契約書の文言/法律用語と一般的な国語の用法〜スズケン対小林製薬〜【松井】
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平成19年の秋の初めころだっかに、新聞で小さく報道されていた事件、名古屋の医薬品卸売り業者スズケンが大阪の小林製薬に対し、議決権行使禁止の仮処分を求めたという事件がありました。
その後、新聞報道では認められなかったという結論だけが報道され、いつまでたっても判例雑誌等でその名古屋地方裁判所での仮処分申立の決定書が掲載されることはありませんでした。ネットで検索もしたのですが、自分のブログ記事がヒットするだけで、ひっそりと忘れられた事件になっているのだと思っていました。認められなかった仮処分のあと、スズケンがさらに本訴を提起したという報道も目にすることはありませんでした。
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ところが、今年になってようやく取り上げられるようになり、ついに決定書を目にすることが出来ました。
金融・商事判例09年7月1号50頁と商事法務09年7月25日号82頁です。
名古屋地裁平成19年11月12日決定(株式交換承認の議決権行使禁止仮処分申立事件)の決定書の全文を読んでみて分かったこと。
スズケンと小林製薬が締結した契約書の文言に決定的な不備があったため、その間隙を縫ったのかどうかまでは分かりませんが今回の小林製薬の行動となり、裁判所はスズケンの言い分を認められなかったのだということです。
端的には、「株式の譲渡」というこの言葉を法律用語として解するのか、一般的な国語の用法として解するのかでした。株式の「交換」は、株式の「譲渡」にあたるのか否かが問題とされたようです。
スズケンの言い分は、一般的な国語の用法としての主張に基づいていると解されました。すなわち、「譲渡」というからには、「交換」も自身の手から株が離れるという意味で「譲渡」だろうと。
それに対して裁判所は、
「一部上場企業で、過去にM&Aの経験を有する大企業」であって、そもそものスズケンと小林製薬との契約においても
「薬粧卸売事業を、債権者及びコバショウ間の本件吸収分割及び株式交換の方法によりコバショウに移管することや、それに伴って債権者と債務者の共同出資会社となるコバショウの経営・運営方法を定めたものであること」
「本件合意書上、4条には、債権者がその薬粧卸売事業をコバショウに移管する方法として株式交換が規定され・・・」と「株式交換」を意味する用語が使い分けられていることからすれば、17条に規定される「保有するコバショウの株式の全部又は一部を他に譲渡してはならない」という「譲渡」は、法律用語としての「譲渡」であって「交換」は含まれない、としてスズケンの申立てにつき、保全の対象となる権利をスズケンは小林製薬に対しもたないという結論を出しました。
そうなんです。
会社法上、「譲渡」と「交換」は次のように全く異なる性質のものと解されているのです。
この当初の契約作成に会社法に詳しい弁護士が関与していたのかどうかは分かりません。もしスズケン側の弁護士が作成に関与していた契約書だとしたら大失態と言わざるを得ません。あるいは、法務部門だけで契約したとしたら、安くつけようとして、結局高くついた結果ということになります。
いずれにしてもスズケンのミスということになるようです。
だからか、きっと本訴も提起しなかったのだろうと合点がいきました。
ところで、保全処分では、申立をした者を「債権者」といい、申立ての相手方を「債務者」といいます。法律用語としては。
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「譲渡」と「交換」。判決書は次のように判示しています。
「株式交換は、平成11年8月13日法律第125条による改正により、ある会社を他の会社の完全子会社とするため、会社組織法上の行為として新設された制度であり(その際、株式交換を、完全親会社となる会社にとって、完全子会社となる会社の株主の有するその会社の株式の現物出資に対する株式その他の財産の交付とする構成も考慮されたが、合併に類似する組織法的行為として立法された。)、完全子会社の株式は、株式交換の当事会社間で締結された株式交換契約が両者の株主総会の特別決議で承認されることにより、株式交換に反対する株主の意思にかかわらず法律上当然に移転する」
「本件株式交換において、株式交換契約の当事者はメディパルとコバショウであって、債務者は当事者ではないし、債務者の保有するコバショウ株式のメディパルへの移転も、法的には債務者の意思基づくものとはいえない。」
そして決定書はこのように結論づけています。
「債権者の上記主張は、本件株式交換が、旧商法ないし会社法上の株式交換であることを理解せず、債務者とメディパル間のコバショウ株式の民法上の交換契約であるかのように誤った理解に基づくものであるといわざるを得ず、採用できない。」
その後、さらに一応、いろいろとスズケンの主張が検討されてはいるのですが、結局はここにいきつきいています。
残念ながら、スズケンにとっては可哀想だけど、お粗末ともいえる契約と仮処分の申立てだったようです。
スズケンが小林製薬に対し、仮処分の申立てをせざるを得なかった事情、気持ちを考えると、当時、報道されていたときから「頑張れ、スズケン!」でした。コバショウにおいて、過半数を超える大株主の小林製薬と少数となるスズケンという株主構成の中、そもそもがこの株主構成もスズケンと小林製薬の合意による戦略的なものだったようです。そのことからすれば、小林製薬のやっていることは禁反言の原則に反するようにも思えました。
しかし、そもそものスズケンと小林製薬の契約書において、コバショウのありかたについて株式交換が規制されていなかったとは。。。
スズケンのミスと言われても仕方ないのかなと思います。
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なお、この決定書では、株主総会における議決権行使を制約する契約の効力等についても触れられています。
「①株主全員が当事者である議決権拘束契約であること、②契約内容が明確に本件議決権を行使しないことを求めるものといえることの二つの要件を充たす場合には例外的に差止請求が認められる余地があるというべきである。」
②の要件はともかく、①の要件が「株主全員」の契約であることを要するとしているのですが、ここまで要するのかどうかというのも一つの問題ではないかと思います。
にしても、いずれにしても、スズケン、残念でした。。。
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