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2008年5月

2008年5月29日 (木)

融資の際の銀行の取締役の責任~北海道拓殖銀行の役員、その後~【松井】

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 平成20年1月28日、取締役の責任について3つの判例が最高裁から出ています。
 問題の金融機関は、平成9年に破たんした北海道拓殖銀行であり、その融資当時の取締役らが被告、原告は、平成10年、同行から、役職員に対する損害賠償請求権等を含む資産を譲り受けた株式会社整理回収機構です。

①ミヤシタ関係(判例タイムズ1262号56頁)
 旧商法266条1項5号に基づく会社の取締役に対する損害賠償請求権の消滅時効期間は、10年(民放167条1項)。
 5年とする商法522条の適用は、ないよ。 
 最判 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080128140650.pdf

②栄木不動産関係(判例時報1997号143頁)
 20億円の追加融資の実行判断につき、取締役らの忠実義務違反、善管注意義務違反があり、回収不能により会社に生じた損害につき責めがある。
 責任がないとした原審をひっくり返す。

③カブトデコム関係(同148頁)
 ①約200億円の融資、②約540億円の融資、③約409億円の融資につき、取締役らの忠実義務違反、善管注意義務違反を認め、回収不能により会社に生じた損害につき賠償責任を認める。
 原審は、①と③の融資については、責めはないとしていたのを最高裁がひっくり返す。

2 
 いずれも銀行の取締役の忠実義務違反、善管注意義務違反に関する判例です。
 端的に明らかとなったのは、旧商法266条1項5号の消滅時効の期間は、5年ではなく10年だということ。

 あとの栄木不動産関係事件、カブトデコム関係事件についての最高裁の判断は、原審判断をひっくり返して、それぞれ取締役らの善管注意義務違反等を認めた点、最高裁の思考パターンを示したという点で有意義だと思います。
 押さえておかないといけないことは、あくまで具体的事情の基での、北海道拓殖銀行の取締役としての判断の合理性を問われていることです。

 たとえば、②栄木不動産関係事件は、実質的に既に無担保で約48億円を融資してしまっている結果となる栄木不動産に対し、担保の提供を要求したところ、20億円の追加融資をすれば不動産を担保提供するとわれ、しかも時間的余裕がなかった(その詳細な経緯はよくわかりませんが)という状況で、22日に代表者と会い、せかされ、検討期間わずか数日の26日には総額約20億円の融資を決定し、実行しています。
 事実認定では、「会議の席上では、20億円の追加融資に応じなければ拓銀が担保を取得できず、四八億四〇〇〇万円の保全ができなくなる、栄木不動産は三月にも不渡りを出す可能性があるなどの意見がだされた。」ということです。
 また、そもそも栄木不動産は、この約48億円について、仕手戦に費消していたことも分かっていました。
 
 このような状況でなされた20億円の融資の判断について、合理性が検討されました。
 つまり、上記の状況で融資したから即ダメという判断をしたわけではありません。回収不能になった、判断が間違っていたでしょと結果責任を問うているわけでは決してありません。
 上記のような状況での融資でも、義務違反は認められないということもあり得ます。

 また、③カブトデコム関係事件についても同様です。
 融資①は、発行済株式総数の25%近い株式を発行する際、株の引受先を関連企業としてその関連企業に引き受けの資金として約200億円の融資をしたというものです。平成2年当時です。担保は、事実上、当該増資する会社、カブトデコム社の株式のみという状況での融資でした。
 融資②は、平成4年、カブトデコム社に対し、総額約540億円を追加融資したというものです。不動産担保はとったけど実行担保価格は合計約164億円。同社は同年3月期、地価の下落もあり減収減益状態でした。また前年の日銀考査では、同社に対する債権者S分類(現在のところ最終的な回収には疑問がないが、イ現に延滞し、または今後延滞が見込まれるもの、ロ赤字補てん、滞貨、減産資金等貸出金条件に問題があるもの等、ハ金利減免、棚上げ等貸出金条件に問題があるもの等、その資産価値に瑕疵を生じている貸出し)に相当する懸念が有るとの指摘を得ていました。
 融資③は、関連会社であるエイペックスの新規事業が開始する平成5年6月までは、カブトデコム社を破たんさせないように存続させる目的で平成4年11月から、カブトデコム社に対し、合計約409億円の融資を行ったというものです。担保は不動産や株式であったけど、実行担保価格は約110億円だった、と。 
 この状況で、取締役らの上記融資①、②、そして③の判断は、義務違反か否か。
 原審は、融資①と③については、義務違反はないと判断したのですが、最高裁はひっくりかえしました。
 
