公正証書遺言の作成手順 【松井】
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11月2日のgooのニュースによれば、次のような裁判例があったようです。
http://news.goo.ne.jp/article/jiji/nation/jiji-091102X848.html
「他人が署名」と遺言無効言い渡し=相続訴訟で逆転判決-高松高裁
2009年11月2日(月)21:03
愛媛県の女性が残したとされる公正証書遺言の真偽が争点となった訴訟で、高松高裁が「署名は女性以外の人物によるものと認められ、遺言は無効」とし、全財産を相続した女性のめいに約1600万円の返還を命じる判決を言い渡していたことが2日、分かった。判決は9月28日付で、被告のめい側は既に上告している。
日本公証人連合会によると、公正証書遺言の作成過程が問題視され、信用性が否定された例は珍しいという。
杉本正樹裁判長は「女性は認知症で、手も不自由であったことがうかがわれるのに、署名は明瞭(めいりょう)に記載されている」と指摘。めいが女性の実印や印鑑登録証明書を持っていたことにも触れ、「女性以外の人にこれらを渡し、本人のふりをさせることも可能」とした。めいには、自分の弟に約1600万円を支払うよう命じた。
女性のめいの弟らは、めいらを相手に遺産の返還などを求め提訴。一審松山地裁は「遺言は女性の署名により作成したもの」として請求を棄却したため、弟らが控訴していた。
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高裁の事実認定が事実だとすれば、公正証書遺言の盲点を突いたものではないかと思います。
弁護士や司法書士さんなどの専門家が公正証書遺言の作成の助言業務の依頼を受けることがあります。
このときの手順としては、まず弁護士なら弁護士が本人確認のうえ、本人の意図する効果、どうしたいのかということをよく聴取りをしたうえで、望む法的効果となる文言を起案し、弁護士が公証人に連絡し、案文の調整を行います。
そうして十分に案文を詰めたうえで、作成日時を決めて、弁護士と遺言者ご本人、そしてあらかじめ用意していた立会証人と共に公証役場に行き、公正証書遺言を作成します。
つまり、公証人の方が遺言者ご本人に会うのは、このときが初めてになるのです。
また実際には、このとき、すでに公正証書の遺言の文面は出来ており、その後の手続きを確認して、最後に同書面に立会証人、遺言者が自署、押印するというのが実際です。
もちろん作成手続きの際においては、口述によって本人の意思による遺言内容か否かを公証人が確認し、たとえば、挙動不審、たとえば遺言能力に疑問を感じざるを得ないような言動があれば、公証人は作成手続きを中断し、作成しないとうこともあります。
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ただ、実際、第三者が詐欺的な意思でもって、公証人に対し、本人を偽ってなりすましを立てようと思えば、確かに出来なくはないというのが現状ではないかと思います。写真付きの身分証明書での本人確認でない限り。
実際、過去数年ほどまえ、家庭裁判所においても、離婚調停事件で当事者のなりすまし事件がありました。それ以来、家庭裁判所では、代理人弁護士がついていても、第1回期日においては写真付きの身分証明書によって本人確認手続きを実施しているのが現状です。
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最近、ぼんやり考えていることには、本人なりすましは極端にしても、弁護士などの専門家がついている場合、公正証書遺言を作成する際でもこのように公証人は本人と会うのはほんの1度きりで、それは何を意味するのだろうかということです。
そこにおいて、もちろん雑談などがなされるわけでもなく、本人確認がすみ次第、作成手続きにとりかかるのが通常です。
このような現実は、もちろん事前に弁護士あるいは司法書士さんなどの専門家のチェックが入っているということが前提、これらの専門家への信頼が前提なのでしょうが、もし遺言者が認知症を患っていた場合、本当にその内容の遺言をする能力があるか否か、分かるのかなということです。
端的に言えば、少なくとも公証人は分からない可能性が高いのではないだろうかということです。
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わたし自身も、成年後見の申立てを何件か担当しています。その中で、何人かの認知症を患っておられるお年寄りとお会いしました。
極端に一人で日常生活が出来ないというのならともかく、そうでない方の場合、正直言って、一度お会いしただけではまったく分からないということです。
ごく普通に会話のやりとりも出来るし、服装も気をつかっておられます。何の違和感もなくお話ができます。
ただ、その数日後、再度、お会いした場合、わたしのことを誰だか分かっていないということがあります。そのときに初めて、実感として、認知症の症状を患っておられるということが分かるのです。
専門医師の方でしたら、ある一定の質問をし、それに対する回答でもって推測、診断がつくこともあるようです。また長年にわたり一緒に暮らしている家族ならよく分かることです。
しかし、一度きりの出会いでは、分からないことが多いこともあります。
そのような方が、本当に、その遺言内容のとおりの自己の財産処分をする意思があったといえるのかどうか。
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公正証書遺言だからといって法的に有効との推定を受けるものではないのはもちろんです。
一見、その判断力の障害が分かりにくい方、でも他の家族はよく分かっている方という時が一番、微妙で問題になりうるのだと思います。
そういう意味でも、遺言作成助言アドバイス業務にかかわる専門家の責任は、やはり重いのではないかと考えています。
公証人も、ご本人が公証人役場に訪れ、作成の相談、依頼をしているときなら、接触時間も長く、当然、財産処分についての意思確認となるので、その遺言能力について判断できます。
しかし、弁護士や司法書士さんなどの専門家が間に入ると、公証人は、遺言者に会うのはその作成日当日の一度きりです。これは、まさに専門家に対する信頼があってこそのものだからと思えるからです。
これはという方の場合、つまり、ご本人から直接に専門家への相談ではなく、間に遺言者の親族、第三者が入っている場合、要注意ではないかと思います。
専門家はなんどとなくご本人と協議、打ち合わせをして、そこにおいて当該遺言をするだけの遺言能力があると判断したという根拠をもつべき義務があるのではないかと思います。
もし遺言無効確認の訴えなどの裁判になった際は、どのような確認をし、何を根拠に問題ないと判断したのかというところをねっちりと確認していかれることになります。
紛争予防のための遺言、公正証書遺言なのですから、遺言能力についても紛争予防の手だてをうっておいてしかるべきというのがかかわる専門家の責務だと思います。
(おわり)
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