生命保険金と相続~ありとあらゆることを総合考慮する必要あり~【松井】
*甚六のお好み焼きです。プロがきちんと最後まで仕上げてくれます。
*9/8 改訂
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相続の発生によって、遺産分割あるいは遺留分減殺請求などが問題となるとき、まま争いになっていたのが相続人の一人が受け取る生命保険金の取扱いです。
例えば、被相続人甲が死亡し、法定相続人としては、子のA、B及びCの3名がいた場合、甲が保険料を支払い、被保険者となっていた生命保険につき、Aのみが保険金受取人として指定されていて、5000万円の保険金を受領したというような場合です。
実際、なぜ問題となるのか。それはもう、BさんやCさんの立場に立ってみてくださいというほかありません。法的にどうこう以前に、同じ相続人なのになぜAだけ?!という不公平感が紛争の発端になります。
そして、その不公平感は法律上、どのようにして争われるのか。
次の場合が考えられました。
1 保険金5000万円も遺産として、3等分すべきではないのか。
2 保険金5000万円は、遺留分減殺請求権の対象になるのではないのか。
3 保険金5000万円は、みなし相続財産によって具体的相続分を計算するとき、Aの特別受益として持ち戻して加算すべきではないのか。
それぞれの問題に対して、最高裁判所の判断が出ています。しかもうち2つは、平成14年、平成16年と、つい最近のものです。
思うに、この生命保険金の取扱いの問題は、昔からあったはずですが、それまでは最高裁判の判断を求める前に当事者間の取扱いの合意などによって問題の指摘はされていたけど、最後まで残るといったことはなかったのではないかと。
ところが、当事者間で妥協点を見いだすことができず、最高裁判所の判断を求めざるを得ないような紛争、何年かかろうとも徹底的に争って白黒をつけるという争い方が増えてきたからなのではないかと推測しています。
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では、最高裁はどのような判断をしているのか。
1 遺産か否か
この点は、受取人が指定されている生命保険金請求権については、特段の事情のない限り、契約の効力の発生と同時に受取人が自己の固有の権利として取得するものであると解されています(最三小判S40.2.2民集19.1.1)。つまり、被相続人が死亡時に有した財産として遺産分割等の対象となる相続財産にはあたらないということです。
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=28221&hanreiKbn=01
そもそもなぜ、生命保険金が相続財産じゃないかと問題提起されていたかといえば、生前、その保険契約の保険料を支払っていたのが被相続人甲であって、甲のお金で出えんし、甲の死亡を原因として、受取人指定者の相続人Aが5000万円の保険金支払請求権を得ることになるからです。
しかし、このAが取得する保険金支払請求権の発生は、あくまで契約に基づいて独自に発生するものであり、被相続人甲が所有する財産とすることには無理もあり、否定されています。
ただ、気をつけないといけないのは、上記のような場合、相続税法上の取扱いとしては、みなし相続財産として、相続税の課税の対象となりうるということです。
詳しくは、国税庁のHP解説などを確認してください。
http://www.nta.go.jp/taxanswer/sozoku/4114.htm
民法と相続税法は、趣旨が異なる以上、定義や要件、取扱いも異なりうるということです。
相続については、当初、税理士さんに相談されることが多く、税理士さんは税理士さんの知識で、民法上の遺産分割等もおさめてしまいがちであって、当事者が混乱してかえってトラブルが拡大することもままあります。
逆に弁護士である私の方も、民法上、遺産分割を成立させるときでも、相続税の問題がありうるときは、税理士さんに相続税法上の問題はないか確認をとっています。
弁護士と税理士を上手に使い分ける必要があります。
2 遺留分減殺請求の対象になるか
民法は1028条で、
「兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。」と規定されています。
そして1031条では、
「遺留分権利者及びその承継人は、遺留分を保全するのに必要な限度で、遺贈及び前条に規定する贈与の減殺を請求することができる。」とされています。
「遺留分を保全するのに必要な限度」で、
「減殺の請求をする」ものが遺留分減殺請求権です。
では、この遺留分はどのように保全するに必要な限度を把握するのか、
1029条1項では、
「遺留分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して、これを算定する。」とされています。
「相続開始の時において有した財産の価額」に
「贈与した財産の価額」を加え、
「債務の全額」を控除するのです。
ここでいろいろと最高裁判例が出ています。つい最近では、ここでいう控除の対象となる「債務」とはどのように計算されるのかが争われ、最高裁の判断が出ています。この判例についてはまた別の機会に書いて整理しておきたいと思います。相続債務は相続発生と同時に分割される、というテーゼとの絡みです。最高裁は、ああ、なるほどねと納得のいく結論とそれにあった法解釈で判断を示しました。杓子定規ではありませんでした。
ここでは生命保険金について考えると、受取人Aが受け取った生命保険金5000万円は、この1031条の遺留分減殺請求権の対象となるのではないかということです。
こういう問題点に関して、最一小判H14.11.5(民集56.8.2069)は次のように判示したといわれています。
「死亡保険金請求権は相続財産を構成するものではなく、実質的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたものとみることもできないから、民法1031条に規定する遺贈又は贈与に当たるものではなく、これに準ずるものともいないとして、遺留分減殺の対象にならないことを明らかにした。」(判タ1173.199)。
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=25205&hanreiKbn=01
すなわち、理由付けにおいて次のように判示しています。
「けだし、死亡保険金請求権は、指定された保険金受取人が自己の固有の権利として取得するのであって、保険契約者又は被保険者から承継取得するものではなく、これらの者の相続財産を構成するものではないというべきであり(最高裁昭和36年(オ)第1028号同40年2月2日第三小法廷判決・民集19巻1号1頁参照)、」
