侵害額」に関わる「事実」の記載をする場合です。
 
 そこでは、やはり相続発生後の自分の死後の紛争予防が遺言者の真意である以上、下手にこの「相続人廃除」や「相続分」等に関する生前贈与の「事実」等を書き記すと、その「事実」の有無を巡って紛争になることは明らかです。
 そうであるなら、助言する時点で、その遺言者が言う「事実」の裏付け資料の有無、確保を図り、その過程を記録化しておく義務があるのではないかと思っています。
 あまりこの点が争われた事例などを聞いたことはありませんが、今後、増えていくのではないかという予感がします。
 
 安易な、あまりに安易な遺言書の作成は、そんな遺言だったらないほうが相続人らにとってはましだったのではないかと思う内容を散見するこのごろ、ぼんやりと考えていることです。
 助言する専門家の方において、この「信任」の意識、どこまでの倫理感があるのかが問われているように思います。
 言われたことだけやっていればいいのかどうか。そうでないことは、はっきりしています。

(おわり)
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2009年9月24日 (木)

相続法と計算~遺留分など~ 【松井】

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 ブログの過去の記事を見て頂くと分かるように、私は個人的にも「相続」事件が大好きです。
 なぜか。たまたま弁護士1年目のとき、他の弁護士さんが遺産分割事件の審判まで担当された事件の不服申立の事件、即時抗告審を担当したり、公正証書遺言の作成を担当していたところ残念ながら適わずに遺言者の方がお亡くなりになってしまい、そのまま遺産分割事件に突入し、遺産の範囲から問題となり、あしかけ10年、調停、訴訟、調停、訴訟となってしまった事件を担当した影響が大きいと思います。

 即時抗告審からの担当で学べたことは、本当に相続の0~10まで基本的な事柄を総ざらえできたということでした。
 家庭裁判所での審判書に対して、そのアラを見つけ出す作業です。しかし、弁護士1年目。相続の分野は実は司法試験でも試験にほとんど出ないところなため、実務的なことは全く知りませんでした。
 そのような状態で、審判事項とは何か、訴訟事項とは何か、財産を評価するにしてもいつの時点でどのように評価すべきと考えられているのか、しらみつぶしにチェックしていきました。まさに弁護士1年目だからこそ出来たような時間をかけた仕事っぷりでした。
 そして公正証書遺言の作成とその後に続く、調停申立て、取り下げ、遺産の範囲確認の訴えなども同じです。結局、2回訴訟をして、2回とも最高裁までいきました。そして3度目の正直で、ようやく調停成立です。その間、特別受益だ、持ち戻しだ、なんだと確認しました。これは相続事件ではよくあることですが、被相続人に収益物件があり、この収益物件に関して、賃貸借ということで種々の問題が生じ、さらにはこれもよくありがちですが、被相続人が各種不動産を取得するに際し、結構な額の借入金で建設資金や運用資金を賄っていたため、負債も相当額あったという、次から次へと周辺の事柄も相続に絡んで問題となるという場合でした。
 また私としては幸運なことに、この間さらに、何件かの遺留分減殺請求訴訟や遺言無効確認の訴えを担当させていただく機会がありました。
 こうして、相続分野について、四方八方からいろいろな経験をさせていただくことができました。
 そして法的にもまだまだ未開拓な、やりがいのある分野だということが分かると同時に、相続事件というのは、お亡くなりになられた被相続人の方の一代記に接するものだという思いになりました。ご自身でそれだけの財産を築かれた方、あるいは代々の財産を守られた方がどのようにビジネスを行い、配偶者をもち、子をもち、行きて来られたのか。その40年、50年に渡る歴史に接し、この点で興味深く思うと同時に、畏敬の念を禁じ得ません。
 このように、過去30年、40年前の事柄が問題になりえて、壮大な思いで仕事をさせていただくのは相続事件くらいではないかと思います。


 でも、弁護士によっては相続事件があまり好きではないという人もいます。
 なぜか。
 当事者が複数であって、利害対立状況が複雑というのもありますし、また結局、過去のしがらみにもとづく兄弟げんかや後妻と子ども達の親子げんかじゃないかという見解もあるようですし、親が遺してくれたものに何で取り分でいがみあうのか、さらには計算が複雑でよくわからないから好きになれないという点もあるようです。
 
 この点、言い得て妙な表現を最近、見かけました。法学教室09年10月号の「家族法ー民法を学ぶ第19回」「具体的相続分の決定『だってもらってたじゃない!』(神戸大教授 窪田充見)の中の言い回しです。

 

「ところで、個人的なことになりますが、おの具体的相続分の計算という問題、私は、比較的好きです。計算ばかりであまり好きではないと言う諸君も多いのではないかと思いますが、そうした計算の前提となるしくみの中には、相続をめぐる基本的な問題が見え隠れしていると感じられるからです。」
とあります。
 まさにそのとおりです。

 さらにはこのような表現も。
 

「私の印象では、相続法の問題は、各所によくわからない深みが潜んでいる。」

 そうなんです、そうなんです。

 だからこそ、平成10年以降においもて、相続の分野では未だなお注目の最高裁判決が出て続けているのだと思います。
 突き詰めて考えると、この場合、どうなるんだろうという問題が今なお結構あります。 
 以前にも述べたように、こういった問題は従前は、最高裁にいくまえにどこかで当事者間でおりあいがついていたのだろうと思います。ところが、最近ではやはり徹底的に裁判所の判断を求めるというところに来ているのではないかと思います。
 なお、当事者が複数で複雑に利害がからみあうという状況も、私は実は好きです。利害関係が単純ではないだけに、どこかでダイナミックな解決に至る要素、チャンスが多いからです。
 以前、ある家裁の調査官が口にしていました。
 

「相続事件(遺産分割)は、アイデアですよ。」

 そのとおりだと思います。


 ところで、判例タイムズ07年11月15日号での「遺留分減殺請求訴訟を巡る諸問題」では、裁判官ら共同で執筆しているのですが、次のような表現で冒頭はじまっています。
 

「遺留分減殺請求訴訟は、複雑困難な訴訟類型の一つとされており、遺留分侵害額、減債額等の算定が複雑であるほか、論点や判断要素も多く、個々の論点についても必ずしも実態法の解釈が一義的であるとは言えない。」

 「このため、当事者双方がこれらの論点等について十分に理解せず、また、共通認識を持つことなく、主張立証を行って、審理が混乱する場合も少なくない。」

 つまり、弁護士が「遺留分」について理解しないままに適当に訴訟活動をしていることが多いですよ、ということです。
 
 なぜか。やはり「算定が複雑」であり、「論点や判断要素も多く」、「必ずしも実態法の解釈が一義的であるとは言えない」からです。
 思うに、そもそも問題、論点があることすら気づかずに訴訟活動、代理人活動をされている場合もあるのではないでしょうか。
 その場合「共通認識を持つことなく」、交渉、訴訟活動が行われます。
 一番の被害者は、まさに依頼者、当事者ではないかと思います。

