融資の際の銀行の取締役の責任~北海道拓殖銀行の役員、その後~【松井】
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平成20年1月28日、取締役の責任について3つの判例が最高裁から出ています。
問題の金融機関は、平成9年に破たんした北海道拓殖銀行であり、その融資当時の取締役らが被告、原告は、平成10年、同行から、役職員に対する損害賠償請求権等を含む資産を譲り受けた株式会社整理回収機構です。
①ミヤシタ関係(判例タイムズ1262号56頁)
旧商法266条1項5号に基づく会社の取締役に対する損害賠償請求権の消滅時効期間は、10年(民放167条1項)。
5年とする商法522条の適用は、ないよ。
最判 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080128140650.pdf
②栄木不動産関係(判例時報1997号143頁)
20億円の追加融資の実行判断につき、取締役らの忠実義務違反、善管注意義務違反があり、回収不能により会社に生じた損害につき責めがある。
責任がないとした原審をひっくり返す。
③カブトデコム関係(同148頁)
①約200億円の融資、②約540億円の融資、③約409億円の融資につき、取締役らの忠実義務違反、善管注意義務違反を認め、回収不能により会社に生じた損害につき賠償責任を認める。
原審は、①と③の融資については、責めはないとしていたのを最高裁がひっくり返す。
2
いずれも銀行の取締役の忠実義務違反、善管注意義務違反に関する判例です。
端的に明らかとなったのは、旧商法266条1項5号の消滅時効の期間は、5年ではなく10年だということ。
あとの栄木不動産関係事件、カブトデコム関係事件についての最高裁の判断は、原審判断をひっくり返して、それぞれ取締役らの善管注意義務違反等を認めた点、最高裁の思考パターンを示したという点で有意義だと思います。
押さえておかないといけないことは、あくまで具体的事情の基での、北海道拓殖銀行の取締役としての判断の合理性を問われていることです。
たとえば、②栄木不動産関係事件は、実質的に既に無担保で約48億円を融資してしまっている結果となる栄木不動産に対し、担保の提供を要求したところ、20億円の追加融資をすれば不動産を担保提供するとわれ、しかも時間的余裕がなかった(その詳細な経緯はよくわかりませんが)という状況で、22日に代表者と会い、せかされ、検討期間わずか数日の26日には総額約20億円の融資を決定し、実行しています。
事実認定では、「会議の席上では、20億円の追加融資に応じなければ拓銀が担保を取得できず、四八億四〇〇〇万円の保全ができなくなる、栄木不動産は三月にも不渡りを出す可能性があるなどの意見がだされた。」ということです。
また、そもそも栄木不動産は、この約48億円について、仕手戦に費消していたことも分かっていました。
このような状況でなされた20億円の融資の判断について、合理性が検討されました。
つまり、上記の状況で融資したから即ダメという判断をしたわけではありません。回収不能になった、判断が間違っていたでしょと結果責任を問うているわけでは決してありません。
上記のような状況での融資でも、義務違反は認められないということもあり得ます。
また、③カブトデコム関係事件についても同様です。
融資①は、発行済株式総数の25%近い株式を発行する際、株の引受先を関連企業としてその関連企業に引き受けの資金として約200億円の融資をしたというものです。平成2年当時です。担保は、事実上、当該増資する会社、カブトデコム社の株式のみという状況での融資でした。
融資②は、平成4年、カブトデコム社に対し、総額約540億円を追加融資したというものです。不動産担保はとったけど実行担保価格は合計約164億円。同社は同年3月期、地価の下落もあり減収減益状態でした。また前年の日銀考査では、同社に対する債権者S分類(現在のところ最終的な回収には疑問がないが、イ現に延滞し、または今後延滞が見込まれるもの、ロ赤字補てん、滞貨、減産資金等貸出金条件に問題があるもの等、ハ金利減免、棚上げ等貸出金条件に問題があるもの等、その資産価値に瑕疵を生じている貸出し)に相当する懸念が有るとの指摘を得ていました。
融資③は、関連会社であるエイペックスの新規事業が開始する平成5年6月までは、カブトデコム社を破たんさせないように存続させる目的で平成4年11月から、カブトデコム社に対し、合計約409億円の融資を行ったというものです。担保は不動産や株式であったけど、実行担保価格は約110億円だった、と。
この状況で、取締役らの上記融資①、②、そして③の判断は、義務違反か否か。
