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2009年4月

2009年4月30日 (木)

遺産分割事件の長期化を回避するには〜「審判事項」と「訴訟事項」〜【松井】

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 足掛け10年近く争ってきた遺産分割調停事件がついに調停成立で終わりました。
 この事件を振り返って、遺産分割事件の長期化を回避するための要因がいくつか浮かび上がります。
 

 まず長期化の要因になりがちなこととして挙げられることは。
 ・遺産の範囲についての争いの有無。
 ・裏表的な面がありますが、特別受益の主張の有無。
 ・収益物件の存否。
 ・相続債務の存否。
 ・相続人が多数か否か。
 ・ゴネ得を狙う相続人がいるか否か。
 ・就いた代理人弁護士が依頼者に法的にあるべき債権債務を説明、説得できるか否か。
 だと思います。


 長期化の一因として、わたしの能力不足があったのかどうかということも考えました。
 ただ、この件は、相手方がああだった以上、どんな弁護士が就いても同じ経過を辿らざるを得なかっただろうと考えます。担当している他の事件でこんなに解決まで長期化した事件はまったくないので。

 金額的に看過しえない特別受益を否定し、遺産の範囲を巡って訴訟をせざるを得なかった。
 そのために、最高裁判所まで争い、2年を費やした。
 また、特有財産についても所有権の帰属を巡って話し合いでの合意ができず、やむをえず別途裁判をせざるをえなかった。
 遺産分割調停申立てについて、申立て、取下げ、訴訟、申立て、取下げ、訴訟。そして3度目の調停申立て。
 本来なら最初の訴訟の際、一挙的解決を図るべきところ、当事者の楽観的なものの見方とまだ他の相続人に対する信頼を持っていたこと、何よりも訴訟に要する費用増加の問題から、二度に渡る訴訟になってしまいました。
 

 訴訟事件の長期化の構造的な一番の要因は、「訴訟事項」と「審判事項」の乖離だと思います。
 
 当初、調停では、ここで種々の事柄、相続債務の弁済方法や賃料の収受、テナント物件の管理などについても一挙的に解決しようとします。本来、相続発生後の事柄であり、遺産分割の審判となった場合は、審判事項ではありません。つまり家庭裁判所は判断してくれません。訴訟で争ったらと放り出されます。
 ただ、審判手続き前の調停手続きにおいては、だいたい皆、当初、言いたいことを言います。
 そこで、皆がいい人だったらきちんと合意に達し、無事に調停成立となります。
 しかし、そうでない場合、紛糾するだけです。

 調停不成立、審判手続きに移行したとしても、審判では解決されません。
 そこで、別に訴訟が起こります。さらに争いとなっている事柄が、遺産の範囲を巡る争いであったり、相続人を巡る争いであった場合は、調停申立ての取下げを促されます。
 そのまま審判手続きに移って家庭裁判所の審判官が審判を出しても、「既判力」というものが上記の事柄についてはないので、別途、訴訟で争おうと思えば争えるからです。だったら、審判をしても無駄じゃん、ということで、地方裁判所で裁判して解決してきてから、家庭裁判所にまた来てね、ということになります。
 こうして、第一次調停申立て、第二次調停申立てという事態が起こってきます。


 前にもこのブログで書いていたと思いますが、相続問題といっても結局は、財産の帰属を巡る争いであって、婚姻だ、離婚だ、養子だといった本当にその意思が問題となる「親族」問題とは異なります。
 だったら、いったん地方裁判所にいった事件については、特に、遺産の範囲を巡る争いや相続人の範囲を巡る争いについては、そのまま、他の遺産も確定させて、地方裁判所の裁判官が遺産分割もしてしまえばいいのにと思います。
 和解期日を3回までは入れることにして、それでだめなら、審判ならぬ判決で遺産の帰属を決めてしまえばいいのにと。
 こういった事柄で裁判をしているような相続人の関係で、また家庭裁判所にもどっても調停で話がつく確率の方が低いわけで、審判になるのであれば審判を出すものとして、判決で帰属をきめちゃえばいいのにと思います。審判と同じように判決することなら可能なはずです。
 
 そうすればこの10年かかった遺産分割事件も5年で解決できたと思います。
 相続事件の解決が長引いて得する相続人って、本当はいません。相続人皆が一様に損をするだけです。早く解決できていたときに比べて。

 代理人に就く弁護士にも、迅速に解決しようという意気込みが必要です。それがないと、いくらでも長期化させて皆を損させることが可能です。
 いっさい妥協しなければいいだけですから。
 どんな提案があっても答えは「NO」。あるいは、合意する意思があるふりをして協議に応じつつ、まとまりそうになると、やはり「NO」。これで他の相続人を振り回せば、長期化は簡単です。
 
 グーグルの広告で、「相続事件は弁護士で変わる!」という広告が出ています。
 そのとおりだと思います。どんな代理人弁護士が就くかも大きいです。早期解決できるか否かは。


 相続事件の長期化の要因は、複合的です。
 そういう意味では、10年以上争われているケースって実は少なくはないとは思いますが、皆が本当に不幸だと思います。これを法的になんとか出来ないのか。いつも思います。
 
 紛争の長期化を避け、問題を解決するのに一番重要なこと。 「解決する意思」だと思います。ここに温度差があるとまず間違いなく長期化します。
(おわり)

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2009年4月26日 (日)

サントリー黒烏龍茶の「周知性」と「著名性」【松井】

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 判例時報09/4/21号で紹介されていた東京地裁の裁判例です。
 サントリーが、「黒烏龍茶」の真似をしたな等ということで「黒濃烏龍茶」等といったパッケージ商品を製造、販売等した業者を相手におこした裁判です。


 昔、関西の小さな小さな事業者のもとに東京の弁護士名義である日、内容証明郵便がとどきました。 お宅が使っている店名は不正競争防止法に反する、その店名を使うな、と。会社は神戸の会社でした。
 びっくりした経営者の方は、法律事務所に相談に来られ、わたしが担当になりました。
 曰く、この店名は真似をしたものではない、神戸のそんな会社は名前もしらない、これこれこういう思いでこの店名にしたんです、と。
 当時から数年後の今では、宣伝広告にも力をいれたようでその神戸の会社の会社名も知る人は知るといった感じになっていますが、当時、わたしが確認したところでもあまり知られたものとはいえない状況でした。店名の選び方、その店名の意味の経緯からしても、「不正競争」だとは認め難い要素がいくつかありました。
 そこで、対決姿勢を全面的に打ち出した内容証明郵便で反論を行いました。

 一つ簡単にいうと、「あなたの会社名って、あなたが思っているほど知られてはいませんよ。特に、この地域やこの職種においてはなおさらね。」といった内容です。
 刑事事件で、検察官が、公判を維持できない、有罪判決はとれないかもしれないというときは、嫌疑不十分を理由として不起訴処分とし、逮捕をしても、裁判をしないことがあります。
 このとき、相手方は、結局、訴えを起こしてくることもなく、また再度、なんらかの通知も送ってくることもなく、そのままこの件は終息を迎えました。裁判をしても勝てない、つまりこちらの反論をそれなりに受入れたということです。

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 で、サントリーの「黒烏龍茶」。
 やはり損害賠償請求等をするにしても複数の法律上の根拠をたて、結果的にいくつかは否定され、いくつかは認められて、数百万円の損害賠償責任が認められています。
 ただ、その裁判所の判断過程において、不正競争防止法上の「周知性」と「著名性」の有無が検討され、黒烏龍茶の商品表示について、平成18年5月売り出し、同年7月の時点で、「周知性」はあるけど、「著名性」はなかったと判断しています。
 「著名性」が認められるかどうかで、不正競争防止法2条1項1号の「不正競争」の定義で必要とされる「他人の商品又は営業と混同を生じさせる」という要件が不要になるかどうかという違いが出てきます。
 次のように判示されています。