 でも逆に、複雑で困難な問題だからこそ、紛争解決を担当させていただく弁護士としては、非常にやりがいを感じ、面白いと私は思うのです。
 遺留分減殺請求にしても、法律上は、民法1028条で

「兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。」
として、
「一 直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の三分の一
 二 前号に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の二分の一」

とあります。
 だから、私は相手に「三分の一」、「二分の一」請求できるといったことにはなりません。

 ここからがスタートです。
 1029条1項には、遺留分の算定の規定があります。
 

「遺留分が、被相続人が相続開始のときに有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して、これを算定する。」

 とあります。
 さらには、民法は1044条まで遺留分に関する規定をおいています。
 遺留分、遺留分と言われていますが、実際に、じゃあ、誰に対して、いくら、何を請求できるのかというと、事案に応じた計算をせざるをえません。
 
 これにやりがいを感じられるかどうかだと思います。

 知識と経験と、そしてアイデアが相続事件だと思います。
 

 ちなみに、先の判例タイムズの特集の見出しだけひろっておきます。
 これだけのことが問題になりうるのが遺留分なのです。
 計算式に当てはめて、ちゃっちゃと算出できる代物ではありません。
 
 公正証書遺言の作成件数が増えているようですが、遺言作成数の増加と共に、遺言無効確認の訴えのみならず、遺留分減殺請求訴訟も増えてくるのではないかと予想されます。 現に私の方へのご相談でも、遺言を巡ってのご相談が増えています。
 検討順位は、まず、無効ではないのかどうかをしっかり検討します。カルテや介護施設の記録が重要です。
 そして次に、遺留分を侵害する内容か否かが検討されます。このとき、相続時の財産だけではなく、生前に渡しているものなどがないかまで検討しなければなりません。
 実は、方向性を決めるまでにかなりの調査作業を要するのが、相続です。


以下、判例タイムズ07年11月15日号、12月15日号


 

第1 遺留分減殺訴訟の意義・訴訟物等
  1 遺留分減殺請求訴訟の意義
  2 遺留分減殺請求訴訟の訴訟物

 第2 遺留分減殺請求の当事者
  1 遺留分減殺請求権者
  2 相手方
  
 第3 遺留分及びその侵害額の算定
  1 遺留分侵害額の算定法法
  2 算定の基礎となる財産について
  3 当該相続人の遺留分の割合
  4 当該相続人の特別受益額
  5 当該相続人の純相続分額
  
 第4 遺留分減殺請求権の行使
  1 遺留分減殺請求の意思表示
  2 減殺の方法
  3 遺留分減殺請求の競合
  4 権利の濫用
  
 第5 遺留分減殺請求権の効力
  1 遺留分減殺請求権の行使と法律関係
  2 遺留分減殺請求権の行使により遺留分権利者に帰属する権利の性質
  
 第6 価額弁償
  1 価額弁償の制度について
  2 価額弁償と減殺請求の効果
  3 価額弁償の方法
  4 価額弁償の評価基準時
  5 価額弁償の抗弁を容れる場合の判決主文
  6 価額弁償の終期
  7 贈与又は遺贈の目的物が第三者に譲渡された場合
  8 一部の価額弁償の可否
  9 贈与・遺贈が未履行の場合

 第7 遺留分減殺請求権の消滅 
  1 放棄
  2 時効


(おわり)
 
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2009年9月11日 (金)

侵害額の算定と相続債務の扱い〜遺言と遺留分減殺請求〜【松井】

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*昨日9月10日は新司法試験の合格発表日だったようです。昨年、当事務所にバイトに来てもらっていたMさん、合格だそうです!偶然、裁判所の前でお会いしました。嬉しいです!事務所に戻って他のスタッフや大橋にも伝えたら、皆、大喜びでした。これからまた新たなスタート、頑張ってください!


 この前触れた、遺留分と相続債務に関する最高裁判例です。
 最高裁三小平成21年3月24日判決(判例時報2041号45頁)です。
 http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=01&hanreiNo=37455&hanreiKbn=01


 一般の方でもちょっと相続に関心のある方であれば「遺留分」という言葉は知っていると思います。
 そして流行の「遺言」を作る際においても、「遺留分」「遺留分」「遺留分を害することはできない」などという言い方をされます。
 そこで極端なのが、本当は子ども4人のうち、一人に全部をあげたいんだけど、「遺留分があるから」といって他の3名のものに対しては、遺産の遺留分相当額を相続させるといったような遺言です。
 1/2×1/4=1/8 を相続させるといったような遺言です。
 
 実際、相続が発生してから遺留分が問題となる場合、遺留分減殺請求権を行使して、実際に確保できる金額、財産評価額はいくらなのかというと、これを算出するのにいろいろと「算定」方法が定められています。
 実は結構ややこしいのです。
 きちんと算出する場合、「エクセル」は必須です。
 そのため、以前、弁護士会での家庭裁判所の担当裁判官を講師にしての相続研修においては、裁判官は、このように言っていました。
 「相続事件は、実は、弁護士さんは皆さん誰でも出来ると思っているかもしれませんが、実際には、特定の専門分野として複雑な内容なんです。」と。
 要は、きちんと勉強をせずに家裁に遺産分割などの申立てをしている方が結構いらっしゃる、勉強してきてくれということでした。
 またさらには、「相続は、計算方法の問題でもありあす。これは、いまやエクセル表が不可欠ともいえます。若い弁護士さんなら皆、エクセルを使いこなせているでしょう。ご年配で、エクセル表を使っていない方はぜひ若い弁護士さんと組んでされてはどうでしょうか。」
 
 やはり、なるほどと思いました。確か、もう2、3年も前の研修です。

 このように遺留分侵害額の算定といっても算式があります。
 ただ、そんなことはもうとっくに全て、解釈論は解決されているのではないかと思うのももっともだと思います。
 ところが、この前のエントリーでも触れたように、平成10年以降も続々と最高裁判決が出ているのです。
 そして、私自身、あ、こんなこともまだ解決されていなかったのかと驚いたのが、今回の平成21年3月の判決事例でした。