原審は、融資①と③については、義務違反はないと判断したのですが、最高裁はひっくりかえしました。
それぞれ原審と最高裁の判断の違いの分岐点は何なのか、最高裁は金融機関における融資の判断につき、取締役に対し、何を義務として求めるのか。
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自分なら、そのおかれた状況で、会社の利益を守るため、会社に新たな損害を加えることのないよう、何をどのように判断すべきか。
単に、ちょっとでも危なそうな融資先への融資はNOとしていては、それはそれで利益確保の機会を見過ごし、そのNOの判断によって会社に損害を与えたということもあり得ます。
バランスをどこでどのようにとるのか。
この点、最高裁はかなり厳しいと思います。もしかしたら当事者にしてみれば、それは結果責任を問うているに等しいのではないかと感じるかもしれません。
つまり、取締役、経営者に求められる資質、判断力として、最高裁、つまり法律はそれなりのものを要求しているということです。
抽象的な言い方になりますが。
蛇の目事件判決でも、最高裁は、脅されたら警察に通報すればいいじゃないかというスタンスです。脅されたからといって、明らかに会社に損害を与える判断を法律として認めることはできないよ、と言っています。
上記の北海道拓殖銀行の各事件での取締役らに対しても、最高裁は同様のスタンスかと思います。
同情的であった原審を否定しています。
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栄木不動産事件については次のように判示しています。
「本件追加融資は、このように健全な貸付先とは到底認められない債務者に対する融資として新たな貸出しリスクを生じさせるものであるから、本件過振りの事後処理に当たって債権の回収及び保全を第一義的に考えるべき被上告人らにとって、原則として受入れてはならない提案であったというべきである。
それにもかかわらず、本件追加融資に応じるとの判断に合理性があるとすれば、それは、本件追加融資の担保として提供される本件不動産について、仮に本件追加融資後にその価格が下落したとしても、その下落が通常予測できないようなものでない限り、本件不動産を換価すればいつでも本件追加融資を確実に回収できるような担保力(以下、このような担保余力を「確実な担保余力」という。)が見込まれる場合に限られるというべきである。
したがって、拓銀の取締役であった被上告人らとしては、本件不動産について、総額二十億円の本件追加融資の担保として確実な担保余力が見込まれるか否かを、客観的な判断資料に基づき慎重に検討する必要があったというべきである。」
という状況において、取締役らはどうしたか?
12件の不動産について、不動産鑑定士に対し「机上鑑定で良いから二日程度で返答してほしいこと、時間がないので地上げ途上の物件を含めすべて更地評価で良い」と伝え鑑定を依頼し、電話で、二日後、総額約155億円との鑑定結果の報告を受けた、この口頭の情報のみを基に判断した。
「被上告人らは、他に客観的な資料等をいっさい検討することなく、安易に本件不動産が本件追加融資の担保として確実な担保余力を有すると判断した。」
しかし客観的には、5か月後の本件不動産の実行担保価値は約18億円〜22億円程度にすぎなかったという。
結局最高裁は、「被上告人らの判断は」」「著しく不合理なものといわざるを得ず、被上告人らには取締役としての忠実義務、善管注意義務違反があったというべきである。」と結論づけています。
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また、カブトデコム関係事件の融資①ついては、最高裁はつぎのように述べています。
「一般に、銀行が、特定の企業の財務内容、事業内容及び経営者の資質等の情報を十分把握した上で、成長の可能性があると合理的に判断される企業に対し、不動産等の確実な物的担保がなくとも積極的に融資を行ってその経営を金融面から支援することは、必ずしも一律に不合理な判断として否定されるべきものではない」としつつ、
そもそもカブトデコムを「企業育成路線の対象」としていたことについて、財務内容が極めて不透明であるとか、借入金が課題で業務内容は良好とは言えないなどの報告がされていた状況で、「選択した判断自体に疑問があると言わざるを得ない」、「個別のプロジェクトごとに融資の可否を検討するなどその支援方法を選択する余地は十分にあった」としています。
そして、「株式は不動産等と比較して価格の変動幅が大きく、景気動向や企業の業績に依存する度合いが極めて高いものである」とし、「銀行が融資先の関連企業の業績及び株価のみに依存する形で195億7000万円もの巨額の融資を行うことは、そのリスクの高さにかんがみ、特に慎重な検討を要するものというべきである。」