 

ある商品の表示が取引者又は需要者の間に浸透し、混同の要件(不正競争防止法2条1項1号)を充足することなくして法的保護を受け得る、著名の程度に到達するためには、特段の事情が損する場合を覗き、一定程度の時間の経過を要すると解すべきである。
 

 結局、サントリー黒烏龍茶は、新聞広告、テレビ広告などで、販売後2か月げ周知性は有しているが、短期間で著名性も獲得しているとの特段の事情も認められないので、当時まだ著名性はなかったと判示しました。


 法律って、厳密で、面白いなとも思うのですが、ときどきなんだか重箱の角をつついているだけでばからしいなという気がすることがないでもなく。
 ただ、一方当事者の訴えを認めるか否かということは、他方当事者の権利等を制限するかどうかということにもつながるわけだし、条文もそのように丁寧に利益衡量を図って要件を定めているわけだから、これくらいが丁度いいんでしょうね。

 でも実際、使う側となると、著作物性もそうだけど、紛争当事者としては、裁判になって裁判官に判断してもらうまでは、「周知性」があるのか、「著名性」があるのか、よく判断できないというのもなんだか法律っぽいなと思います。

 数量で、Xが10を超えたら「著名性」あり、5までだったら「周知性」、5もないようなら「周知性」もない、といった風に法律の要件て定義できないところが面白いところでもあり。

 ただ、訴えられた方はたまったもんじゃないなということもあると思います。
 そんなとき、双方に弁護士がついて、共通言語で検討し、裁判の見通しについて見解が一致するというのが提訴前の解決として社会経済的にも最善なんだろうなと思います。
 わたしが以前担当させてもらった上記のケースのように。事業者も、注意しながらも安心して本来の業務に専念できます。無駄な訴訟が一つ回避される。
 東京の弁護士さんと共通言語でコミュニケーションがとれてよかったです。内容証明郵便1通ずつのやりとりでしたけど。

(おわり)
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2009年4月25日 (土)

自分に「てこ入れ」【松井】

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 小山薫堂さんの特集がテレビ番組でやっていました。見るともなく見ていると。
 「勝手にてこ入れ」という言葉を仰っていました。
 世の中、いろいろなことに出会ったとき、自分ならこうするという発想を常に持っている、自分で勝手にてこ入れをしちゃうという話です。
 また、カメラを持ち歩いているということで、ホテルなどに泊まったときは朝、カメラをもって近所を散歩する、と。
 「カメラ」という道具をもつことによって、探し出そうという意識が強まり、行動が変わるといったことも口にされていました。
 「カメラ」という「道具」を持つことによって、撮るという行為に前のめりになり、空白を埋めようとする「てこ」が入るのだと思います。


 最近、自分にいくつか「てこ入れ」しました。
 思考パターンを変えることが出来れば、行動パターンも変わり、劇的に変わることが出来るのでしょうが、なかなかそうはうまくいかないので、「道具」を使って自分に「てこ入れ」です。


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 1つ目
 パソコンのキーボード です。
 成蹊大学の教授、人気ブログshiologyで著名なshioさんおすすめのキーボードです。
 前からshiologyでは絶賛されていたのですが、見た目もなんだかピンと来ず、これにはなかなか感性がひっかかりませんでした、正直なところ。
 しかし先日、吉祥寺にあるshioさん研究室を訪問させていただく機会があり、その際、実物を触らせてもらいました。
 違う!
 キーボードでこんなにパソコンに文字を打ち込む感情が違ってくるのかと驚きでした。
 なんだか楽しいのです!
 思うに、靴のMBTシューズを履くとなんだか楽しくなってやたら歩きたくなるのですが、それと同じ回路です!つまり、ドクター中松のジャンピングシューズなのです。
 キーボードをパチパチ打っていて、楽しい、つまり、「打ちたくなるキーボード」だったのです。
 皆さん、これはぜひお近くのお店で実物を打って試してみてください。
 キーボードってよく考えたら、この仕事をしている限り、ペンのようなものです。2万円だす価値がありますので。


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 2つ目
 万年筆 です。
 そうです。まさにペンです。これもshioさんが持っていたセーラーの万年筆、長刀研ぎです。
 書きやすさ、そのすべらかさに、私のこれまでの万年筆に対する偏見(一部を除く。もちろん、いいものも使わさせてもらってはいましたが!)が吹っ飛びました。
 実際、お店に足を運び、さらに試し書きをすると。
 本当は、お店にはついでだったので見るだけ見てよく検討しようと思っていたのですが、試し書きすると、自分の手から、「わたし、この万年筆がいい!」という声が聞こえてきました。不思議な感覚です。
 これは買わないときっと後悔すると思い、「これください。」と言って、買ってしまっていました。
 で、セーラー万年筆、長刀研ぎ。
 
 これがまたやはり、書きたくなるペン、なのです。
 打ちたくなるキーボードに、書きたくなるペン。


 道具によって自分に「てこ入れ」です。
 仕事をしながら、楽しい、幸せな気分に浸れます。
 
 モノ好きの方なら、この気持ち、分かってくれるはず。
 
(おわり)
 


2009年4月24日 (金)

ぱくったな、くらえ3連発!~真似って絶対駄目なの?~【松井】

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 「ぱくる」って、真似するということですが、真似しやがったな!というときによく出てくる法律上の根拠が3つあります。
 商標法、不正競争防止法、著作権法の3つです。


 毎月1回、親しい弁護士ら数名で判例勉強会を実施しているのですが、そこで取り上げられていた判例時報に掲載されいてた裁判例です(判例時報09/03/21号)。
 仙台地方裁判所平成19年10月2日判決。
 確定しているようです。
 仙台地裁。仙台といえば、「福の神~仙台四郎」です。
 私は知らなかったのですが、知っている人は知っている実在の有名人、仙台四郎さん。明治、大正のころ、彼が訪れた商店は繁盛するというのでその昔、仙台地方で「福の神」と言われていた人らしいです。で、彼の写真が一枚、歴史上、残っていて、それらが彼の死後もブロマイドのように商売繁盛の品として流通していたらしいです。

 裁判は、この仙台四郎さんを当て込んだ商品を開発製造販売した企業が、同じようなことを始めた企業を訴えたという事件でした。
 「ぱくったな、3連発」で商標法、不正競争防止法、著作権法をそれぞれ根拠として主張し、2000万円の損害賠償請求を求めました。
 が、しかし。
 すべて認められず、完全敗訴。控訴することなく、確定したようです。
 なぜ認められなかったのか。
 
 中小企業で、モノづくりの企画をし、開発、研究して、製造、販売した場合、その苦労にあとからただのりしてくるような「ぱくりや」さんは許せないと思うのはもっともだと思います。真似すんな!といいたいところだと思います。
 そこで、「ぱくったな、3連発」が検討されるのですが、これが結構、ちゃんと検討しないと無駄打ちになることもあるということです。
 09/04/21号の判例時報では、サントリー社の「黒烏龍茶」を巡っての訴訟の裁判例も掲載されていました。これもサントリーの主張がすべて認められたわけではないようです。
 問題なのは、どこでどう違法な「ぱくり」とそうでない「ぱくり」を見分けるのか、あるいは逃げ切るのか、だと思います。


 仙台四郎判決は、商標権侵害については次のように判示しました。

 

被告会社らによる本件被告標章の使用は、出所表示機能ないし自他商品識別機能を果たしていない態様で使用されている場合に当たると認めるのが相当であり、本件標章を侵害しているとは認められない。