 遺留分については、民法1028条から1044条までの間に規定されています。
 1029条が遺留分の算定です。そして1031条において、遺贈又は贈与の減殺請求として、「遺留分権利者及びその承継人は、遺留分を保全するのに必要な限度で、遺贈及び前条に規定する贈与の減殺を請求することができる。」としています。
 ここでいう「遺留分」の額を算定するにあたって、相続債務はどのように取り扱われるかです。
 最高裁で問題となったのは、遺言があって、その内容は、相続人のうちの一人に対して財産全部を相続させる旨の内容であり、このとき、被相続人が負っていた金銭債務の法定相続分に相当する額を遺留分権利者が負担すべき相続債務の額として遺留分の額に加算すべきかどうかが争われました。

 なぜ問題になるかというと、相続債務については、民法899条「各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する」として、金銭債務のような「可分債務」については、相続人らは被相続人の債務の分割されたものを承継するもの解されていたからです(最判昭和34年6月19日民集12.6.757)。
 
 どういうことかというと、被相続人Aさんは、不動産を含むプラスの財産約4億1000万円を有し、一方で、同じく約4億円の負債を有していました。相続人は子どもXとYです。
 そして公正証書遺言で、Yの相続分を全部として、遺産分割方法の指定として遺産の全部をYに移転する内容を定めました。
 これに対し、XがYに対し遺留分侵害請求をしたのです。
 
 そしてXは、その遺留分侵害額の算定にあたって次のように主張しました。
 プラスの財産約4億1000万円円から約4億円を差し引いた1000万円の4分の1である、250万円に、相続債務の2分の1に相当する2億円を加算して、Bの遺留分侵害額は2億0250万円に当たると主張したのです。
 これに対し、Aは、いやいや相続債務の2億円は、本件のような相続人の間では当然に法定相続分で分割されるというものではなく、遺言によってAがすべて負担することになるものであって、Bの遺留分侵害額の算定にあたっては加算されず、Bの侵害額は250万円だとして争いました。
 えっらい、おおきな違いになります。

 これは、そりゃあ、最高裁まで争うでしょうという事案だったようです。

4 
 で、最高裁はどうかというと、次のような判示となりました。直感的に、妥当な常識的な判断だと思えます。法的構成もまあ、そうだよねというものでした。
 こんなことが未だに争われ平成21年3月になって最高裁が判断を示さざるを得ないのが相続の法律の世界なのです。
 違う観点からいえば、あちこちにまだ落とし穴や地雷がありうる世界であって、本当に法律論、条文、最高裁判決、学説、知恵がないと「遺言作成の依頼を受けます」などと怖くて言えない分野なのだと思います。
 事案も平成15年7月に公正証書遺言を作成し、11月になくなってから、遺言の内容が不明確ともいえたために、結局6年もの間、相続人らは弁護士費用や時間、労力をかけて争わざるを得ませんでした。
 遺言を遺した被相続人も不本意ではないかと思います。

 最高裁の判断

「相続人のうちの一人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合、遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り、当該相続人に相続債務もすべて相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり、これにより、相続人間においては、当該相続人が指定相続分の割合に応じて相続債務をすべて承継することになると解するのが相当である。」

 
「相続人のうちの一人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされ、当該相続人が相続債務もすべて承継したと解される場合、遺留分の侵害額の算定においては、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されないものと解するのが相当である。」

 結局、さっきのXさんの場合の遺留分侵害額は、XとYとの間では負債2億円はYのみが負担するものということで、Xの遺留分侵害額算定においては考慮せず、結果、Bの遺留分侵害額は250万円ということで確定しました。


 問題のポイントは、判例時報の解説でも指摘されているように、
 

「本件遺言は、Yの相続分を全部と指定し、その遺産分割の方法の指定として遺産全部の権利をYに移転する内容を定めたものであるが、その効力がAの有していた金銭債務にも及ぶのかどうかが問題となる。」
ものです。
 
 そしてこの問題を考えるにあたっても、過去の裁判例などを敷衍する必要があります。
 
「相続人に対して財産を相続させる旨の遺言などにより遺産分割の方法が指定され、その対象財産の価額が当該相続人の法定相続分を超える場合には、相続分の指定(民法902条)を伴う遺産分割方法の指定であると解するのが一般的な見解である。」
こと、

 

「相続分の指定がされた場合、指定の効力が相続債務にも及び、共同相続人間の内部関係では、各相続人が相続債務についても指定相続分の割合により承継又は負担するものと解されていること。」

 

「相続させる遺言に遺産分割方法の指定の意味がある解するのであれば、遺産全部を一人の相続人に相続させる遺言がされた場合(対象財産の価額が当該相続人の法定相続分を超えることは明らか)には、特段の事情がない限り、相続分の全部が当該相続人に指定され、少なくとも相続人間においては相続債務についてもすべて同人が承継又は負担するものとされたと考えるべきであろう。」

 と指摘されます(判例時報2041号46頁。判例解説。)
 
 可分の相続債務の取扱いについては、債務についても「被相続人の財産に属した一切の権利義務」(民法896条本文)に含まれるものとして法定相続分(民法900条)によって相続開始時に当然に分割されると解されています。当事者間の特段の合意があればともかく、そうでない場合は遺産分割の対象にならないと解されています(民法906条)。既に分割済みだから。家庭裁判所の審判でも、当事者間の合意がない限り、審判の対象にはなりません。
 他方、民法902条では、
「被相続人は、前二乗の規定にかかわらず、遺言で、共同相続人の相続分を定め、又はこれを定めることを第三者に委託することができる。ただし、被相続人又は第三者は、遺留分に関する規定に違反することができない。」
とあります。
 遺言で、相続分を定めることができるので、相続債務についても、相続発生と同時に分割されるとはいえ、その分割の割合を被相続人は遺言で決めることができると考えられるのです。
 そこで、相続債務の負担について、遺言者の意思の解釈という問題となって今回の事例も検討されたのです。


 遺言を作成するとき、前回の生命保険のことはもちろん、債務の負担についても検討することが不可欠だということです。
 本件でも、遺言でそのことが明記されていれば、最高裁判決まで争うという必要もなくて済んだということです。
 少なくともこれからは要注意です。
 検討すべきことが検討されずに、かえって紛争を拡大させるような遺言が作成された場合、遺言作成の依頼を受けたものは助言義務の注意義務違反に問われるということもありえるのかと思います。
 気をつけねば!
(おわり)

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2009年9月 6日 (日)

生命保険金と相続~ありとあらゆることを総合考慮する必要あり~【松井】

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*甚六のお好み焼きです。プロがきちんと最後まで仕上げてくれます。
*9/8 改訂