「また、死亡保険金請求権は、被保険者の死亡時に初めて発生するものであり、保険契約者の払い込んだ保険料と等価の関係に立つものではなく、」
「被保険者の稼働能力に代わる給付でもないのであって、」
「死亡保険金請求権が実質的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたものとみることもできない。」
やはり、生命保険金請求権の発生原因事実として、契約を原因として発生するものであるという理屈を越えられないものと考えられます。この5000万円の生命保険金請求権が被相続人の財産であったとは、やはりなかなか言い難いものがあるとは思います。
定期預金のように、被相続人の出えんでもって、その生前、月々10万円を定期預金としていたときは、死亡した際、当該定期預金の解約払戻請求権は、相続財産となることに争いはありません。
これと当該、生命保険請求権との違いはどこにあるのか、だと思います。
3 では特別受益として持戻しの対象となるのか。
特別受益を受けたとされると、民法903条によって、その相続分が計算されることになります。
民法903条1項
「共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは成蹊の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。」
つまり、具体的相続分が減ることになるのです。
この点の最高裁が判断を示したのが、最二小H16.10.29決定です(民集58.7.1979、判タ1173.199)。
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?action_id=dspDetail&hanreiSrchKbn=02&hanreiNo=25096&hanreiKbn=01
次のように判示しています。
「上記の養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権又はこれを行使して取得した死亡保険金は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与にかかる財産には当たらないと解するのが相当である。」
「もっとも、上記死亡保険金請求権の取得のための費用である保険料は、被相続人が生前保険者に支払ったものであり、保険契約者である被相続人の死亡により保険金受取人である相続人に死亡保険金請求権が発生することなどにかんがみると、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である。」
「上記特段の事情の有無については、保険金の額、この額の遺産総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合して判断すべきである。」
つまり、原則としては、特別受益には当たらないが、例外的な「特段の事情」がある場合には、903条の類推適用によって特別受益に準じて持戻しの対象となるものとされました。903条の直接適用ではなく、「類推適用」です。
この最高裁決定を踏まえ、東高H17年10月27日決定においては、遺産分割の審判に対する即時抗告審として
「本件においては、抗告人が●●生命保険(1)(2)により受領した保険金額は合計1億0129万円に及び、遺産の総額(相続開始時評価額1億0134万円n)に匹敵する巨額の利益を得ており、受取人の変更がなされた時期やその当時抗告人が被相続人と同居しておらず、被相続人夫婦の扶養や療養介護を託するといった明確な意図のもとに上記変更がなされたと認めることも困難であることからすると、一件記録から認められる、・・・総合考慮しても、上記特段の事情が存すること明らかというべきである。」
「したがって、●●生命保険(1)(2)について抗告人が受け取った死亡保険金額の合計1億0129万円は抗告人の特別受益に準じて持戻しの対象となると解される。」と判断したものがあります(家裁月報58.5.94)。としています。
また本件については、「被相続人から持ち戻し免除の意思表示がなされたと主張するが、その事実を認めるに足りる証拠はない。」
一般論としても、特別受益の持ち戻しの問題が肯定された場合、次に問題となるは、被相続人の持ち戻し免除の意思の有無になります。ただ、上記最高裁判例の特段の事情の考慮要素からすれば、ここにおいて実質的には持ち戻し免除の意思の有無も検討されているともいえ、「特段の事情があり、特別受益に当たる+しかし、持ち戻し免除の意思が認められる」という流れは少ないのではないかと思われます。
3
以上、死亡生命保険金に関する最高裁の判断を踏まえると、生前、相続の問題に対して被相続人がそれなりの何らかの準備を行う際においては、死亡生命保険金のことも念頭においておく必要があります。
全財産における、死亡生命保険金の占める割合を考えておくことが紛争の予防という点では非常に重要かと思います。
また、さらには、その死亡生命保険金のもととなる契約の種類の考慮も必要といわれています。つまり、生命保険契約といっても、先のそもそもの疑問点のとおり、定期預金とどう違うの?というようなものもあると言われています。いわゆる貯蓄性の高いものに死亡の場合の保証もついている契約です。例えば、養老保険、学資保険、年金保険が貯蓄性が高いものといわれています。よって、より定期預金に近いようなものの場合は、また相続税法上の取扱いが異なることが考えられます。
さらには、上記東高の決定では、受け取った保険金額の金額がそのままに特別受益の額とされていますが、例えば、どのような額を持戻すのかという問題も指摘されています。「①支払われた保険料額、②死亡時に解約した場合の解約返戻金の額、③保険金の額、④満期までの支払う予定であった保険料のうち、被相続人が死亡時までに支払った保険料の割合を保険金額に乗じた額」(判タ1215.136)。④が通説と言われており、上記最高裁決定の前のものですが、これによる審判例もあるようです。
生命保険金が相続発生後、どのように取り扱われる可能性がらうのか、このような観点もないままに、遺言だ、生命保険契約だとやると、やればやるほど結局は死亡後の紛争の複雑化、長期化を招くだけになります。
遺された者らが円満に、紛争となることがないようにとしてした積極的行為が裏目に出るということが実は珍しくはありません。
本当の専門家を交えて相談されることをお勧め致します。
(おわり)
*相続は、その人の歴史、生き方を踏まえて総合的に考えないと、一つピースをはずしたらかえって大混乱です。
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