 それぞれ原審と最高裁の判断の違いの分岐点は何なのか、最高裁は金融機関における融資の判断につき、取締役に対し、何を義務として求めるのか。

3 
 自分なら、そのおかれた状況で、会社の利益を守るため、会社に新たな損害を加えることのないよう、何をどのように判断すべきか。
 単に、ちょっとでも危なそうな融資先への融資はNOとしていては、それはそれで利益確保の機会を見過ごし、そのNOの判断によって会社に損害を与えたということもあり得ます。
 バランスをどこでどのようにとるのか。
 この点、最高裁はかなり厳しいと思います。もしかしたら当事者にしてみれば、それは結果責任を問うているに等しいのではないかと感じるかもしれません。
 つまり、取締役、経営者に求められる資質、判断力として、最高裁、つまり法律はそれなりのものを要求しているということです。
 抽象的な言い方になりますが。

 蛇の目事件判決でも、最高裁は、脅されたら警察に通報すればいいじゃないかというスタンスです。脅されたからといって、明らかに会社に損害を与える判断を法律として認めることはできないよ、と言っています。
 
 上記の北海道拓殖銀行の各事件での取締役らに対しても、最高裁は同様のスタンスかと思います。
 同情的であった原審を否定しています。


 栄木不動産事件については次のように判示しています。
 「本件追加融資は、このように健全な貸付先とは到底認められない債務者に対する融資として新たな貸出しリスクを生じさせるものであるから、本件過振りの事後処理に当たって債権の回収及び保全を第一義的に考えるべき被上告人らにとって、原則として受入れてはならない提案であったというべきである。
 それにもかかわらず、本件追加融資に応じるとの判断に合理性があるとすれば、それは、本件追加融資の担保として提供される本件不動産について、仮に本件追加融資後にその価格が下落したとしても、その下落が通常予測できないようなものでない限り、本件不動産を換価すればいつでも本件追加融資を確実に回収できるような担保力(以下、このような担保余力を「確実な担保余力」という。)が見込まれる場合に限られるというべきである。
 したがって、拓銀の取締役であった被上告人らとしては、本件不動産について、総額二十億円の本件追加融資の担保として確実な担保余力が見込まれるか否かを、客観的な判断資料に基づき慎重に検討する必要があったというべきである。」  
 という状況において、取締役らはどうしたか?
 12件の不動産について、不動産鑑定士に対し「机上鑑定で良いから二日程度で返答してほしいこと、時間がないので地上げ途上の物件を含めすべて更地評価で良い」と伝え鑑定を依頼し、電話で、二日後、総額約155億円との鑑定結果の報告を受けた、この口頭の情報のみを基に判断した。
 「被上告人らは、他に客観的な資料等をいっさい検討することなく、安易に本件不動産が本件追加融資の担保として確実な担保余力を有すると判断した。」
 しかし客観的には、5か月後の本件不動産の実行担保価値は約18億円〜22億円程度にすぎなかったという。
 結局最高裁は、「被上告人らの判断は」」「著しく不合理なものといわざるを得ず、被上告人らには取締役としての忠実義務、善管注意義務違反があったというべきである。」と結論づけています。


 また、カブトデコム関係事件の融資①ついては、最高裁はつぎのように述べています。
 「一般に、銀行が、特定の企業の財務内容、事業内容及び経営者の資質等の情報を十分把握した上で、成長の可能性があると合理的に判断される企業に対し、不動産等の確実な物的担保がなくとも積極的に融資を行ってその経営を金融面から支援することは、必ずしも一律に不合理な判断として否定されるべきものではない」としつつ、
 そもそもカブトデコムを「企業育成路線の対象」としていたことについて、財務内容が極めて不透明であるとか、借入金が課題で業務内容は良好とは言えないなどの報告がされていた状況で、「選択した判断自体に疑問があると言わざるを得ない」、「個別のプロジェクトごとに融資の可否を検討するなどその支援方法を選択する余地は十分にあった」としています。
 そして、「株式は不動産等と比較して価格の変動幅が大きく、景気動向や企業の業績に依存する度合いが極めて高いものである」とし、「銀行が融資先の関連企業の業績及び株価のみに依存する形で195億7000万円もの巨額の融資を行うことは、そのリスクの高さにかんがみ、特に慎重な検討を要するものというべきである。」
 さらには発行済株式総数に対し、50%以上の株式を新規発行しようとするなか、その3分の1相当、発行した後の株式総数においては10%以上の株の引受代金等として融資されるという状況で、「融資先が弁済を機に担保株式を一斉に売却すれば、それによって株価が暴落する恐れがあることは容易に推測できたはずであるが、その危険性及びそれを回避する方策等について検討された形跡はない」
 ということです。
 結果、融資①については、「銀行の取締役に一般的に期待される水準に照らし、著しく不合理なものと言わざるを得ず、被上告人らには銀行の取締役としての忠実義務、善管注意義務違反があったというべきである。」としています。