 相続の発生によって、遺産分割あるいは遺留分減殺請求などが問題となるとき、まま争いになっていたのが相続人の一人が受け取る生命保険金の取扱いです。
 例えば、被相続人甲が死亡し、法定相続人としては、子のA、B及びCの3名がいた場合、甲が保険料を支払い、被保険者となっていた生命保険につき、Aのみが保険金受取人として指定されていて、5000万円の保険金を受領したというような場合です。
 実際、なぜ問題となるのか。それはもう、BさんやCさんの立場に立ってみてくださいというほかありません。法的にどうこう以前に、同じ相続人なのになぜAだけ?!という不公平感が紛争の発端になります。
 そして、その不公平感は法律上、どのようにして争われるのか。
 次の場合が考えられました。

 1 保険金5000万円も遺産として、3等分すべきではないのか。
 2 保険金5000万円は、遺留分減殺請求権の対象になるのではないのか。
 3 保険金5000万円は、みなし相続財産によって具体的相続分を計算するとき、Aの特別受益として持ち戻して加算すべきではないのか。

 それぞれの問題に対して、最高裁判所の判断が出ています。しかもうち2つは、平成14年、平成16年と、つい最近のものです。
 思うに、この生命保険金の取扱いの問題は、昔からあったはずですが、それまでは最高裁判の判断を求める前に当事者間の取扱いの合意などによって問題の指摘はされていたけど、最後まで残るといったことはなかったのではないかと。
 ところが、当事者間で妥協点を見いだすことができず、最高裁判所の判断を求めざるを得ないような紛争、何年かかろうとも徹底的に争って白黒をつけるという争い方が増えてきたからなのではないかと推測しています。


 では、最高裁はどのような判断をしているのか。
 
1 遺産か否か
 
 この点は、受取人が指定されている生命保険金請求権については、特段の事情のない限り、契約の効力の発生と同時に受取人が自己の固有の権利として取得するものであると解されています(最三小判S40.2.2民集19.1.1)。つまり、被相続人が死亡時に有した財産として遺産分割等の対象となる相続財産にはあたらないということです。
 http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=28221&hanreiKbn=01

 そもそもなぜ、生命保険金が相続財産じゃないかと問題提起されていたかといえば、生前、その保険契約の保険料を支払っていたのが被相続人甲であって、甲のお金で出えんし、甲の死亡を原因として、受取人指定者の相続人Aが5000万円の保険金支払請求権を得ることになるからです。
 しかし、このAが取得する保険金支払請求権の発生は、あくまで契約に基づいて独自に発生するものであり、被相続人甲が所有する財産とすることには無理もあり、否定されています。

 ただ、気をつけないといけないのは、上記のような場合、相続税法上の取扱いとしては、みなし相続財産として、相続税の課税の対象となりうるということです。
 詳しくは、国税庁のHP解説などを確認してください。
 http://www.nta.go.jp/taxanswer/sozoku/4114.htm

 民法と相続税法は、趣旨が異なる以上、定義や要件、取扱いも異なりうるということです。
 相続については、当初、税理士さんに相談されることが多く、税理士さんは税理士さんの知識で、民法上の遺産分割等もおさめてしまいがちであって、当事者が混乱してかえってトラブルが拡大することもままあります。
 逆に弁護士である私の方も、民法上、遺産分割を成立させるときでも、相続税の問題がありうるときは、税理士さんに相続税法上の問題はないか確認をとっています。
 弁護士と税理士を上手に使い分ける必要があります。


2 遺留分減殺請求の対象になるか

 民法は1028条で、

「兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。」
と規定されています。
 そして1031条では、
「遺留分権利者及びその承継人は、遺留分を保全するのに必要な限度で、遺贈及び前条に規定する贈与の減殺を請求することができる。」
とされています。 
 
「遺留分を保全するのに必要な限度」
で、
「減殺の請求をする」
ものが遺留分減殺請求権です。
 
 では、この遺留分はどのように保全するに必要な限度を把握するのか、
 1029条1項では、
「遺留分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して、これを算定する。」
とされています。
 
「相続開始の時において有した財産の価額」
「贈与した財産の価額」
を加え、
「債務の全額」
を控除するのです。
 ここでいろいろと最高裁判例が出ています。つい最近では、ここでいう控除の対象となる「債務」とはどのように計算されるのかが争われ、最高裁の判断が出ています。この判例についてはまた別の機会に書いて整理しておきたいと思います。相続債務は相続発生と同時に分割される、というテーゼとの絡みです。最高裁は、ああ、なるほどねと納得のいく結論とそれにあった法解釈で判断を示しました。杓子定規ではありませんでした。
 
 ここでは生命保険金について考えると、受取人Aが受け取った生命保険金5000万円は、この1031条の遺留分減殺請求権の対象となるのではないかということです。
 
 こういう問題点に関して、最一小判H14.11.5(民集56.8.2069)は次のように判示したといわれています。
 「死亡保険金請求権は相続財産を構成するものではなく、実質的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたものとみることもできないから、民法1031条に規定する遺贈又は贈与に当たるものではなく、これに準ずるものともいないとして、遺留分減殺の対象にならないことを明らかにした。」(判タ1173.199)。

http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=25205&hanreiKbn=01
 すなわち、理由付けにおいて次のように判示しています。
 
「けだし、死亡保険金請求権は、指定された保険金受取人が自己の固有の権利として取得するのであって、保険契約者又は被保険者から承継取得するものではなく、これらの者の相続財産を構成するものではないというべきであり(最高裁昭和36年(オ)第1028号同40年2月2日第三小法廷判決・民集19巻1号1頁参照)、」

「また、死亡保険金請求権は、被保険者の死亡時に初めて発生するものであり、保険契約者の払い込んだ保険料と等価の関係に立つものではなく、」

「被保険者の稼働能力に代わる給付でもないのであって、」

「死亡保険金請求権が実質的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたものとみることもできない。」

 やはり、生命保険金請求権の発生原因事実として、契約を原因として発生するものであるという理屈を越えられないものと考えられます。この5000万円の生命保険金請求権が被相続人の財産であったとは、やはりなかなか言い難いものがあるとは思います。
 定期預金のように、被相続人の出えんでもって、その生前、月々10万円を定期預金としていたときは、死亡した際、当該定期預金の解約払戻請求権は、相続財産となることに争いはありません。
 これと当該、生命保険請求権との違いはどこにあるのか、だと思います。


3 では特別受益として持戻しの対象となるのか。
 
 特別受益を受けたとされると、民法903条によって、その相続分が計算されることになります。
 民法903条1項

「共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは成蹊の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。」

 つまり、具体的相続分が減ることになるのです。

 この点の最高裁が判断を示したのが、最二小H16.10.29決定です(民集58.7.1979、判タ1173.199)。
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=25096&hanreiKbn=01

 次のように判示しています。
 

「上記の養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権又はこれを行使して取得した死亡保険金は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与にかかる財産には当たらないと解するのが相当である。」