 その前提としての法解釈としては次のように判示しています。
 

商標法は、商標とは、文字、図形、記号若しくは立体的形状若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合(標章)であって、業として商品を生産し、証明し、又は譲渡する者がその商品について使用するもの若しくは業として役務を提供し、又は証明する者がその役務について使用するものをいうと定義する(同法2条1項)。

 
一方で、商品又は役務の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標など、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することが出来ない商標については商標登録を認めないものとし(同法3条)、その上で商標権者は指定商品又は指摘役務について登録商標の使用をする権利を専有するものとし(同法25条)、商標権者に対し、商標権に対する侵害行為の差止め等の権利を認めている(同法36条)。

 
 
このような規定の仕方に鑑みると、商標法は、同法2条1項で定義される商標のうち、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる商標、すなわち商品の出所を表示する機能(以下「出所表示機能」という。)及び自他商品を識別する機能(以下、「自他商品識別機能」という。)を有する商標のみを権利として保護しているものと解される。

 

したがって、商標権者以外の第三者が登録商標と同一又は類似の商標をしようしている場合においても、それが商品の出所を表示し、自他商品を識別する標章としての機能を果たしていない態様で使用されている場合には、これが商標権の侵害に当たるということはできない(同法26条1項参照)

 仙台四郎さんという実物の人物の出回っている有名な写真をもとに商品化されたものという特殊性について、出所表示機能と自他商品識別機能という用語を使ってうまく解決した事例ではないかと思います。


 不正競争防止法違反についても次のように判示します。
 
 

被告会社らによる本件被告標章の使用は、商品の出所を表示し、自他商品を識別する標章としての機能を果たしていない態様で使用されていると認めるのが相当であるから、かかる使用行為は、同項1号又は同項2号が規定する不正競争行為に該当するとは認められない。

 その理由としては、次のように判示します。
 

不正競争防止法2条1項1号は、「他人の商品等表示・・・として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用」するなどして「他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」を不正競争行為に当たるものと規定するところ、その趣旨は、人の業務に係る商品等表示について、同表示の持つ標識としての機能、すなわち出所表示機能及び自他商品識別機能並びにその商品等表示が有する顧客吸引力を保護し、もって事業者間の公正な競争を確保するところにあると解される。

 
また、同2号は、「自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用」すること等の行為を不正競争行為として規定するところ、その趣旨は、著名な商品等表示について、その顧客吸引力を利用するただ乗りを防止するとともに、その出所表示機能及び自他商品識別機能が希釈化されることを防止するところにあると解される。

 
 
上記各規定の趣旨に鑑みると、同項1号及び同項2号が規定する不正競争行為に該当するためには、単に他人の周知又は著名な商品等表示と同一若しくは類似の表示を商品に付しているというだけでは足りず、それが商品の出所を表示し、自他商品を識別する機能を果たす態様で使用されていることを要するものというべきであり、商品等表示が上記のような機能を果たす態様で使用されていない場合には、同項1号又は同項2号が規定する不正競争行為に該当するとは認められないものと解するのが相当である。

 
このことは、同法19条1項1号が、商品の普通名称又は同一若しくは類似の商品について慣用されている商品等表示を普通に用いられる方法で使用する行為については、同法2条1項1号及び2号の規定の適用を除外していることからも明らかというべきである。

 
 条文の規定の仕方、その趣旨から、限定的な解釈を施し、要件を定立し、事案のあてはめをしています。


 そして、著作権法侵害の主張に対しては。

 

本件原告商品は、著作権法の保護の対象である著作物に当たるとは認め難い。

 
 
本件原告商品は、いずれにも創作性を欠くものというべきであって、著作物に当たるとは認め難い。

 
 とにべもない判断をしています。

 曰く、
 

著作権法は、2条1項1号において「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」を著作物と定義し、同法10条において「絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物」を著作物の例示として挙げている(1項4号)一方で、同法2条2項において「美術の著作物」には「美術工芸品を含むものとする。」と規定していること及び意匠法等の知的財産権制度の存在に照らすと、美的創作物のうち、実用に供され又は産業上利用されることを目的とする応用美術については、専ら鑑賞を目的する純粋美術とは異なり、著作権法上は原則としてその保護の対象とはならず、例外的に純粋美術と同視できる程度に美術鑑賞の対象となりうる程度の美的特性を備えている場合に限り、その保護の対象となるものと解すべきである。

 そして、商品に対しては、
 

本件原告商品が有する上記特性に鑑みると、それが独立して美的鑑賞の対象となる美的特性を備えているとは認め難い。

 
本件原告商品のうち、仙台四郎の容姿を表現した部分又は本件商標部分以外の部分は、いずれも同種商品においてはありふれた形状、図柄等の表現方法というべきものであって、原告の個性が表現されているものとは認め難い


 原告企業は、「パクったな!」と思い、2000万円の損害賠償請求等をし、その根拠として、
 商標法、不正競争防止法、著作権法
 と使えそうなものは全部使ったけど、裁判所は、結局、どの理由も認めませんでした。
  
 福の神 仙台四郎。
 
 そもそもがあまりにも有名すぎて、原告だけがこの有名性を排他的に利用できるような結論はおかしいのではないかというのが根本だったのではないかと思います。
 数年前、企業の破綻の可能性について、あまりに大きな企業だと「大きすぎて潰せない」という言い方がされることがありましたが、仙台四郎については、有名すぎて独占できない、というだったんだと思います。
 というか、仙台の方では、実在人物仙台四郎さんの相続人など利害関係者も特に見当たらず、普通名詞のようになっていたということなんだろうと思います。
 原告企業が費やした、弁護士費用、訴訟のための労力を思うと胸が痛みます。

(おわり)

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2009年4月22日 (水)

うわあ!上野千鶴子教授がやってくる!【松井】

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 つい最近、遥洋子さんのベストセラー「東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ」の文庫本を読んでいました。
 実は、発売された当初、通勤途中の梅田のブックファーストにならんでいるのを見かけ、表紙につられて当時、読んでいました。でも中身で覚えていたのは、ハーブティーがリラックスとしていいこと、くらいしかありませんでした。

 それが先日、宇都宮に出張に行った際、地元で開業している同期の弁護士に遊んでもらったところ、その同期は、大学の博士課程に入っていて、今、論文で泣いているという話を聞いたところでした。それだけじゃなくって、その指導教官である大学教授がいかに頭が切れるかといった話も聞いて、刺激を受けていました。触れば切れるような優秀な人に触れる、接するというのは、すごくいい刺激になります!
 それで、遥洋子さんが上野千鶴子教授に鍛え上げられた話である「東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ」を思い出し、でも初版で買ったものは既にブックオフだかに売り飛ばしていて手元になかったので、改めて文庫版を買って読み直したところでした。


 で、読み直したところ。ああ、言葉ってこんなに刺激的だったんだと改めて思っていたところでした。

 それが、なんと!
 大阪の全弁護士に配られたチラシが私の机の上に。
 
  

講演会開催のご案内 「ジェンダー概念と法」
  〜目からウロコのジェンダー論〜 
  話題の社会学者 上野千鶴子氏が縦横無尽に弁護士の「仕事」を斬る!!

 ああ、これは絶対に行かねば!
 すぐに参加申込をFAXしました。

 今、上野千鶴子さんと言えば、「おひとりさまの老後」の方が有名かもしれないけど、90年代以前、もっと有名な本がいくつかあります。それ以降でも、やはり第三者の視点で上野千鶴子さんの鋭さを描いた遥洋子さんの本は秀逸だと今回、読み直して改めて思いました。

 その上野千鶴子さんを生で見られる!
 もう気分はミーハーです。
 ああ、本にサインが欲しい。差し出したら怒られるかな。
  
 このミーハー気分。ワクワクします。
 「弁護士の『仕事』を斬る!!」いったいどんな風に斬ってくれるのでしょうか。楽しみです。
 大阪弁護士会に入っていて良かったと心底、思えました。
 企画されたかた、GREAT JOB !