 さらに、融資③については、次のように判断しています。
 まず。「拓銀は、既にエイペックス事業のために多額の資金を融資し、その大部分が未回収となっていたから、エイペックス事業が完成した後に独立して採算を得られる見込みが十分にあったとすれば、第三融資を実行してでもエイペックス事業を完成させ、そこから債権を回収することによって、短期的には損失を計上しても中長期的には拓銀にとって利益になるとの判断もあながち不合理なものとはいえない。」と一定の理解を示しつつ。
 当時の客観的状況として「既にエイペックス会員権の販売不振や相次ぐキャンセル」があり、「エイペックス会員権の売上金役334億円のうち約153億円をカブトデコムが流用していた事実が判明していた」「エイペックス事業の完成にはさらに307億円が必要となると報告されていた」。
 「もはや同社は存続不可能との前提でその破たんの時期を数か月遅らせるためのものにすぎなかったという」
 「第三融資を実行してカブトデコムを数か月延命させたとしても、それにより関連企業の連鎖倒産を回避できたとしても、協同信用組合の破たん及び拓銀に対するその支援要請を回避することができたとも考え難い。」として、
 結果、取締役らの責めを認めています。


 調査義務、客観的な事実調査を尽くしたうえで、各種リスクを判断し、最善の方法を選択したと胸を張っていえるような状況でない限り、失敗したら責任をとるべきといった方向になるかと思います。
 なぜなら。
 取締役の仕事は、「調査義務、客観的な事実調査を尽くしたうえで、各種リスクを判断し、最前の方法を選択」することだから。
 
 にしても、バブル当時、拓銀がいかにじゃぶじゃぶお金を使っていたか、垂れ流していたかが分かります。 


 ところで。
 新銀行東京も、いずれ取締役らの責任追及がなされる日がきたりするのでしょうか。
 その場合、東京都として追加支出を決定した石原都知事の判断、あるいは議会、議員の判断について、「合理性」が問われることになるのでしょうか。
 法的にどのような構成になるのか考えてみると興味深いものがあります。難しいとは思いますが。
 
 どんな場合でも、他人の財産を権限もって利用する場合、その他人に対して善管注意義務が発生する以上、要所要所の判断について「合理性」を問われることになるのでしょう。


 ところで、先日のエントリーである、分譲マンションでの理事会の責任として、電力について新しい会社と契約しようとなったとしても管理組合の総会決議を経るから、失敗した場合、総会で決めたから責めはないということになるのか。
 ならないと思う。
 財務諸表の確認といった、客観的な情報を出来る限り収拾して、総会に情報提供する義務は出てくると思う。
 なので、やはり財務諸表もチェックしないまま、失敗したときのリスクの金額負担を計算もしなままに推し進めたら、後日、区分所有者からこの点を指摘され、損害額を負担しろといわれるおそれがないとはいえない。
 理事会の役員の方々は注意したほうがいい。
 持ち回り役員にすぎない、素人にすぎないの抗弁が通用するのだろうか。無償の抗弁はダメだろう。一級建築士の名義貸しで、報酬低廉の抗弁は通用しなかった。でもそれは、プロだから。
 理事会の理事は、プロか?違う。でも、他人の財産に関わる以上、ダメだろう。
 となると、役員になりたがる人はいない。
 取締役になりたがる人が減っていくように。
 理事会理事の損害賠償保険とかあるのだろうか。
 ブツブツブツブツ。

(おわり)
 

2008年5月25日 (日)

物語の力~「流星ワゴン」~【松井】

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 ↑ 
梅田、蛸の徹へ行きました。久しぶりに。美味しかったです。