 
「もっとも、上記死亡保険金請求権の取得のための費用である保険料は、被相続人が生前保険者に支払ったものであり、保険契約者である被相続人の死亡により保険金受取人である相続人に死亡保険金請求権が発生することなどにかんがみると、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である。」

「上記特段の事情の有無については、保険金の額、この額の遺産総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合して判断すべきである。」

 つまり、原則としては、特別受益には当たらないが、例外的な「特段の事情」がある場合には、903条の類推適用によって特別受益に準じて持戻しの対象となるものとされました。903条の直接適用ではなく、「類推適用」です。
 
 この最高裁決定を踏まえ、東高H17年10月27日決定においては、遺産分割の審判に対する即時抗告審として

「本件においては、抗告人が●●生命保険(1)(2)により受領した保険金額は合計1億0129万円に及び、遺産の総額(相続開始時評価額1億0134万円n)に匹敵する巨額の利益を得ており、受取人の変更がなされた時期やその当時抗告人が被相続人と同居しておらず、被相続人夫婦の扶養や療養介護を託するといった明確な意図のもとに上記変更がなされたと認めることも困難であることからすると、一件記録から認められる、・・・総合考慮しても、上記特段の事情が存すること明らかというべきである。」

 
「したがって、●●生命保険(1)(2)について抗告人が受け取った死亡保険金額の合計1億0129万円は抗告人の特別受益に準じて持戻しの対象となると解される。」と判断したものがあります(家裁月報58.5.94)。
 また本件については、「被相続人から持ち戻し免除の意思表示がなされたと主張するが、その事実を認めるに足りる証拠はない。」
としています。
 
 一般論としても、特別受益の持ち戻しの問題が肯定された場合、次に問題となるは、被相続人の持ち戻し免除の意思の有無になります。ただ、上記最高裁判例の特段の事情の考慮要素からすれば、ここにおいて実質的には持ち戻し免除の意思の有無も検討されているともいえ、「特段の事情があり、特別受益に当たる+しかし、持ち戻し免除の意思が認められる」という流れは少ないのではないかと思われます。



 以上、死亡生命保険金に関する最高裁の判断を踏まえると、生前、相続の問題に対して被相続人がそれなりの何らかの準備を行う際においては、死亡生命保険金のことも念頭においておく必要があります。
 全財産における、死亡生命保険金の占める割合を考えておくことが紛争の予防という点では非常に重要かと思います。
 また、さらには、その死亡生命保険金のもととなる契約の種類の考慮も必要といわれています。つまり、生命保険契約といっても、先のそもそもの疑問点のとおり、定期預金とどう違うの?というようなものもあると言われています。いわゆる貯蓄性の高いものに死亡の場合の保証もついている契約です。例えば、養老保険、学資保険、年金保険が貯蓄性が高いものといわれています。よって、より定期預金に近いようなものの場合は、また相続税法上の取扱いが異なることが考えられます。
 さらには、上記東高の決定では、受け取った保険金額の金額がそのままに特別受益の額とされていますが、例えば、どのような額を持戻すのかという問題も指摘されています。「①支払われた保険料額、②死亡時に解約した場合の解約返戻金の額、③保険金の額、④満期までの支払う予定であった保険料のうち、被相続人が死亡時までに支払った保険料の割合を保険金額に乗じた額」(判タ1215.136)。④が通説と言われており、上記最高裁決定の前のものですが、これによる審判例もあるようです。
 
 
 生命保険金が相続発生後、どのように取り扱われる可能性がらうのか、このような観点もないままに、遺言だ、生命保険契約だとやると、やればやるほど結局は死亡後の紛争の複雑化、長期化を招くだけになります。
 遺された者らが円満に、紛争となることがないようにとしてした積極的行為が裏目に出るということが実は珍しくはありません。
 本当の専門家を交えて相談されることをお勧め致します。

(おわり)

*相続は、その人の歴史、生き方を踏まえて総合的に考えないと、一つピースをはずしたらかえって大混乱です。
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2009年8月30日 (日)

相続と相続債務と物上保証~無知の罪~【松井】

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 相続と金融機関というのは結構、密接な関係をもっていることが今でも多いようです。 平成10年前後くらいからよく見かけたのは、日本のバブル経済期、土地をいくつも持っているような資産家、富裕層に対し、誰がもちかけたのか、相続税対策になるということで、数億円単位の借入を敢えておこさせるというものでした。負債がない者、借入れをする必要もない者を敢えて借金漬けにするのです。
 では、借り入れたキャッシュはどうするのか。
 所有する土地の資産価値を低くするということで、借り入れたキャッシュでもって土地上に賃貸マンションを建築させるのです。
 そして、この賃貸マンションの賃料収入でもって、借入れの負債を返済していくのです。
 土地は賃貸マンションという新たな資産を形成し、結果、土地の評価額は低くなり、しかも負債が形成できているので相続税法上、計上できる負債も出来て、税額が低くなるという皆がハッピーなようなスキームでした。



 が、しかし。大きな大前提がありました。賃料収入でもって巨額の負債を返済し続けることが出来るはず、という大前提です。
 ところが、この大前提が平成3、4年から、大きく崩れてしまい、今に至っています。 この結果、相続が発生すると、月々の返済額に満たない賃料収入のマンションと巨額の負債が残されただけだったという事例をいくつか目にします。
 また建物は、メンテナンスがあってこその価値の維持であって、費用を投じて適切なメンテナンスがなされていないと、駅前の土地の本来、優良物件であっても、ゴーストマンションのようなビルとなってしまいます。テナント、賃借人が入らないのです。これで悪循環となります。 
 分譲マンションでも築後10年程度の大規模修繕の際、14階建て程度で数千万円はかかります。そのため、修繕積立金制度がとられ、毎月、各戸から数万円程度、徴収しているのです。
 マンション、テナントビルのオーナーはどうか。
 従前、それを本業とされていた方であれば、ノウハウがあります。しかしながら、唆されて収益物件所有に手を出したような方の場合、適切なノウハウもないままに素人が素人として所有、管理していたにすぎないという場合がままあります。
 ここでさらに、遺産分割を巡ってマンション、テナント物件所有を巡る熾烈な紛争があると、既存のテナントが解約して明け渡す際の保証金返還債務を巡ってもまた、訴訟になることもあります。
 そしてこんなことが起こると、次のテナントは入ってきません。
 まさに悪循環です。