(おわり)  
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2009年4月21日 (火)

いま相続事件を担当するなら【松井】

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 いま、弁護士であれ、そうでない人であれ、相談者の相続に関する問題を担当するのであるなら、この2冊は必読文献だと思います。


 「遺産分割の手順と方法」はもう10年以上前の本ですが、実際に家庭裁判所で審判官を担当された裁判官が、当時の遺産分割事件の現状、問題点を分析したものです。
 超実務的です。
 「相続にの一人が『ゴネ得』を狙っていた事例」といった小見出しが並びます。

 そしてこの3月出版されたのが「判例民法10」です。相続の条文の逐条解説ですが、この10年ほどの間の最新の最高裁判例がフォローされており、裁判例中心の条文解釈書です。
 この本の名宛人は実務家弁護士、とあの超有名な元司法研修所長官加藤新太郎裁判官が記しています。


 逆にいうなら、この2冊を読まずして、遺産分割に関わるのははた迷惑なのではないかと思います。高速道路を使って最速で相談者を目的地に案内できるところ、時速30キロのスクーターに乗せて連れて行こうとするようなものだと思います。遅いし、危ないし、何よりもはた迷惑です。
 自分でも、いまいちど精読したいと思います。周りに迷惑をかけないように。
 自分がスクーターに乗っているときに限って、周りが逆に気を遣ってくれているから、自分が周りに迷惑をかけていることに気づかないものなので。気をつけないと。周りがイライラしていることに気づかずにのんびり機嫌良く走っちゃったりして。

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2009年4月19日 (日)

映画「MILK」を観ていろいろ考えた【松井】

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*「七夜待」のチケットが上着のポケットから出てきました。梅田の「ブルク7」、好きです。長谷川京子、演れば出来る。


 先日、封切りされた映画「MILK」を観てきました。レイトショー。「スラムドック・ミリオネア」とどっちを観るか悩み、「MILK」を採りました。
 で、観ながら、またとりとめもないことをいろいろと考えました。
 以下、メモ代わりにここに。

・アメリカの選挙の制度、政治の制度、条例・法律の制度が分からないと楽しめない。
・選挙、投票って、やっぱり戦いであり、それはお祭り。
・優秀な参謀が必要。
・演説が出来れば、それでOKか?
・お笑いが大切。
・攻撃されたら、かわす。
・敵を作らないように、恨みをかってはいけない。
・つき合う相手を選ぶ。
・アメリカって、やはり独立宣言の国か。
・日本はどうだ、憲法か。
・表現の自由ってやっぱり大事。
・脚本がいまいちだよ。
・アン?だったかは、なぜ優秀な参謀たり得たのか。
・なぜ皆ハーヴェイのもとに集まっていったのか。
・ショーン=ペンは素晴らしい俳優。
・ガス=ヴァン=サントは何を言いたかったのか。
・なぜ殺害を決意したのか。
・ハーヴェイは本当に誠実な人物だったのか。
・嫌悪感の根拠って、本当に合理的なのかを突き詰めないと。
・考えないって、怖い。
・群衆って、すごいパワー。
・ゲイであることのカミング・アウトって人に唆されるものなのか。
・憲法21条を読み返したい。
・アピールって大事。
・叩きのめすだけじゃなくって、希望を。
・カリフォルニア州の同性婚OKってどうなったんだろう。
・希望を与えるということ。
・弁護士って人に希望を与えられる?空手形?
・選挙って、人間の本質をうまく突いた制度かもしれない。
・演説できる人とそうでない人との違いは。
・オペラっていいのか。
・身近な人を大事にしないと。
・ジャックって何だったの?
・40歳からでも人生って変わる。
・銃規制ってどうなってる。
・「ありがとう」の電話っていいな。
・「邪悪」って言葉は、曖昧。
・攻撃性。何が人を突き動かすのか。
・78年の出来事。なぜ、今なのか。なぜもっと前じゃなかったのか。
・ほんの20年前30年前。日本はどうだ。

(おわり)

追記 そういえばと思い出したこと。
 昔、司法修習生のとき、今はなき「黒田ジャーナル」での勉強会だったかに参加したとき(友人が勤務していて誘われました。)、そのときの勉強会のゲストが、当時、レズビアンであることをカミングアウトしたという大阪の高校の先生だったことがありました。で、確か、このときMBSの記者の方も参加していて、後日、その人を特集した深夜のドキュメンタリー番組も作成されていたはず。 
 そのときの話で、なぜわざわざ自分のセクシャリティを公表しようと思ったかという話を思い出しました。 
 ある日、いつも配達担当をしていた郵便局員さんの名札の名前が変わっていた。それまで日本名を名乗っていた人が、韓国名の本名を名乗り始めた。曰く、ここにこういう自分がいることを知ってもらうことが、自分で自分が生きる世の中を生き易くする手段になると考えたと晴れ晴れとした表情で語った。そのことがきっかけで、自分も、こういう自分がいることを職場といったまずは身近なところで公表しようと思った、ということで、まずは職場だったかで公表した、ということを語っていたように思います。
 また、違う話ではあるけど、弁護士の方で、夜、ご飯を食べに行く時も、飲みに行く時も、常に上着に弁護士バッチを付けている方がいらっしゃって、なぜ外さないんですか?因縁を付けられたりするだけじゃないですか?と心配で尋ねたことがありました。
 曰く、世の中、弁護士にちょっと相談してみたいことがあるけど、周りに弁護士がいない人がいっぱいいる、そんな人に対して、夜の飲み屋であっても、弁護士バッチをつけて、ここに弁護士がいる、お役に立てるよ、ということがアピールできたら、それは世の中の役に立つことではないか、ここに弁護士がいるということを知ってもらうために常に弁護士バッチをしているのだ、ということを仰っていました。
 弁護士にしても、何にしても、「身近な存在」でいるかいないかということは、大きな問題だと思います。まあ、このブログも、ここにこんな弁護士がいます、何かお役に立てるかもしれません、という「弁護士バッチ」の一つなんだと思っています。

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2009年4月17日 (金)

法人と個人〜取締役の責任〜 【松井】

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 法人と個人って、法律上は「別人格」という言い方をされます。
 これを利用して、会社をつくって、個人が責任を負わないようにする。この点、このように責任を分離することを認めることには積極的な意味があったりします。
 なんの為に法人制度が作られているのか。
 株式会社なら簡単です。株式という形でひろく出資を募り、お金を集めて、それを元手に商売をし、利益を生み出し、株主には配当をして利益を還元する。取引行為はあくまで会社が、法人格をもって取引の主体となり得るようにする。
 そうすることによって個人のお金と会社のお金を分離する。
 そうすることによって、万が一、会社が背負ったその負債を返済できない状態になったときでも、個人の方、出資した人、運営していた人には原則、とばっちりがいかないようにする。それが、法人と個人は別人格、ということです。
 会社を潰せばそれで、おわり、です。法律上は。ただ、実際は、経営者が会社の借入金の連帯保証人にならざるをえず、なっていたりするから社長も破産、というケースがほとんどなだけで。
 会社にお金を貸していた人、売掛金のある取引先、その会社に出資していた人、みんなの債権は全額戻ってくることはありません。破産手続きにおいて配当が数パーセント出ればましなほう。


