「72歳、男性」〜言葉の喚起力〜
1
「72歳、男性」。
どんな姿をイメージするだろう。
「美輪明宏」さん。
どんな姿をイメージするだろう。
「美輪明宏」さん=「72歳、男性」
2
「弁護士」
どんな姿をイメージするだろう。
「37歳、女性」どんな姿をイメージするだろう。
「弁護士」=「37歳、女性」
どんな「弁護士」をイメージするだろう。
3
先日、梅田で公演されていた美輪明宏さんの舞台「黒蜥蜴」を観てきました。
「妖艶」の一言につきます。
その声、指先の動き、背筋、すべてから香水の蒸気がゆっくりと立ち上るような「オーラ」でした。
何の知識もなく観ていたとしたら、主演女優にもっと興味をもち調べていたことでしょう。
ただ、いかんせん頭の中には「あの黒蜥蜴は、美輪明宏さんが演じていて、美輪さんは72歳の男性であり、この舞台の脚本は三島由紀夫が書いていて」といった知識がありました。
「72歳、男性」というカテゴリーによって、受け取る頭の中のイメージが限定され、今、目の前にあるものを観ることを忘れ、本質を見誤りそうになります。
では、「弁護士」=「37歳、女性」ではどういったものがイメージされるのでしょうか。
「裁判官」=『37歳、女性」
「検察官」=「37歳、女性」。
あるいは「弁護士」=「55歳、男性」では。
4
以前、なるほど、そう考えるのかと興味深い話を言われたことがありました。
うちの事務所へはホームページをみて、相談予約の電話を入れた、
取引先の方から弁護士名での内容証明郵便をうけとり、それまで弁護士とのつきあいあなどなかったのだが、弁護士には弁護士で対応した方がいいと判断、急遽、とりあえずネットで弁護士を捜してみた、という方でした。
一通り相談事項が終わった後、なぜうちの事務所を選ばれたのかと尋ねたところ、
「女性弁護士を選びました。」ということでした。
ここでよくあるのは、話をしやすそうだからというものですが、この方は違いました。
「紹介してもらうあてもなかったので、ネットで選ばざるを得ない、
ただ、弁護士も大阪でも数千人がいる、その中でどうやって自分が望む弁護士を選ぶのか、自分が望む弁護士は、不当な要求をしてくる相手と戦ってくれる弁護士だ、今回、明らかに言いがかりをつけられている、そのことに共感して戦ってくれる弁護士を探そうとした、男性弁護士なら数千人のうち何百人といて、戦闘意欲がなくても弁護士としてやっていけている可能性もある、
しかし、女性弁護士は数百人しかいない、数百人しかいない中で弁護士として働いて事務所を構えているからには、それなりにしっかりしていないと無理だろう、いろいろなことと戦っていないと無理だろう、男性弁護士なら男性というだけでやれているかもしれないところを、女性弁護士は男性弁護士以上に戦ってその仕事をしているはずだ、
そうであるなら自分が望む弁護士は、男性弁護士を選ぶよりも、女性弁護士を選んだ方が確率が高いということになる。
確率の問題から、敢えて女性弁護士を選んだのです。」
といったことを理路整然と話されました。
なるほど。
私が弁護士登録をした平成11年くらいでは、女性法曹も結構多くなり、その年の新規法曹の全体の25%くらいでした。ただ、その十数年前だともっと少数です。その少数の中で弁護士として働いていくのはたぶんもっと大変だったのではないかと思います。何がって、女性弁護士だから男性弁護士よりも知識も交渉力も大したことがないのではないかという見方に対することが。
ただ、たぶん大橋も、また私もそうですが、あまり「女性弁護士」ということを意識したことはありませんでした。相手に合わせて、やるべき仕事をやり遂げるだけというつもりではないかと思います。 相手、というのは紛争ごと、交渉ごとの相手です。裁判だったら裁判官です。また依頼者にあわせてであったりします。
この場合、たぶん男性、女性に関係なく、多くの弁護士はそうだと思うのですが、威丈高、脅迫的な相手であればあるほど、燃えます。怒ります。でも、それも内心です。表には出しません。しかし、戦うこと、戦って勝つことが好きだし、自分は相手に勝つと信じています。なので挑戦的な相手に対しては余計に気持ちが燃えます。たぶん、きっと。叩きのめしてやる、返り討ちにあわせてやるというくらいの気持ちではないでしょうか。たぶん、きっと。違うかもしれないけど。