 重松清さんの「流星ワゴン」を読みました。重松さんの小説は読んだことはなく、知っていた知識としては、幻冬社の見城さんが会社を作るときに、角川書店で元部下であった重松さんに声をかけたけど、自分は小説を書きたいからと参画を断った人ということくらい。
 重松さんの小説では「流星ワゴン」が一番面白いらしいという友人の言葉を信じ、読み始めました。

 最後の十数ページは、ティッシュを傍らに、鼻をかみながら、おいおい涙を流しながらページを繰って読み続けました。
 自分の記憶、心がちょっと洗い流されたような読後のスッキリ感です。


2 
 つい先日、「内観」というものを知りました。 参考⇒石井光さんのページ
 7泊8日ほどこもって、規則正しい生活を送って毎日ひたすら、自分の小学生まで、中学生まで、高校生までと言った具合に過去を区切って、一番身近な存在、母親であったり、父親であったりについて考えるというものらしいです。
 「してもらったこと」
 「してあげたこと」
 「迷惑をかけたこと」

 自分の過去の記憶に遡ってこの3つをひたすら考えてみると、結局、小さいから当たり前といえば当たり前なのですが、自分が「してもらったこと」がいかに多いのか、「迷惑をかけたこと」がいかに多いのか、それにひきかえ自分が「してあげたこと」はいかに少ないのかをひっしと感じ、
自分の客観的状況、過去の出来事は何一つ変わっていないにも変わらず、自身の過去を含めたその人に対する見方、考え方が劇的に変わることがあるということです。
 結局、それは「感謝」の気持ちを抱くことなのではないかと思います。
 嫌いになること、憎くなること、何年も恨みに思うこと、そういった感情があったとしても、その人との関係で「ありがとう」という関係は必ずどこかにあるはず。
 それに気づくかどうか、気づいたら次に自分の行動にどのように反映されるのか。
 
 一生、「ありがとう」ということに気づかないままの人も当然、いると思います。仕事柄、そう感じざるを得ない人と接する経験もいくつかしています。自分の身の回りの不幸な出来事はすべて、自分に責任はないというスタンスであり、35歳もすぎるとそういう方々と接するのは精神的にもしんどく、体調を崩しかねないので以後、仕事上も接することのないように気を付けています。
 人が自分に対して何かをしてくれて当たり前、自分がうまくいかないと思うことがあるとそれは自分ではなく周りのその人のせい。
 すべてを自分以外の人のせいにして、自分が悪かったのではないかという振り返りがない人。
 自分が悪かったのではないかという気づきは、まず周りに対するありがとうの気持ちがないと出てこない。
 親が悪かった、経済環境が悪かった、政治が悪かった、相手が悪かった。
 自分の責任、はどうなのでしょうか。
 仕事でも、私生活でも、人として尊敬できる人とつき合っていきたいです、やはり。20代なら、どんな人とでもひととおりつき合ってみたほうがいいとは思いますけど。35歳を過ぎたら、人生の折り返し地点であり、有限であることを実感できたりするので有意義に、好き嫌いにこだわって快適な時間を過ごそうという防衛本能?が発動されます。


 「流星ワゴン」の主人公は、サイテー、サイアクの現状にいます。38歳。
 妻からは突然離婚を切り出され、中学生の息子は家に引きこもり両親に暴力をふるう、妻もテレクラで知り合った男との逢い引きを重ねる、さらには自分は、会社から突然、リストラ勧告によって職を失う、地元では成功者だけど横暴な父とは疎遠であった、そんな父親が入院生活を送り、生活費欲しさに嫌いなはずの父親の病院に通う。
 「もう死んじゃってもいいかなぁ」、という状況からスタートします。

 しかしラストは、そんなサイテー、サイアクの現状を受け入れたところからスタートし、悔やまれる過去は変えられないけど、それでも自分が出来るところからスタートしようとします。
 それは、自分を変えることです。
 「ワゴン車」に乗って自分の過去を追体験し、違うものの見方、相手の思いを知り、自分の言動を悔やみ、大切にしたいと思う人を大切にしようと考える。
 悪いのは、妻でもない、子どもでもない、父親でもない。
 愚かだったのは、自分。自分しか見えていなかった、自分。

 サイテー、サイアクの現状に戻った主人公は、過去は変えられないけど、新たな気持ちを胸に抱き、改めて妻との関係、子どもとの関係、そして父親との関係を築いていこうとします。
 まずは、自分が変わること。他人のせいにしていは、始まらない。
 主人公は、「ワゴン車」に載せられて、過去をいったりきたりする中で「内観」を深めていきます。そして、気づきを得ます。