 ここで問題となるのが、債務の承継です。
 遺言がなくて遺産分割として協議したとしても、それは第三者である債権者には対抗、主張できません。
 法律上、被相続人の債務はどうなっているか。
 借入の金銭債務である限り、相続発生時に、各相続人に対して、当然に法定相続分で分割されていると解されています。
 つまり、負債1億円、相続人が子A~Dの4人の場合、各自が2500万円宛の負債を当然に負ったことになるのです。
 
 では、この1億円の借入金について、この借入で建設したテナントビルの建物と敷地に抵当権が設定されていた場合、どういう関係になるのか。
 このビルをAとBの二人が共有し、代償金をCとDに支払うといった内容の遺産分割が成立したときにどうなるのか。



 最近、未だにこんな金融機関があるのかと驚愕し、これを他でも行っているとしたら、許されないのではないかと怒りすら覚えるようなことがありました。
 差し障りがあるので、多少デフォルメします。
 
 今回、敢えてここに書いて、言いたいことは、自身がとてつもない負債を負うかもしれないという様な事柄に関しては、近くの弁護士会では日々、法律相談を実施しているので、とにかく一度、弁護士、つまり法律が分かっている実務家に相談してください、ということです。

 例えば、上記のようなケースにおいて、被相続人に対して残高1億円を貸し付けていた金融機関は、抵当物件であるテナントビルを遺産分割によって所有することとなったAとBに対し、「所有者になったんだから」という理由でこの抵当権者である金融機関と「1億円の貸付けに対する連帯保証契約を新たにするように。」と要求していたのです。
 
 ええっ!!!???

 抵当物件を所有することになったことと、連帯保証契約を新たにすることとは何の必然性もありません。
 それをさも当然のように、「じゃあ、連帯保証契約を」と言ってきたのです。
 分からない人は、金融機関から要求されればそういうものかと思って、言われるがままに、何もよく分からないままに、出された契約書に署名押印をしていたことだと思います。
 
 しかし、法律上、AさんとBさんは、あくまで抵当物件を所有したに過ぎず、その限りにおいては、負債についての責任もその物件の限度額までという限界があるのです。物件の価値が8000万円だったとしたら、あくまでその範囲の責任であり、最悪はこの8000万円の土地建物を失えば、それ以上の責任追及を受けることはありません。
 また、相続した債務についても、先述のように、負債1億円なら、AさんとBさんは、各自2500万円宛の債務を負っていたに過ぎないことになるのです。
 それ以上のものでも、それ以下のものでもありません。

 ところがなんと。金融機関は、1億円の連帯保証契約を求めました。
 どういうことか。
 最悪、自己の財産を差し出して1億円の負債について責任を負うことになるのです。
 
 相続で、遺産分割で抵当物件を取得したからといって、そのような必要以上の責めを負う理由、必要性は一切ありません。
 
 これはひとえに、まったく金融機関のリスク管理の必要性だけなのです。
 相続人には何の対価もありません。
 
 平成21年、未だに金融機関はこんなことをしているのかと思うと、久々に怒りで体がカッとなる出来事でした。

 担当者は、絶対に、相続周り、さらには担保周りの法律を理解していません。
 「顧問弁護士にも相談したうえでのことか。そちらが何をやっているのか分かっていますか。」との問いに対しては、「支店長決裁です。」との返事。
 支店長も分かっていないのだと驚愕の事態でした。
 
 誰も、勉強していない。。。自分のやっていることの意味を分かっていない。。。だから、平然とやりたい放題のことが出来るのかと腑に落ちた思いもあります。
 金融機関における担当者の無知は、本当に罪だと思います。



 相続で多額の負債があり、金融機関と交渉するような事態となったときは、ぜひ一度、お近くの弁護士に相談してください。
 金融機関が自分に対しそれほど悪いことをするわけがないなんていうのは、いったい何の根拠に基づくのか、もう一度考えてみてください。
 そして、悩むような事態になったのであれば、弁護士に相談を。
 
 書類に署名押印してからでは、残念ながら手遅れのことが多いですから。

(おわり)


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撮影 yuko.k


2009年8月10日 (月)

相続と株式〜理想と現実〜【松井】

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 判例時報平成21年6月11日号(2037号)です。
 自分用にここにメモ。
 相続と株式。
 大阪高裁H20年11月28日判決。上告受理申立てをしたけど、不受理で確定しているようです。
 「共同相続人が相続し、共有状態にある株式に関する権利行使者の定め、株主総会における議決権行使が権利の濫用に当たり、許されないとされた事例」。
 この件については、以前も当ブログで呟きました。
 「株式会社と相続と株式」
 これは結構、手続の適正も絡んで重要な裁判例ではないかと考えています。


 事案としては、交渉協議段階から双方、代理人弁護士が就いていて、そのうえで相続後の会社の経営権を巡る株主としての多数派工作の争いがあったというものです。
 当時の代理人弁護士がそのまま訴訟代理人になっているのですが、一方当事者が行った手続きを問題視されたものであるため、原告被告の当事者名は、株式会社甲野、あるいは乙山春雄などと匿名であっても、訴訟代理人名はそのまま掲載されるところ、「被控訴人ら訴訟代理人弁護士」として「丙山五郎」「丁川六郎」と匿名にされている点がちょっと物悲しい判決です。

 事件名は、「総会決議存否確認請求控訴、同附帯控訴事件」です。
 Y株式会社の創業者Aさんが亡くなり、まもなく配偶者の奥さんBも3人の子どもを残して亡くなりました。ただ、子どものうちの一人Cの配偶者DとこのAさん夫妻は養子縁組みをしており、相続人は4名となりました。
 ただ、この奥さんは、遺言を遺しており、自分の財産は、この実子Cと養子Dの二人には一切相続させず、他の2名の実子X1とX2に全部相続させるという遺言でした。
 Y社の株式は、発行済株式総数3万株、うちAが9700株、妻Bが2500株、実子X1が1250株、X2が1750株等という状況でした。
 結果、Y社の株主の状況は、Aが保有した株式については、X1とX2とで、各3/8、C、Dが各1/8という状況でした。
 珍しくはないケースで、C、D 対 X1、X2とで、紛争が勃発し、Y株式会社の経営支配を巡っても紛争の火種は飛び火したというのが本件のようです。
 訴訟としては、このAが保有した株式の準共有状態と権利行使者の指定、そしてY株式会社の株主総会での議決権行使というカタチで争われました。


