2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のコメント

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

flickr


« 身の回りの嬉しい話し【松井】 | トップページ | 国会議員【松井】 »

2009年12月 8日 (火)

近頃の家庭裁判所〜遺産分割調停に期待されるもの〜【松井】

4168512762_384c9c22f1
1 
 家庭裁判所での遺産分割調停事件、審判事件で数多く代理人をさせていただいています。
 やはり大阪家庭裁判所でのということが多いのですが、ここ最近、たまたまかもしれませんが、違和感を感じることが続けてありました。

 調停委員や裁判所の立ち位置です。

 何に違和感を感じるのかというと、「これは調停ですよ!」とこちらが強く言いたくなるような場面によく出くわすようになったということです。

 すなわち、どういうことかとういと、裁判所は、「それは本来訴訟事項なので調停でその話を持ち出すな」という態度を今迄以上に強く押し出してきているような気がするということです。
 訴訟事項と調停事項の違いくらい、代理人弁護士が就いており、当事者も弁護士もわかっています。
 しかし、当事者としては、できることなら訴訟は避けたい、この調停で解決したいという動機があるのです。
 だから、調停の場に、本来訴訟事項であることもいったん話し合いのテーブルに載せて、相手との協議、交渉を試みたいのです。相手も、訴訟は嫌なはずです。
 そこで、協議を重ね、もみほぐすうちに双方、互いに妥協して、合意に達して全面解決ということがあり得るのです。
 訴訟事項であっても、当事者の合意があれば調停、審判事項となりえました。
 私の知る限り、これまで、審判であっても、審判であればなおさら、裁判官はまずは合意を取り付ける方向で動いていたように思います。
 調停においても、調停委員もそれは訴訟事項と分かっていながら、なんとか全面解決するのが望ましいということから意欲を見せるのが普通でした。

2 
 ところが、最近、たて続けに感じた違和感。
 裁判所の方針が変わってきたように思います。

 先日、遺産分割の調停申立てをしたところ、当然、主たる遺産の中身として、預貯金口座がありますが、これに対し、わざわざ「裁判官からの伝達事項です。」ということで書記官から弁護士にと電話がありました。
 預貯金は、法律上は厳密には、相続時点で分割債権として原則、分割されているというのが判例です。なので、遺産分割の対象とはなり得ないというのが理屈となります。

 第1回の調停期日前にわざわざ電話をしてきた書記官曰く。
 

「最近の方針として、裁判所では、無理に合意を取り付けることはしていません。かえって一方当事者の不利益になることがありますので。そのことはご了解ください。」

 ということでした。
 紛争解決機関の一つたる、家庭裁判所の役割放棄だと思います。預貯金を遺産分割の対象から外すのがデフォルトとなったら当事者の紛争解決ってどうなんねん!?という思いです。預貯金が一番、柔軟性のきく財産であるため、そこで調整されるのがほとんどだからです。

 訴訟事項は訴訟でやってくれというのが、実は、家庭裁判所では一番楽な仕事です。
 審判事項に問題を絞り、問題を簡単にしていって、簡単な問題だけを解決していけばいいだけだからです。
 
 以前は、困難な問題だけど、なんとか当事者の利益のために、全面解決のために、問題に取り組み、なんとか試みましょうという意気込みがあったように思います。
 
 しかし、裁判所からわざわざこんな第1回期日前から、逃げ口上のような電話を受けました。
 驚きました。

 こんな電話を、しかも居丈高な口調でかけてくる書記官さんも何も疑問に思わないのかと全く不思議に思いました。
 また、つい先日から感じていたことですが、調停委員も、「問題をなんとか解決しよう!」という意気込みもなく、上記のような裁判所の考えを調停室で面と向って口にするのです。
 「遺産の範囲の問題は訴訟条項ですから。」
 弁護士なら、当事者にとって、確かに争っているけど、じゃあ遺産の範囲確認訴訟を提起するのかというと、それほどの資産価値、費用対効果のない資産価値たることは明らかな財産に対して。
 それを分かって、分かっているからこそ、また話し合いの場たる「調停」だからこそ、「調停」の申立てを行い、なんとか話し合いで双方妥協しあって解決出来ないかと試みているのです。

 それを調停委員が、当初から問題をもみほぐす気のないこと、「裁判官がそう言っていますから。」というのを口にしていくるというのはこれはもう調停委員の役割放棄ではないかと思います。
 やる気がないなら、ここで紛争を解決してやるという熱意がないなら、調停委員から身を引くべきだと思います。


 そんな調停委員にあたって何だかなあと思っていたところで、今回の書記官さんからの直接の電話。裁判官からのお言葉の伝達です。
 家庭裁判所。

 そんなこと言っているなら、もう「仕分け」されてなくなったらいいのにとすら思います。
 以前もブログに書いたように、相続事件は、調停条項/訴訟条項の区分けのために、当事者が家庭裁判所と地方裁判所を行ったり来たりしなくてはならないことが結構あります。
 私は、離婚事件のように、家庭裁判所で一元化すればいいのにと思っていたのですが、当の家庭裁判所がこの状況というのがどうやら最近の現実のようです。
 だったら、相続に関する事柄は地方裁判所で審理できるようにして、家庭裁判所の人員を減らしちゃえ!と実は怒り心頭の気持ちです。
 
 いらないよ、仕事する気のない、紛争解決機関としての役割を果たそうとしない裁判所に裁判官、書記官さんに調停委員なんて。
 自分たちがこの社会で果たすべき役割、期待されている役割というものを第三者的に考えたことはないのであろうかと不思議で仕方ありません。
 全く驚きの書記官さんからの電話でした。
 私が知る限り、以前は、どの審判官裁判官、調停委員も皆、もっと「終局的な紛争解決」ということに意欲的だったのですが。
 ここで終わらせてみせる、という意気込みがあったのですが。
 まったくもって残念です。
 
 そうです。怒ってます。ブログを書くぞという原動力は怒りが大きいですかね(笑)。
 新聞記者の友人が、日常生活で怒り心頭なことがあると、「書いてやる!」と心の中で思っていたというのと同じかも。実際には、新聞にはそんな個人的な怒りは書かないんだろうけど。
 「怒り」って、問題意識からくるんでしょうかね。これでいいのか?という。

 家庭裁判所は、こんなのでいいのかな。自分で役割を放棄していっているようにしか私には見えない。以前の違う、意欲的な、格好いい姿を見ているから余計にそう感じるのかも。私の知っている裁判官審判官や調停委員は、皆、熱心に問題に取り組み、粘り強く調停や審判においても、合意の形を模索し続けていました。
 問題を地方裁判所に放り投げることなら、はっきり言って誰でもできます。ちょっと相続回りの法律と裁判例を勉強したら出来ます。それを大上段に振りかざそうとするような態度は、以前なら、「あら、この人は問題の本質が分かってないよ。」と調停室ではちょっと蔑みの対象だったはずなのですが。どうも最近は違ってきているようです。そう。私も、書記官さんからの電話を聞きながら、この人はいったい。。。と大きな疑問にとらわれました。

 がんばれ、家庭裁判所。

(おわり)
*ピカチューも応援してるよww
4168520928_5314d78c23

« 身の回りの嬉しい話し【松井】 | トップページ | 国会議員【松井】 »

02 松井」カテゴリの記事

04 遺言・相続」カテゴリの記事

08 弁護士業務」カテゴリの記事