 こういった法人の人格の制度は、これを悪用するという人も当然、出てきます。
 たとえば、いまのは、個人/法人というものですが、法人/法人というパターンも出てきます。すなわち、会社運営をしながら、自分の会社にとばっちりがこないように別法人を作る、あるいは事実上、支配して、汚いことは別法人にやらせるというやり方です。
 そして何かトラブルがあったとき、自分や自分の法人Aは何も関わっていません、悪いことをしていたのは別法人のBなんです!というやり方、逃げ方です。


 裁判所がこんなの認めるわけがありません。
 ただ、こういうことを考える人は頭のいい人で、しっぽをつかませないようにいろいろと工夫しています。親族でも何でもない人をB会社の代表取締役に据えたりして、事実上のB会社としての活動の痕跡を残します。
 何かあっても、B会社がやったことだ、悪いのはB会社の代表取締役だ、と逃げます。
 
 が、しかし。
 司法修習中、東京地検の特捜部で脱税事件などを担当されていた検察教官が仰っていました。
 「脱税には『たまり』が必ずある。」
 ごまかすようなことをしても、それはあくまで「ごまかし」なので、必ずどこかにその「ごまかし」の痕跡としての「たまり」が出てくるという話です。
 書類でも、人の証言でも。その人の行動の結果がどこかに現れて、「たまり」として形になります。

 これを探し出し、収集し、証拠として法廷に出す。
 証拠から見えてくる実態は、法人格の濫用の実態。
 法人/法人 だからといって杓子定規な判断を裁判所はしていません。


 法人/個人 でも同じです。
 個人の人が、それは法人の行為だから、取引相手はあくまで法人だから、といって逃げ切れるとは限りません。
 旧商法は266条の3という条文をもうけていました。
 会社法は、429条として、役員等の第三者に対する損害賠法責任を定めています。
 

429条1項 役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。

 「取引の当事者は法人だから、代表取締役個人の責任の追及はできないよ」という回答は、不正確です。

 例外的な場合を想定し、その要件を満たす事実の有無を精査すること。弁護士としては当たり前のことがらだと思います。
 その代表者の責任追及が出来ないという結論に何か違和感を感じるというとき、その「違和感」の理屈を突き詰めるのが弁護士の仕事だと思います。
 「違和感」が大事だと思います。
 「できませんよ、あきませんよ」というのは、簡単。場合によっては、自分の無知の吐露、技術力がないことの自白を意味します。
 頭を常にフル回転させていないと!違和感センサーが鈍ります。
 そのためには、リラックスが大事。
 ニコちゃんマークでリラックス。
(おわり)

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2009年4月15日 (水)

全体を見る、ということ〜弁護士の「仕事」〜【松井】

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 先日、平成9年、司法修習生の時代にお世話になった指導教官と久しぶりにお会いしました。
 当然、修習時代の話になり。
 今だから分かるけど、当時は、必死に頑張りながらも仕事としては全然、ダメダメでしたという話をしました。
 右も左も分からない、要は全体が分からないから、だからこそ無駄な動きをいっぱいしてしまう。
 それが実務を何年か経験すると、大橋のブログ日記ではありませんが、事件、紛争のだいたいの解決のしどころ、落としどころのようなものが見えてきます。頑張るべきところ、敢えて頑張らないでおく方がいいところ。
 そういったことが、経験がないと、全体が見えないため、そこを頑張ったらかえって事件の解決が遅くなるというところに必死に時間をかけたり、不必要に肩の力の入った処理、動きをしてしまうのです。
 それが、働きだして何年かすると、ものごとの緩急がなんとなく分かってきます。働きだしても、今思うと、5年目くらいまではただ単にがむしゃらで青かったなと思います。勤務弁護士であり、ボスがいたからこそ何とか仕事が出来ていたんだと思います。


 司法修習生のとき、それなりに必死で、修習生って大変だと思っていたとき、そんなことを指導担当だった方にエレベーターでの移動中、ぼやいたことがありました。
 すると、「いいわよ、修習生は。仕事じゃないんだから。」と言われました。この言葉が司法修習中、ずっと耳を離れませんでした。「仕事」って何だろう。
 そう。司法修習それ自体は、研修であって本当の「仕事」ではありません。
 「仕事」というのは、自分の全責任をかけて第三者と向き合うことです。
 弁護士でも、裁判官でも、検察官でも。法曹三者は、皆、自分の名前を出してその仕事をします。組織に所属しようが、勤務弁護士であろうが。

 裁判官 ●●●●、 検察官 ●●●●、そして 「弁護士 ●●●●」。わたしなら、「弁護士 松井淑子」です。


 仕事である以上、単なる自分の自己満足ではなく、依頼者の満足を獲得しなければなりません。結果が全て。そうすると。自ずと、全体像を把握して、今、これをすることに一体何の意味があるのか、どこにどうつながるのかということを常に考える必要が出てきます。
 自分の自己満足のために、依頼者の利益にならないことをしても、それは仕事ではない。

 裁判って、正直なところ、これは戦ってみたい、訴訟活動をして勝訴判決を勝ち取りにいってみたいと思うものがあったとしても、そのことで、100を取りに行って0になる確率が低くはないのであるなら、60で収めるというのも依頼者の利益を考えたらあり得ることです。
 なんでもかんでもイケイケドンドンで裁判をするのって、弁護士の仕事としてはあり得ないと思います。
 結局、それは、そういったリスクを説明したうえで、それでもということになるのかどうか。これは、当事者の方の判断、決断になります。
 弁護士が、「訴訟にしましょう。」「訴訟にしたらどうですか。」ということはまずないと思います。

 どうしてもそうせざるを得ないとき、解決のためにはそれしか選択肢がないときだと思います、訴訟になるのは。交渉を蹴って、訴訟を受けてたつときも。
 とりつくしまのない態度って、損です。まずは交渉のテーブルにつかないと。逃げても物事の解決って、あり得ないです。
 訴訟になったらどうなるのか。全体を見て、先の先の先を見て、判断して欲しいと思います。その方の利益のために。
 まったく不合理な要求であれば、放っておいて、訴訟してもらってそこで片をつけるという選択肢ももちろん、ありますが。


 まあ、どういうことかというと。相手に弁護士さんが就いているときは、就いているときこそ、ぜひ弁護士さんにご相談を、ということ。
 自分のことに関して、自分は弁護士ではない以上、訴訟で代理人活動を経験したことがない以上、それを「仕事」にしている弁護士に比べたら、「先の先の先」が見えた判断はなかなか出来ないですよ、ということです。
 結局、損する可能性が大です。結論が出てから弁護士に依頼しても後の祭りです。
 相手方の方であっても、最後、その結論が見るにしのびないときがないわけではなく。調停のとき、こちらが提案した案にのっていればもっとましだったのに、と。

 遺産分割の審判決定が出てから、即時抗告審で弁護士に依頼しても、ひっくりかえることはそうそうないですよ。
 交渉段階、調停段階で弁護士さんに相談、依頼されていれば、もっと利益になる合意が得られたのに、ということが多々あります。
 その提案がどういう意味をもつかということが、全体が分からないので、適切と思われる判断できないのだと思います。
 感情、意地だけで動いたりということがよくあります・・・。

(おわり)

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2009年4月12日 (日)

比べるからよく分かる 【松井】

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*中之島のバラ園。いったいいつ工事が終わるのでしょうか・・・。


 分譲マンションの理事長をしていますが、以前、述べたように、管理会社のよしあし、業者のよしあしについては、比較の視点があるかないかが重要だと思います。
 仕事柄、過去、分譲マンションの管理会社、あるいは理事会、住人などに関する事件を何件か担当させてもらったことがあったので、ひどい管理会社なども見ていますし、もちろん良心的な住人に親身な管理会社というのも見ています。
 ただ、わたしのマンションの他の理事の方などはもしかしたら、比較の視点がなくて、今のレベルがどうというのがよくわからないかもしれません。
 つまりは、比べて、初めて自分が相対するその対象の位置づけ、評価が出来るということです。