 高裁の判断です。
 

「株式会社の株式の所有者が死亡し複数の相続人がこれを承継した場合、その株式は、共同相続人の準共有となる(民法898条)ところ、共同相続人が共有株式権利を行使するについては、共有者の中から権利行使者を指定しその旨会社に通知しなければならない(会社法106条)。この場合、仮に準共有者の全員が一致しなければ権利行使者を指定することができないとすると、準共有者の一人でも反対すれば全員の社員権の行使が不可能になるのみならず、ひいては会社の運営に支障を来すおそれがあるので、こうした事態を避けるために、同株式の権利行使者を指定するに当たっては、準共有持分に従いその過半数を持ってこれを決することが出来るとされている(最高裁平成5年(オ)第1939号同9年1月28日第三小法廷判決・集民181号83頁、最高裁平成10年(オ)第866号同11年12月14日第三小法廷判決・集民195号715頁参照)。」

 
 
「もっとも、一方で、こうした共同相続人による株式の準共有状態は、共同相続人間において遺産分割協議や家庭裁判所での調停が成立するまでの、あるいはこれが成立しない場合でも早晩なされる遺産分割審判が確定するまでの、一時的ないし暫定的状態に過ぎないのであるから、その間における権利行使者の指定及びこれに基づく議決権の行使には、会社の事務処理の便宜を考慮しても受けられた制度の趣旨を濫用あるいは悪用するものであってはならないというべきである。」
 「そうとすれば、共同相続人間の権利行使者の指定は、最終的には準共有持分に従ってその過半数で決するとしても、上記のとおり準共有が暫定的状態であることにかんがみ、またその間における議決権行使の性質上、共同相続人間で事前に議案内容の重要度に応じしかるべき協議をすることが必要であって、この協議を全く行わずに権利行使者を指定するなど、共同相続人が権利行使の手続の過程でその権利を濫用した場合には、当該権利行使者の指定ないし議決権の行使は権利の濫用として許されないものと解するのが相当である。」


 本件では、結局、この権利行使者の指定の手続きがマズかったとして、それは権利の濫用とされてしまいました。
 曰く、

「被控訴人らにおいてわずか400株の差で過半数を占めることとなることを奇貨とし、控訴人の経営を混乱に陥れることを意図し、本件抗告審決定で問題点を指摘されたにもかかわらず、権利行使者の指定について協同相続人間で真摯に協議する意思をもつことなく、単に形式的に協議をしているかのような体裁を整えただけで、実質的には全く協議をしていないまま、いわば問答無用的に権利行使者を指定したと認めるのが相当である。」

 事案としては、一方的にFAXを送りつけて、一方的な要求を突きつけ、明日の午後5時までにこれを受諾するか否か「のみ」の返事をFAXでしてこいとした方法が評価されてのことのようです。


 数人の弁護士と定期的に行っている勉強会で、この裁判例について話をしました。
 裁判所がいうのはもっともだ、条文の趣旨をよく吟味している立派な判決書だ。
 
 ただ。
 自分が実際、このような当事者間の紛争の代理人となった場合、「真摯に協議」する「場」「手続」をとるというのはちょっと難しいよねということで意見が一致しました。
 法律事務所などで一同に解したら、荒れるのが目に見えています。
 じゃあ、どこかの会議室を借りて一同に集まるのか。
 暴れだされたり、殺傷事件が起こる危険性を裁判官は分かっていないよね、と皆でうなずきあいました。
 方策としては、今回、ダメだったのは、FAX送りつけて翌日5時までにという期間の短さがダメだったのではないか。この点、何も一同に会して協議をとまではいかなくて、余裕のある協議を書面ででも積み重ねたら違ったのではないかということになりました。
 どうなんでしょうか?

 裁判所は、権利行使者の指定のための手続きとしては、やはり対立関係にある当事者が、一同に会しての実質的な協議が行われることを求めているのでしょうか。
 それは。。。血の目を見ることもおそれぬ怖さがあります。実際のところ。。。
 それほど、親族間の対立、会社経営を巡るものは深刻なものが少なくはありません。
 集まるにしても、人目のあるところか、万が一の事態にそなえて警備員などの準備ができるところでしょうね。
 
 理想を語る裁判官と、現実を知る弁護士との温度差が分かる裁判例でした。

(おわり)
  
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2009年5月 1日 (金)

人のせいにしない逞しさ〜西原さんブログ〜【松井】

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 漫画家西原理恵子さんのアメーバブログの存在をつい最近知りました。
 http://ameblo.jp/saibararieko/
 安らぎます。
 以前からあったHPの鳥頭はあまり更新されていなかったのですが、このブログはほぼ毎日更新、しかも写真入り。西原さんもがんばっています。


 いいことが書いてありました。
 負の思い出に対する対処法、呪文の言葉。

 「許す。ゆるして、ゆるして、ゆるして、ゆるしまくる。これ楽。」


 事件解決の極意ってこれだと思います。
 難しいことですけど。
 遺産分割でいえば、問題は、単純に考えれば、親などが遺してくれたホールケーキの分配方法です。切り分け方の問題です。
 それが紛糾するのは、相続人らの間で、平等に分けるのは不平等だという主張が出てきたときです。

 で、なぜ不平等だというのかというと。
 それは結局、過去のあのとき、このときがどうだったという話が出てきたときです。

 心当たりがあるときはその指摘を受入れればいいし、心当たりがないときは受入れない。
 また、指摘する方も、言いがかりなのかどうか、それに対して自分はどうなのか、自分の胸に手をあてて考えてみる。
 それが出来ない人、頑な人が登場すると、解決しません。
 

 西原理恵子さん、「エチカの鏡」というテレビ番組にも先日、登場していました。
 最後の方しか観れなかったのですが。
 「あなたにとって漫画とは?」と訊かれて、「私のお店です。」と言い切っていた姿が格好よかったです。

 商店街のお店のおばちゃん、おじちゃんは、客が来ようが来まいが店は閉めない、まず店を開ける。これが基本。といったことを言っていました。たぶん、続けるということ、描き続けるということなんだろうと思います。


 我が実家を省みてもそのとおりです。
 シャッター商店街になった四日市駅前の諏訪ライオン通り商店街。通行人、お客がなくても、父や母は今もシャッターを開けて、店を開けています。
 ゴールデンウィークに土曜日、日曜日。わたしも法律事務所を毎日、開けていられるなら開けていたいのですが、種々の問題がありそれはできません。
 ただ、気持ちはそういう心構えです。


 以前、大問題になりましたが、とある上場企業の社長が、「休みが欲しい、休みが欲しいというのなら、会社を辞めたらいいんだ。」といった発言には、当時、実は共感する面がありました。
 労働基準法は当然、守るべき法律ですが、自分が自営業者という意識があったら、休みたい=存在の否定になります。当時のあの社長は、働くときの心構えを言ったのだと思います。それが言葉の表面だけが一人歩きしてしまった。