先の相談者の「女性弁護士」の位置づけ、分析を聞いて、なるほどと思いました。当たらずとも遠からず。
5
ただやはり、仕事では、げんなりすることも正直なところ、ないわけではありません。
共通の言語で会話できないとき。共通の言語(法律解釈、裁判例等)によれば、明らかに先が、結論が見えている。訴訟事項と審判事項の区別もついていない。しかし、相手には見えていない。説明しても理解しようとしない。
こちらにしてみれば、無駄といえる会話、言葉に固執し続ける。理論の段階を区別できない会話。
交渉は時のものということが理解できない。
言葉を交わせば交わすほど、時間の無駄と思うこともないわけではありません。
闘争心に火がつくというよりも、げんなりします。疲れます。
そういう意味ではいらつく自分に気が短くなっているのを実感します。
訴訟になって損するのはそっち、でも仕方ない、その途を選んだのはそっち、と最後は突き放さざるを得ません。
依頼者のためには、訴訟なんて時間と弁護士費用の無駄が発生するのは明らかなので、何とか避けようとして、こちらが意を尽くして説明しても、それをまた勘違いして強気に出たりする相手方、なんていうのは珍しくない。
うんざりして、嫌になる。
けど、でも、だからこそか面白い。「弁護士」だろうがなんだろうが、人間って不合理で、感情的で面白いと思うし、この仕事も面白いと思う。
皆が皆、感情をひとまず脇において、損得で理路整然と考えることができたら、そもそも裁判所なんていらない。
粉飾決算なんてしないいい経営者ばかりだったら、公認会計士さん、監査法人の監査制度なんて要らない。粉飾決算されても騙された!などと怒りだしたりしないいい株主さんや投資家、債権者ばかりだったら、公認会計士さんなんて資格、要らない。
なによりも、弁護士なんて資格、少なくとも民事事件では要らない。
6
「弁護士」という言葉、文字が意味するのは、単に、過去に司法試験に合格したことがあって、弁護士登録しているというだけのことで、それ以上でも、それ以下でもない。
これは合格した修習生にむかって、東京のとある弁護士さんが声を大にして言っていた真実です。
合格後、その後の現在の法律知識、交渉能力、ましてや人格なんて、これはまた全く別の話。
「美輪明宏」さんと「72歳、男性」の言葉のイメージが全く別物であって、本質を反映していないように。
「72歳」「55歳」「37歳」もまったく意味がない。
72歳だから老練かというと当然、そんなこともなく、全く直情型、感情で「仕事」をするかたもいないわけではないわけで。
かと思えば「30歳」で老獪の域に達していたりと。
本質は、自分の目で観て、自分で判断しないと、見誤る。
そんなことをぼんやりと考えた「黒蜥蜴」、鑑賞会でした。
でもやっぱり美輪さんは「72歳、男性」というのもこれまた客観的事実。
事実は事実として直視しつつも、受入れつつも、本質を見誤らない努力が必要ということか、この話のオチとしては。
あ、そうそう。秋には、森光子さんのあの「放浪記」も梅田で上演されるようです。観に行ってみようと思います。
舞台はいいです。人間が動いて、喋って、演技して、音楽がなり、光が瞬く。他人の脳みその中に頭を突っ込み、五感で刺激を受けるような非日常性です。
日常を考えるためにも、ときどき非日常に出かけるのも大事だわ。
ところで、冒頭の写真、気づきましたでしょうか。
「シチューうどん」。「シチュー」という文字をみて口の中に広がる牛乳じみた味と「うどん」という文字をみて口の中に広がるつるっとした歯ごたえ、のどごしにカツオ出汁。
「72歳、男性」と「シチュー、うどん」。
ミックスすると、
「シチューうどんを食べる72歳の男性」。
どのように五感が刺激されるでしょうか。
その男性が、美輪明宏さんだったという事実もありうるわけで。ますます頭の中が混乱します!
私の頭の中では駅の立ち食いうどん屋で紫のドレスを来た黄色い髪の美輪さんが器を片手に白いとろっとしたスープの中から伸び出る白いうどんをすすっている姿が浮かびます。
(おわり)
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