 工事、業者などについては、相見積が大事だ、相見積をとるのは当たり前だとはよく言われることです。
 相場、標準といったものが、単独ではよく分かりません。それが、比べることによって奥行きが見えてくるのです。
 で。
 たぶん、弁護士や医師もそうなのだと思います。
 
 最初に会ったその人がベストなのかどうか。
 分かりません。
 なかなか比べられないからです。初めて弁護士に相談するとなったらなおさらです。
 最初、紹介を受け、相談し、依頼したらその人に頼むのが当たり前、他の人に改めて相談すると申し訳ない、悪いという感情が働くのだと思います。
 でも、医師の世界では、セカンド・オピニオンというものが取り入れられる、受入れられるようになってきました。
 実は、弁護士の世界も実はそうなってきているのを実感します。
 初めて相談するかのように相談に訪れられた方が、実は弁護士への相談は3人目だったということがありました。
 やたらと関心し、よく分かったと感動した素振りであり、おかしいなと感じていました。中身ではなく、ホワイトボードを使って手続きについて説明をしたり、先の先の先まで説明したり、証拠の評価について説明したり、説明を受けるというそのことそのものに感動している様子だったからです。
 別れしなに訊きました。
 苦笑いをしながらおっしゃいました。実は、弁護士3人目の相談だったと。他の前の二人の弁護士と、私の説明の仕方、内容などについて比較されていたのです。

 これを不愉快に思う弁護士さんもいるかもしれませんが、わたしは別に構わないと思っています。
 なぜか?
 私が相談者であれば、たぶん同じだからです。相談者が弁護士を試すこともあると思います。
 知人から紹介を受けた弁護士さんでも、不審に思う、いまひとつ信頼できないと思ったら、別の弁護士さんにあたってみます。
 それが、当たり前だと思います。選べばいいのだと思います。自分が信頼できると思える弁護士を。あわないと思えば、無理にそこで依頼することもありません。
 弁護士も、その能力、人柄が比べられる時代なのです。
 そのことを肝に銘じておかないと。
 弁護士が相談者、依頼者を選ぶのと同じように、相談者、依頼者も弁護士を選ぶのです。
 「羊たちの沈黙」という映画であったような。「闇を覗くものは、闇からも覗かれているのだ」、と(ちょっと違う?)。

3 
 弁護士3年目くらいのとき、勤務事務所で既に担当させていただいていた事件の依頼者の方が顔をあわせるなり言ってきました。
 「先生が言ってたとおりでしたわ! 市役所の無料法律相談の弁護士さんも同じことを言ってましたわ!」
 無邪気に言われ、「ああ、そうですか。そうでしょ。言ったとおりでしたでしょ。」と言って、苦笑いをするしかありませんでした。
 言った説明を信用されてもらっていなかったんだとがっくりしましたが、でも、そのことをさらっと言ってくれるだけまだ信頼関係はあるんだと思いました。大阪、大好きです。率直です。豪速球です。
 
 弁護士の使い方なんで、それくらいでいいんだと思います。
 依頼者が、弁護士の機嫌、顔色を見て、言いたい事もいえない、気を遣って訊きたいことも訊けないなんて本末転倒だと思います。
 ただ、まあ、人間なんで、不躾な言動をとられると普通に頭にくることはあります。それが、依頼者であれ、相手方であれ、弁護士であれ、裁判官であれ。ただ、まあその感情をどうコントロールし、行動にどう反映させるかはまた別の問題。
 自分が相談、依頼をする場合でも、耳に心地いい話だけをして、リスクの面を説明してくれないのはそれはそれでまた疑問が沸き起こります。
 有利な点、不利な点、証拠の状況、これから取り得る方策、手段、相手方の行動パターンを見据えての今後の見通し、特に、最悪の事態はどのような事態か。
 やっぱり説明ですね。
 で。
 判断、選択をするのは、自分。弁護士は所詮、代理人です。
 結果を背負うのは自分です。

(おわり)
*お好み焼き、うどん、粉もの、大好きです。LOVE 大阪。
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2009年4月11日 (土)

ブログの効用〜出会いに感謝〜【松井】

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*K様からいただいた綺麗なお花です。なんと!手作り!!ありがとうございました。気持ちが和らぎます。美しいものを目にすると。やはり、美って潤いです。 裁判所に爆弾を投げ込もうかと思ったこともありますが(思うのは自由?!)、それよりも花束を投げ込んだ方が効果があるかも。

 弁護士がブログを書くことの意味合いはいろいろだとは思いますが、私がはっきりと実感するブログの効用が一つあります。
 それは、良い人が相談に来られて、良い人が依頼されていくということです。
 私自身が「この方は??」と思うような人は相談にも来られません。


 知人などからのご紹介であっても今時、まずはその弁護士がどういう人物なのだろうかとたいていの方は事前にネット検索して情報収集をされています。
 その際、うちの事務所のこのブログを読み、合わない、この松井弁護士はいけすかない、と思われる方はその時点で相談には来られないのだと思います。
 逆に、それでも相談に来られる方、来ていただける方というのは、ある程度、良い印象をもって来ていただいているのではないかと思います。
 
 引寄せの法則、と言われるものがあります。人は自分に似た人が好き、というもの。
 類は友を呼ぶ、というのも同じだと思います。
 
 おかげさまで、よい相談者の方、よい依頼者の方と出会わさせていただいていると思います。
 感謝です。

3 
 事件が終わるとき、それは依頼者の方にとって喜ばしいことではあるのだけど、もうこれでお会いする機会はないのかと思うと、ちょっと寂しくなるときも正直なところあります。
 訴訟代理人の依頼を受けている場合などは、1年、2年のおつきあいとなります。交渉ごとの依頼であれば、早ければ2、3か月です。
 出会いがあれば、別れもある。
 春ですね。

 まあ、普通に考えたら、世の中、弁護士などとつき合う機会はなければないほうが幸せということなんだろうとは思いますが。コントロールすべきやっかいごともない、ということで。
 便りがないのがよい知らせ、とはいうものの、以前のあの方はお元気だろうかとか、あの会社は今、順調なんだろうかなど、ときどき昔の依頼者、担当者の方々の顔を思い浮かべています。
 
 そしてまた不思議なことに。そのように思い返していると、その方から、新たなご相談ごとの電話がかかってきたりします。そして数年ぶりに再開を果たしたり。
 ご縁って、不思議です。
 2002年9月に独立してこの数年あまり、本当に嫌な相談者、依頼者の方というのはいらっしゃらず、わたしは恵まれていると感謝しています。
 邪悪なものを寄せ付けない力を持ち続けないと。日々、精進です。正直なところ、途中、辞任させていただかざるをえなかった件もありましたが、それは私がまだまだ至らなかったのだろうと思います。
 この数年、そういうこともなく、ご相談者、依頼者の方々との出会いは本当に恵まれています。日々、是感謝です。
 ご縁のあった方々が、その後、より一層ご活躍し、ますます幸せになれたらいいなと祈っています。
 そして事件の相手方であった方も、より幸せに。
 関わった方、皆が、前よりも一層ハッピーになればいいなと思っています。
(おわり) 
*今日のお昼の公園は、皆、幸せそうでした。桜の力って凄い!
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2009年4月10日 (金)