 うーん、久々に物語の力、凄さを感じました。
 内観を体験したような感じです。きっとこんなすっきり感なんだと想像しました。
 読み終わったと、周りの人を見る目が少しだけ変わったような気がします。まぁ、これがいつまで持つかなんでしょうけどね。

 やっぱり毎日、瞑想、座禅でもするか。

(おわり)
 
事務所でボーリング大会をしました。投げる大橋。
 ↓
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2008年5月21日 (水)

電気室、再び〜分譲マンションの電気代〜【松井】

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 いわゆる電力自由化によって、電気供給契約において、関西電力、東京電力といった既存の電力会社以外の会社が関与できるようになっているようです。
 このような状況の中、新しい会社がどういった契約システムで営業をしているのか知る機会がありました。


 例えば、私が知っているのは次のような事例。

 分譲マンションの管理組合に対して営業をかける。
 セールスポイントはというと、今、各戸が関西電力に支払っている電力が最大10%お得になりますよ。
 そのシステムはというと。
 分譲マンションには、6000Vの電気を一般家庭でつかえる100Vに変換する変電設備が必ずどこかにあります。
 いわゆる「電力会社の借室問題」というのは、この変電設備が関電の所有する設備であるにも関わらず、消費者であるマンション所有者らがその敷地、空間を関電に提供して、電気の供給を受けている、しかも提供は無償であるという点です。
 何がおかしいのか。
 一戸建て住宅と比較した場合、マンション所有者らが同じ一般消費者であり低圧電力での契約をしているという点で同じである。一戸建て住宅の場合は、この高圧を低圧にする関電の変電設備は電柱にとりつけてあって、一戸建て所有者である消費者は電気の供給を受けるにあたって特別な負担はありません。ところが、マンション所有者らの場合は、上記のように無償で敷地、空間を関電の設備のために提供させられているという点で、余計な負担を負わせられているということです。
 新築の分譲マンションにおいては、工事段階で、デベロッパーと関電とで、変電設備のための空間を無償で提供するという合意書が取り交わされていたりするようです。
  
 このような状況において、新しい会社は分譲マンションの管理組合に営業をかけるわけです。
 つまり、各戸は、低圧電力での契約をしているところ、事業者用の高圧電力での契約に変更させるわけです。
 事業者向けの高圧電力で関電と契約すれば、単価が安くなるので、マンション各戸あたりの電気代も当然に安くなるのです。
 ただ、この場合、管理責任者を用意したりしないといけないという、一般家庭の低圧電力での契約とは異なる負担が生じます。
 この点を、新しい会社が、関電に代わって、管理組合、各住戸に代わって提供しようというのです。
 電気料金の差額のところで、利益を得るわけです。

 ただ、このようにシステムを変更するには、関電の設備である既存の変電設備を撤去して、新たに変電設備を設置しないといけないようです。関電の設備をそのまま譲り受けるといったことは出来ないようです。
 すると、この新たな変電設備は誰のものなのか。
 管理組合が購入するのか?
 それでは新たな設備投資を管理組合が負担することとなり、参入障壁は高いものとなります。

 この新たな変電設備は、新しい会社が投入するわけです。それが、自社所有なのか、リースなのかはともかくとして(たぶん、リース)。
  
 このような状況から、新しい会社と管理組合との間の契約スタイルが導かれます。
 すなわち、 
   契約期間は、10年!
 長っ。

 新しい会社は、この長期にわたる契約期間でもって管理組合を拘束することにより、設備投資の費用を回収するシステムです。
 変電設備がいくらのものかまでは、まだ分かりませんが、10年をもって回収せざるを得ないような金額ということでしょうか。
 あるいは、ただ単に、長期拘束して儲けを確保しようとしているだけなのか。だとしたら、欲がすぎるかと。

 すると、管理組合が検討しないといけないことは明らかです。

 この新しい会社は、10年間、潰れないのかどうか。
 仮にもし、契約期間中に事業廃止、倒産等に至った場合、管理組合には最悪、どれだけの出費が発生せざるを得ないのか。
  
 新しい会社が破産した場合、その会社所有の変電設備であれば、マンション管理組合に買い取るように打診があるでしょう。価値があるにもかかわらず、管理組合が買い取らないのであれば撤去して売却します。あるいはリースであっても、同じです。
 撤去される可能性があります。

