最高裁判所の裁判官~弁護士活動の方向性~【松井】
1
大阪弁護士会所属の弁護士であり、平成18年まで約4年間、最高裁判所の15人の裁判官のうちの一人を務められた滝井繁男弁護士の著書を読みました。滝井繁男「最高裁判所は変わったか 一裁判官の自己検証」(2009年7月、岩波書店)。
大橋が購入し、8月末までなら貸してあげるよということだったので、そのまま借りて大橋よりも先に読んでしまいました。
読了中から、これは自分用にも書き込みできるように一冊、買おうと思う一冊でした。
2
判例時報21年8月11号に掲載されていたところによると、平成20年の最高裁民事破棄判決は52件。「既済件数2952件に占める割合は1・9%となる。」ということです。
つまり、最高裁で、高裁の結論がひっくりかえる確率は、2%未満。
そもそも、その前の高裁で地裁判決がひっくり返る割合は確か25%くらいだったはず。
三審制といっても、事実上、一審で決着つく確率がいかに高いことか。
とはいえ、年間、最高裁には民事事件で約3000件が係属するということです。
これを5人の裁判官からなる小法廷3つで審理していくのです。
記録読みに追われるその激務の様子が描かれています。
もちろん、裁判官の中でも優秀な人を集めているといわれている最高裁判所調査官の方の下支えがあってのこと。
それでも、
「私の場合、退庁時間まで七時間半、昼食時を除いてほとんど記録を読み続けているため、この時間になると、気力、体力ともその限界にきているというのが実感であった。」(43頁)とあります。
「帰宅後は、食事を終えると比較的丁寧に新聞を読むようにはしていたが、疲れているのでさらに机に向かうという気力はなく、早い時間に寝ることにしていた。そして、概ね四時迄には起きて、また記録を読み始めるというのが日常であった。」(同頁)とあります。
まさに、文字通り「激務」だと思います。そんな生活が4年近く続くのです。
しかしそのような中で、滝井元判事は、個々具体的な事件の中で「最高裁判所」が果たすべき役割を考え、見落としがあってはならないと、記録を精査し、そして判断し、ときに個別意見を表明していきます。
判断した個々具体的な判決事例についても、かなり突っ込んだ判断経過が記述されており、最高裁裁判官の頭の中の思考過程が記されている、貴重な本だと思います。
訴訟代理人をつとめる弁護士に限らず、企業法務、契約業務、あるいは国政、地方自治にかかわる人は必読だと思います。行政訴訟に関する記述が厚いです。
以下、自分のメモように、やはりそう考えているのねといった箇所を少し引用しておきます。
3
租税法律主義について
「最高裁は、租税の賦課は法律の根拠に基づかなければならないとする租税法律主義の趣旨は、私人が予測不可能な課税をされることは許されないというものであって、法がある賦課徴収をなす趣旨であること、あるいは減免を認める趣旨でないことが国民にあきらかであるにもかかわらず、技術上の工夫をこらしたり法文上の不備をついたりして課税を免れようとするものに対して課税をすることは租税法律主義に反するものではないという見解に立つものだと思われる。」(132頁)。
私は、この記述を読み、映画フィルムの事件を思い出しました。
行政庁の裁量について
足立区医師会の事件に対して(昭和63年7月14日第一小法廷判決、判時1297。29)
「原審の東京高裁は都の言うような混乱と障害の生ずるおそれがあるという判断に合理的根拠はないと判断し、都の処分には裁量判断の逸脱があると言ってこれを取り消したのですが、最高裁は、一定の事実を起訴として混乱が生ずるという行政の判断の過程にその立場における判断のあり方として一応の合理性があることが否定できない異常、その判断に裁量の逸脱はないとして原判決を破棄し、請求を棄却する判決をしたのです。混乱するかどうかは、将来のことですから判断の基礎となる事実は評価にわたることになりますが、その捉え方いかんでは、行政の判断が尊重されることになってしまうのではないか、それでよいのだろうか。この事件では本当に混乱がどの程度起こるのか、また、仮に少々の混乱があっても他の要素との衡量、この事件では公益法人設立の利益というものと、混乱の程度との衡量が必要ではないかと思うのです。この辺のことがもう少し、議論されてもいい事件だったのではないかという気がします。」(169頁)。
思考を停止させずに、とにかく突き詰めて具体的に根拠を考え抜くということだと読みました。
「裁量の基礎となる事実をしっかりと認定し、その判断過程に注目すること」(同頁)。
民事事件について
「公害訴訟なんかでも似たようなことが言えると思うんですが、原告側が被害というものの実像を、それが出てきた原因と関連づけてすごいエネルギーを投じて明らかにしてきた。そのなかで、これは何とか救済しなければならないんじゃないかという判断があって、損害賠償請求が認められ、さらには差止請求権を認めるという考え方が出てきたのではないかと思うのです。」
「私は、裁判の正当性が承認されるかどうかは、その判断過程の客観性が認識されるための説得力をどれだけもつかにあると思います。説明義務とか契約上の付随義務として一定の信義則上の義務を認めるような判決がでてきておりますが、こういうものも社会的承認を得るための説得のためのもので、このような考えがどこまで拡がっていくのか、これから司法への期待が高まるなかで、新しい法解釈を迫られたとき、どれだけ説得力のある理由を編み出せるか判例の展開に注目したいと思います。」(338頁)。
弁護士一年目のとき、裁判官を説得するのは、根本的には、理屈じゃない、事実だということを教えられたことがあります。
ローマ市民を前にして、ブルータスがやったこと、その殺人は是か非かが議論されました。是とする派と非とする派とが市民の前で訴えました。
是とする派は、その殺人はやむを得ないものであって、殺されたものは殺されるべくして殺されたことを理屈で訴えました。
それに対して。
非とする派は。
血染めのシャツを市民の前に差し出しました。
そして言うのです。
「見ろ、これがブルータスのしたことだ!」と。
市民は血染めの残酷なシャツを突き出され、それを是とすることは出来ず、ブルータスの非道に対し一気に怒りで沸き上がるという話しです。
法律マシーンではなく、感情をもった裁判官です。もう一歩のところで突き動かすのは感情だということなんだと読みました。
4
弁護士として向かうべき道が見えてくるように思います。
その道をどこまで進めるかどうかは別にして。。。努力し続けることが出来るかどうかですね。それも、全ては気力にかかっている。。。
ま、総論ばっかり語っていないで、各論を実行することですね。がんばります。
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