自分で自分を不幸にする人 【松井】

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 弁護士、裁判官はもちろんだけど、裁判所の書記官さん、あるいは弁護士事務所の事務員さんなどでも、世の中で働く人として、損するタイプ、自分で自分を不幸にしているのではないかと思う人はたまにいます。
 それはどういうタイプか。

 自分の悪感情を露骨に出す人です。
 つっけんどんな電話での対応、いらだちを隠さない話し方。
 防御の姿勢で固くなっている対応。

 そういう人と接すると、結局、その人自身が損するだけで、可哀想だなと思います。
 そういうタイプの人が、自分が正しいという振る舞い方をして攻撃的な態度に出ながら、結局、自分の方が間違っていたというとき、態度が豹変したりして、そんな様子を目にするとこれまたなんだか物悲しくなります。


 人間、よく出来た人は、ムカっときたり、イラっと来たりするときこそ、穏やかにリラックスして丁寧に人に接します。
 また、基本的にはいつも愛想よく、笑顔で、接する人を安心させる雰囲気を醸し出します。
 人間なので、激するときはあるけど、それをそのままに他人にぶつけるかどうかはまた別の問題。自分を律することができるかどうか、人間の器が問われているのだと思います。

 世の中、いろいろな人がいます。
 それをまた楽しもう。
 この仕事、ワイドーショー好きが向いているのかもしれません。距離をおいて人を見れないと、身がもちません。
 
(おわり)
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2009年4月 9日 (木)

判断ミス 【松井】

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 今年のある医学部の卒業式、演台に立った方が卒業生となる若い医師の方々に仰ったそうです。
 「大事なのは、逃げないこと。」
 医療ミスをしたかもしれないというとき、患者やその家族から、逃げないこと、これが一番大事だという話をされたそうです。逃げるから、なんでもなかったことでも医療過誤訴訟にまで発展したりしてしまう。


 弁護士も、同じだと思います。
 なぜあんな判断をしてしまったんだろう、なぜ間違ったことを言ってしまったんだろう、なぜこの間違いに気づかなかったんだろうということが、あります。
 そういうとき、主張すべきことは主張しつつも、間違っていたということは間違っていたとして謝るしかありません。逃げても事態がよくなることはない。
 怖いけど、直面して、もしそれがミスであるならばミスと認めるしかない。

 そんなとき思うのは。人生、生きている限り、取り返しのつかないことはないということです。
 この点、医師は弁護士などよりも数倍も百倍も過酷だと思います。医療過誤での死亡事故を思うと。
 
 以前、ある検査結果を見落としたため、患者の方が亡くなられてしまった事件を担当したことがありました。主治医はとっても若い医師でした。和解の席に同席し、ずっと俯いたままでした。ご遺族に対し、最後に謝罪の言葉を述べました。
 でも亡くなられた方はもどってはきません。
 遺族の方々が辛いのはもちろんですが、医師も一生、背負っていかねばなりません。
 

 専門家としての判断ミスで多くの人々に迷惑をかけてしまいます。余計な紛争が一つ、増えてしまいます。
 「弁護士」という肩書きの社会的な信用性の重みを今一度、よく確かめ、弁護士の不注意、判断ミスによって、依頼者はもちろん、関わる人々に余計な迷惑をかけることのないよう精進したいと思います。
 相談案件の一つ一つの重みをよく噛み締め、最後の最後まで気を緩めずに。

 本当に、交渉ごと、訴訟、和解は、最後の最後までに何があるか分かりません。依頼者に対する責任はもちろんですが、そうでない相手方や関係者に対しても、法的な責任はなかったとしても社会的な責任は、あります。
 弁護士として11年目、慎重に慎重に慎重に、行動したいと思います。
 
 「命を削って 命をつなぐ」の医師ではありませんが、6時間寝てますが、我が身が細る思いです。この10年で最大5キロ増、今で2キロ増程度ですがストレス太りで、まったく細くなっていません。今年、本当に激痩せするかも。
 判断ミスって、怖いです。今まで、文字通り怖いもの知らずだったかも。
 そうです。あっちも悪いんじゃないの?!という思いはありながらも、でもやはり私のミスだろうという事柄があり、即、報告し、頭を下げ、関係先に走り回り、何よりも他の関係者の方々のご協力もあり、なんとか事なきを得るケースがありました。
 でも。安堵もつかの間。一難去ってまた一難。泣きたくなりますが、最後までちゃんと責任を負って、逃げずに向き合います。胃をギュウウうっと鷲掴みにされたようで、吐き気がしますが。
 お祓いに行こうかな・・・。

 昔、知り合いの年上の方に言われたこと。「ゴルフのスコアをごまかすような人間は、仕事のことでも他の些細なことでも何でもごまかすよ。」。その当時、まだ司法修習生で本当の社会人経験ゼロだった私は、そうか、そんなものかと思って右から左へと聞き流していたのですが、働き出してみると、これが社会の真実だろうということを実感するようになりました。
 1つ嘘をついてごまかすと、他のこともまたごまかして嘘をつく。そして、何が真実だか分からなくなる。
 怖いです。

(おわり)
 
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2009年4月 4日 (土)

足掛け10年 ~わたしがバカでした~【松井】

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 平成8年9年の司法修習時代、検察教官から言われました。
 「簿記の勉強はしておいた方がいいよ。でも、3級程度で十分。」
 東京地検の特捜部で脱税の事件なども担当された教官でした。
 その方が、簿記を勉強したほうがいい、でも3級でいい、という。だったらそうなんだろうと、当時、馬鹿な私は言葉をまにうけ、平成9年10年に簿記3級だけ受験し、合格しました。
 大阪での実務修習中、その日の修習先をあとにすると、いそいそと専門学校に向かいました。で、3級合格10日間コースを受講し、修習の合間にせっせと問題集を解いて、3級は難なく合格できました。
 で、そのまま一気に1級くらいまでを勉強すればよかったのにと今なら思うのですが、馬鹿な私は言葉を間にうけ、そのまま3級でストップして簿記の勉強を止めてしまいました。


 平成11年、弁護士登録して働きはじめると、すぐに気づきました。会社の社長さんと会話ができない!簿記、会計、税務の知識が全然違ったのです。
 これはまずいと思い、また同期の皆も多くがそう思ったようで、税務の勉強会などを開いたりはしました。
 しかしインプットの勉強なんてまずは一人でやるもの。なかなかうまく掴めませんでした。
 しかしまずは簿記の2級をと考え、受験申込はするものの、勉強せずじまいで受験日に欠席といことが2回ほど続き、そうこうするうちに日々の業務をこなすのに精一杯となって、いつの間にか簿記会計税務の体系的な勉強からは離れていきました。


 そうこうするうちに平成14年9月、思うところがあり独立して大橋と二人、今の「大阪ふたば法律事務所」を設立しました。充実していはいましたが、焦りがありました。
 簿記会計税務をやり残している。

 そしてある日。
 「ついに、そんなものが出来たのか!」と町で看板を見かけたとたん、入学願書を入手しようとしていました。平成18年8月。関西学院大学大学院会計専門職大学院。こうなったら思い切って時間とカネをかけて自分を追い込むしかない。取り憑かれたように、願書、面接を受け、入学を決めました。
 そして平成19年4月、10年近く前の簿記3級の知識のままに入学してしまいました。

 まわりは、上場会社で経理を担当されている方や、バリバリの現役税理士の方、あるいは23歳の商学部を卒業した公認会計士試験の受験生ばかり。
 皆さん優しかったです。アホなわたしが分からないところを教えてもらうのはもちろん、文献を探してもらったり、レポートを見せてもらったり、ときには家庭教師のように個別に問題の解き方などを教えてもらいました。
 法人税、地方税の計算の仕方、原価計算の手法、連結会計、国際会計基準などなど。そして監査のための監査基準論や公認会計士倫理なんてものも。簿記試験の受験にさく時間もなく、目の前の課題を必死でこなしました。
 平成20年9月、なんとか単位を取得し、卒業できました。