さらには発行済株式総数に対し、50%以上の株式を新規発行しようとするなか、その3分の1相当、発行した後の株式総数においては10%以上の株の引受代金等として融資されるという状況で、「融資先が弁済を機に担保株式を一斉に売却すれば、それによって株価が暴落する恐れがあることは容易に推測できたはずであるが、その危険性及びそれを回避する方策等について検討された形跡はない」
ということです。
結果、融資①については、「銀行の取締役に一般的に期待される水準に照らし、著しく不合理なものと言わざるを得ず、被上告人らには銀行の取締役としての忠実義務、善管注意義務違反があったというべきである。」としています。
さらに、融資③については、次のように判断しています。
まず。「拓銀は、既にエイペックス事業のために多額の資金を融資し、その大部分が未回収となっていたから、エイペックス事業が完成した後に独立して採算を得られる見込みが十分にあったとすれば、第三融資を実行してでもエイペックス事業を完成させ、そこから債権を回収することによって、短期的には損失を計上しても中長期的には拓銀にとって利益になるとの判断もあながち不合理なものとはいえない。」と一定の理解を示しつつ。
当時の客観的状況として「既にエイペックス会員権の販売不振や相次ぐキャンセル」があり、「エイペックス会員権の売上金役334億円のうち約153億円をカブトデコムが流用していた事実が判明していた」「エイペックス事業の完成にはさらに307億円が必要となると報告されていた」。
「もはや同社は存続不可能との前提でその破たんの時期を数か月遅らせるためのものにすぎなかったという」
「第三融資を実行してカブトデコムを数か月延命させたとしても、それにより関連企業の連鎖倒産を回避できたとしても、協同信用組合の破たん及び拓銀に対するその支援要請を回避することができたとも考え難い。」として、
結果、取締役らの責めを認めています。
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調査義務、客観的な事実調査を尽くしたうえで、各種リスクを判断し、最善の方法を選択したと胸を張っていえるような状況でない限り、失敗したら責任をとるべきといった方向になるかと思います。
なぜなら。
取締役の仕事は、「調査義務、客観的な事実調査を尽くしたうえで、各種リスクを判断し、最前の方法を選択」することだから。
にしても、バブル当時、拓銀がいかにじゃぶじゃぶお金を使っていたか、垂れ流していたかが分かります。
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ところで。
新銀行東京も、いずれ取締役らの責任追及がなされる日がきたりするのでしょうか。
その場合、東京都として追加支出を決定した石原都知事の判断、あるいは議会、議員の判断について、「合理性」が問われることになるのでしょうか。
法的にどのような構成になるのか考えてみると興味深いものがあります。難しいとは思いますが。
どんな場合でも、他人の財産を権限もって利用する場合、その他人に対して善管注意義務が発生する以上、要所要所の判断について「合理性」を問われることになるのでしょう。
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ところで、先日のエントリーである、分譲マンションでの理事会の責任として、電力について新しい会社と契約しようとなったとしても管理組合の総会決議を経るから、失敗した場合、総会で決めたから責めはないということになるのか。
ならないと思う。
財務諸表の確認といった、客観的な情報を出来る限り収拾して、総会に情報提供する義務は出てくると思う。
なので、やはり財務諸表もチェックしないまま、失敗したときのリスクの金額負担を計算もしなままに推し進めたら、後日、区分所有者からこの点を指摘され、損害額を負担しろといわれるおそれがないとはいえない。
理事会の役員の方々は注意したほうがいい。
持ち回り役員にすぎない、素人にすぎないの抗弁が通用するのだろうか。無償の抗弁はダメだろう。一級建築士の名義貸しで、報酬低廉の抗弁は通用しなかった。でもそれは、プロだから。
理事会の理事は、プロか?違う。でも、他人の財産に関わる以上、ダメだろう。
となると、役員になりたがる人はいない。
取締役になりたがる人が減っていくように。
理事会理事の損害賠償保険とかあるのだろうか。
ブツブツブツブツ。
(おわり)
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