 以前、大橋に、あの社長に共感するといった話をしたら、それが自営業者、雇用主と雇われる側、労働者の違いなんだよ、と言われました。
 ただ、思うに、雇われる側であっても雇う側と同じ意識で働くことが出来たなら、またきっと違うと思うのですが、それが一番難しいことなんでしょうね。
 わたし自身も、勤務弁護士のときの気持ちと、経営弁護士になってからとではやはり違いますから。一応、1年目でも自分の名前を出して仕事をしている弁護士でもそう。
 経営者になると、やはり経費が気になるようになしました(苦笑)。経営者になって見えてくるもの、経営者じゃないとどうしても見えないものってあるんだと思います。


 西原理恵子さんブログがどうして安らぐんだろうと考えるに、自分で稼いで食っていくんだ!という気概が感じられるので、ああ、自分はまだまだ生っちょろいと反省し、ふっと肩の力が抜けるからかと。
 西原さんは、なにものにも甘えず、自立しています。何が悪い、あいつが悪いといった、自分の不幸を人のせいにしたりしていない。そういう姿に心安らぐんだと思います。
 一言でいうと、逞しさ!
 会社が悪い、経営者が悪い、相手方が悪い、裁判官が悪い、弁護士が悪い、依頼者が悪い。
 人のせいにしても物事、何も解決しません。
 受け入れ、自分で出来ることを自分で実行し、前に進んで自分の人生は自分で切り開いていく、逞しさ。
 誰も憎まない、誰も恨まない。

 りえぞお、格好いいです。やはり。

(おわり)
 
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2009年4月30日 (木)

遺産分割事件の長期化を回避するには〜「審判事項」と「訴訟事項」〜【松井】

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 足掛け10年近く争ってきた遺産分割調停事件がついに調停成立で終わりました。
 この事件を振り返って、遺産分割事件の長期化を回避するための要因がいくつか浮かび上がります。
 

 まず長期化の要因になりがちなこととして挙げられることは。
 ・遺産の範囲についての争いの有無。
 ・裏表的な面がありますが、特別受益の主張の有無。
 ・収益物件の存否。
 ・相続債務の存否。
 ・相続人が多数か否か。
 ・ゴネ得を狙う相続人がいるか否か。
 ・就いた代理人弁護士が依頼者に法的にあるべき債権債務を説明、説得できるか否か。
 だと思います。


 長期化の一因として、わたしの能力不足があったのかどうかということも考えました。
 ただ、この件は、相手方がああだった以上、どんな弁護士が就いても同じ経過を辿らざるを得なかっただろうと考えます。担当している他の事件でこんなに解決まで長期化した事件はまったくないので。

 金額的に看過しえない特別受益を否定し、遺産の範囲を巡って訴訟をせざるを得なかった。
 そのために、最高裁判所まで争い、2年を費やした。
 また、特有財産についても所有権の帰属を巡って話し合いでの合意ができず、やむをえず別途裁判をせざるをえなかった。
 遺産分割調停申立てについて、申立て、取下げ、訴訟、申立て、取下げ、訴訟。そして3度目の調停申立て。
 本来なら最初の訴訟の際、一挙的解決を図るべきところ、当事者の楽観的なものの見方とまだ他の相続人に対する信頼を持っていたこと、何よりも訴訟に要する費用増加の問題から、二度に渡る訴訟になってしまいました。
 

 訴訟事件の長期化の構造的な一番の要因は、「訴訟事項」と「審判事項」の乖離だと思います。
 
 当初、調停では、ここで種々の事柄、相続債務の弁済方法や賃料の収受、テナント物件の管理などについても一挙的に解決しようとします。本来、相続発生後の事柄であり、遺産分割の審判となった場合は、審判事項ではありません。つまり家庭裁判所は判断してくれません。訴訟で争ったらと放り出されます。
 ただ、審判手続き前の調停手続きにおいては、だいたい皆、当初、言いたいことを言います。
 そこで、皆がいい人だったらきちんと合意に達し、無事に調停成立となります。
 しかし、そうでない場合、紛糾するだけです。

 調停不成立、審判手続きに移行したとしても、審判では解決されません。
 そこで、別に訴訟が起こります。さらに争いとなっている事柄が、遺産の範囲を巡る争いであったり、相続人を巡る争いであった場合は、調停申立ての取下げを促されます。
 そのまま審判手続きに移って家庭裁判所の審判官が審判を出しても、「既判力」というものが上記の事柄についてはないので、別途、訴訟で争おうと思えば争えるからです。だったら、審判をしても無駄じゃん、ということで、地方裁判所で裁判して解決してきてから、家庭裁判所にまた来てね、ということになります。
 こうして、第一次調停申立て、第二次調停申立てという事態が起こってきます。


 前にもこのブログで書いていたと思いますが、相続問題といっても結局は、財産の帰属を巡る争いであって、婚姻だ、離婚だ、養子だといった本当にその意思が問題となる「親族」問題とは異なります。
 だったら、いったん地方裁判所にいった事件については、特に、遺産の範囲を巡る争いや相続人の範囲を巡る争いについては、そのまま、他の遺産も確定させて、地方裁判所の裁判官が遺産分割もしてしまえばいいのにと思います。
 和解期日を3回までは入れることにして、それでだめなら、審判ならぬ判決で遺産の帰属を決めてしまえばいいのにと。
 こういった事柄で裁判をしているような相続人の関係で、また家庭裁判所にもどっても調停で話がつく確率の方が低いわけで、審判になるのであれば審判を出すものとして、判決で帰属をきめちゃえばいいのにと思います。審判と同じように判決することなら可能なはずです。
 
 そうすればこの10年かかった遺産分割事件も5年で解決できたと思います。
 相続事件の解決が長引いて得する相続人って、本当はいません。相続人皆が一様に損をするだけです。早く解決できていたときに比べて。

 代理人に就く弁護士にも、迅速に解決しようという意気込みが必要です。それがないと、いくらでも長期化させて皆を損させることが可能です。
 いっさい妥協しなければいいだけですから。
 どんな提案があっても答えは「NO」。あるいは、合意する意思があるふりをして協議に応じつつ、まとまりそうになると、やはり「NO」。これで他の相続人を振り回せば、長期化は簡単です。
 
 グーグルの広告で、「相続事件は弁護士で変わる!」という広告が出ています。
 そのとおりだと思います。どんな代理人弁護士が就くかも大きいです。早期解決できるか否かは。


 相続事件の長期化の要因は、複合的です。
 そういう意味では、10年以上争われているケースって実は少なくはないとは思いますが、皆が本当に不幸だと思います。これを法的になんとか出来ないのか。いつも思います。
 
 紛争の長期化を避け、問題を解決するのに一番重要なこと。 「解決する意思」だと思います。ここに温度差があるとまず間違いなく長期化します。
(おわり)

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