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 そして。
 この2月。
 ようやく簿記2級を受験し、10年かけてようやく合格。
 アホみたいですが、感慨深いです。
 会計専門職大学院を卒業して、簿記2級ってどうよ!?というのもあるので、次は1級を目指したいと思います。
 そう。そもそも簿記2級は、入学要件だったんです・・・。入学面接の際、試験管の公認会計士の先生から言われていました。簿記2級はとっておいてね。
 わたくし。本末転倒に近いものがあります。
 10年前、わたしが馬鹿でした。
 せっかく勉強するのに、この程度いい、なんてものはこの世の中にないと思わねばならなかったのです。3級でいいと思ってしまったために、それが呪いの言葉のようになってしまった。
 馬鹿でした。

 もうすぐ5月、今年の公認会計士試験の短答式試験ですね。皆さん、がんばってください!!
(おわり) 
 
*大学院を卒業できたことより、2級に合格したことの方が嬉しいです。10年前に積み残してきた荷物をやって回収できたような思い。人生であとやり残していることは・・・?
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2009年4月 3日 (金)

めまい〜まだ10年〜 【松井】

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 大阪弁護士会には7つの「会派」というものがあります。「親睦団体」と以前、新聞では表現されていました。そうなのか?
 大阪だけで登録弁護士数千人。この会員の意思をまとめていくには大きすぎます。そこで会派。一番大きい「春秋会」という会派で現在、確か500人台です。

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 こうした各会派で会報というものが定期的に発行され、全会員に配布されています。一応、全てにパラパラと目を通すのが習慣になっています。
 この春。わたしや大橋といった司法修習51期は、登録後満10年を迎えます。期というのは、司法試験に合格し、司法研修所に入所する年度で区切られます。51期は平成9年入所、平成11年3月卒業です。
 確かこの51期は750名ほどいて、100人程度が裁判官、100人程度が検察官、その他は弁護士登録をしているものがほとんどです。
 この51期が、「弁護士満10年」ということで、ある会派の会報で何人かの同期がこの10年を振り返ってのエッセイのようなものを載せているのを見かけました。


 同期、10年といっても、当然、みな思う事は人それぞれだな、ふーんと思って読んでいました。
 パラパラと頁をくっていくと、「20年を振り返って」「30年を振り返って」というコーナーの表題が目に入ってきました。
 同期のエッセイを読みながら、10年を振り返り、なんとなく重いものがどっと乗かっているような気がしながら、でもこの10年、無事に今に至っているという安堵感も感じていたところ、さらにまだ10年、さらには20年があるとは!
 この先の遠路を思うと、つい、めまい、がしました。

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 ときどき、精神的にも肉体的にもあと何年この仕事を続けられるのだろうか、果たして気力、体力を維持できるのだろうかと考えるようになっていました。
 アラウンド・フォーティーです(笑)。
 
 ただ、先日、医師として働き続けながら3人のお子さんを育てられた50代の素敵な格好いい人生の先輩とお話しをしていて、わたしが「あと何年、今の調子で働けるのか」といった話をしたところ、「そうそう、わたしも40代のころはそう思ってたわよ。」「ヨシコちゃん、今度、こういう番組があるからこれを見たら。」と笑いながら言われました。

 「命を削って 命を助ける」

 NHKの「プロフェッショナル」での今度の特集のタイトルだそうです。40代の男性医師の方を取り上げるようで、その方の働きっぷりを紹介しているようです。つい先日、たまたまこの男性医師の方とお会いして話をする機会があり、今度のこの番組のことを知ったとのこと。
 実際、現場では、この医師の方は、睡眠3時間で、患者のためにと働いているということです。
 文字どおり、自分の命を削って、人の命を助ける。

 アラフォー女性弁護士、まだまだ甘いですね。知人の医師の方もそれを言いたかったのだと思います。
 睡眠7時間、ときに8時間。まだ、自分の命を削ってというほどではありません。

 でもなんとなく、野垂れ死にするような思いがしたり、ジャングルの中のゲリラ戦でどろどろの地面をいつ敵に襲われるかという恐怖の中、真っ暗闇をどろまみれになって恐怖心と戦かい匍匐(ほふく)前進しているような気分がしたり。

 でも。
 こんな気分は、きっと「甘え」に違いないと思います。「プロフェッショナル」じゃないですね。
 がんばろっと。
  
(おわり)
*会派。ちなみに私は、春秋会に所属。一昨年、7人の常任幹事の一人をさせていただき、さらにはその中で庶務会計を担当させていただきました。会派、大阪弁護士会、日本弁護士連合会という各組織についていろいろと考えることができました。外から考えるだけじゃなくって、中に入って見て考えるというのも大事ですね。見えていないことがいっぱいありました。まだあると思うけど。
 自分の属する業界も、そこだけ見ていたら大変なようでも、広く社会の中のでみたらもっと本当に大変なことはいっぱいあって、まだまだ恵まれているんだと思います。
 日々、感謝!

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2009年4月 1日 (水)

4月1日、新年度【松井】

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 今年ももう4月。四半期が過ぎました。
 4月といえば、日本では年度始まりですよね。
 年度始めといえば、裁判所などでは人事移動で、係属している裁判の担当裁判官が代わったりします。なので、3月の期日のときは、たいてい裁判官に対し、「異動しますか?」と一応確認しています。
 なかには自ら、「次回期日では担当裁判官は代わっていますので。この経緯の引継ぎメモはちゃんとしますから。」と仰ってくれる裁判官もいます。
 担当裁判官が「代わってラッキー」と思うこともあれば、「ち、残念。代わらないのか。」と思う事もあります。いろいろ。


 「月刊大阪弁護士会」という会報では「司法記者クラブの窓から」という新聞記者らによるもちまわりの連載記事があります。
 3月号。
 「ある刑事裁判の弁護士に無罪判決を得る条件を尋ねたところ『優秀な弁護人は当然だが、加えて裁判官、検察官、被告人、証拠、そして運、この全てに恵まれていることが条件』と返ってきた。」
 として、今後の裁判員裁判制度について毎日新聞の記者の方が語っています。

 優秀な裁判官と優秀ではない裁判官。
 優秀な弁護人と優秀ではない弁護人。
 優秀な検察官と優秀ではない検察官。
 皆、それぞれ、裁判官であり、弁護士であり、検察官です。

 これが現実です。
 

 優秀か否かって、自分が決めることじゃなくてまわりが決めることです。
 だから、その「まわり」の者として裁判官を見ます。
 
 今度の担当裁判官は優秀だろうか、どうなんだろうか。
 
 このサイトで担当裁判官の氏名は確認できます。
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 http://www.courts.go.jp/osaka/saiban/tanto/minji_tanto.html
 事件が裁判所に係属すると、ここを必ずチェックしてい、担当裁判の名前を確認し、情報を集めます。
 優秀な方の場合、優秀だと言う噂があり、そうでない場合は特にどうという噂もなく、酷い場合は酷いという噂が流れます。
 
 でも裁判官がどうあろうが、訴えがあれば、和解じゃない限り、普通は、「認容」か「棄却」となります。
 勝者がいて、敗者がいる。
 勝てば「弁護士が優秀だったんだ」、負けたら「裁判官が酷かった」、なんていう訴訟代理人弁護士はさすがにいないとは思いますが。もし負けたとき、自分は優秀な弁護士じゃなかったんだと思うしかないかと思います。何が欠けているのか。夜も眠れません。
 
(おわり)

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