 電力の供給自体は関西電力に法的な義務が有る以上、マンションの各戸は新たに元通りに関西電力と契約すればいいだけでしょう。
 ただ、変電設備について、新たに関西電力が無料で設置してくれるのでしょうか。そんなわけはないかと思います。
 だとすれば、いずれにしても最悪、管理組合、マンション住人らは、新たに変電設備を設置しないといけない、その費用負担のリスクが発生するのです。
 これがいくらなのかというのがリスク計算の大事なところだとは思います。

 常に最悪の事態に備える。

 新しい会社が、例えば、自社が倒産あるいは事業撤退した場合、承継企業がこの費用負担をしますといっていても、そんな言葉に承継企業が拘束される法的根拠は、当然、ありません。
 パンフレットの謳い文句を無防備に信じる人々がほとんどかと思いますが、常に疑ってかかってください。
  
 常に疑ってかかることが、消費者被害を防ぐ術、自身を守る術となります。

 この会社は10年の長期契約を求めてきているけど、10年経づして潰れたらどうなるのか。
 まず、潰れる可能性はどうなのかの確認。
 潰れる可能性としては、信用できないものである可能性も高いけど、まずは財務状況を確認する必要があります。
  
 営業をかけてきた会社に対して、過去数年の財務諸表の提出を要求してください。
 そしてのその財務諸表を信頼できる人、財務諸表を読み解く能力のある専門家に見せて、意見を聞いてみてください。
  
 そもそも財務諸表を出せないという会社は、その時点で、見せられない会社の資産状況なんだと判断すべきでしょう。 
 つまり、10年の契約を結んでも、10年もたない可能性が高いといえる。低いとする根拠は何もない、ということです。

3 
 分譲マンションにお住まいの方々。
 疑い深く、最悪の状態を考えてください。

 例えば、連帯保証債務を請求された方は皆さん、こういいます。
 「絶対、迷惑はかけないといわれたから、契約書にサインしたのに。」
 
 人の言葉ではなく、法律と数字をチェックしてください。ウラをとってください。
 利益に比して、それはハイ・リスクなのか、ロー・リスクなのか。
 日常のベースとなる住居に関する事柄については、ハイ・リスク、ハイ・リターンの商品を買う必要はないとわたしは思います。

 
(おわり)

2008年5月20日 (火)

頭の中のまついちゃん【松井】

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 たったったっ、たったったっ。
 まついちゃん1号が時速5キロほどで軽快に走り続ける。
 その横をまついちゃん2号が時速10キロほどのスピードで通り過ぎていく。
 顔は苦痛で歪んでいるが、風を切り続けて、何かに終われるように走り抜けていく。

 はるか後ろではまついちゃん3号がまついちゃん4号と肩を並べ、楽しそうにしゃべりながら散歩するかのようい歩いている。新しい情報が得られた模様。
 その前ではまついちゃん5号が、時速13キロで走り終えたところで、両手を両膝について、苦しそうに立ち止まって肩で息をしている。
 まついちゃん6号は皆からちょっとはなれたところでベンチに座り、調べものか分厚い辞書のような本を膝の上にのせて覗き込んでいる。
 まついちゃん7号は走りたくても走れない状態で泣きそうな顔であたりをきょろきょろとしている。履くつもりだった靴が片方、見当たらないよう。
 あちらこちらで、まついちゃんが何かをしている。
 
 頭の中の「まついちゃん」。


 依頼者の方の事件ごと、それぞれに「まついちゃん」がついている。
 常にまついちゃんは動いている、誰かが何かをしている。
 時速13キロで最初から最後まで走り抜けることもあれば、走ったかと思うとときどき水分補給をしたり、あるいは栄養補給とバナナを食べたり、あるいは体力温存とベンチで休憩したり、あるいは情報収集にと人と接したり、本を読みふけったり。
 
 頭の中にいる最大50人のまついちゃんは常に動いている。本体のまついちゃんが眠っていようが、頭の中のまついちゃんは常に誰かが何かをしている。布団の中で夢を見ているとき、朝トイレの便器に腰掛けているとき、電車の中でドアにもたれ揺られているとき、いつでもどこでも。
 
 だから頭の中のまついちゃんには限りがある。100人のまついちゃんを受入れることは、無理。本体がきっと死んでしまう。100人のまついちゃんがいても、そのうち50人、いつも誰かが眠っているなら100人のまついちゃんもOKだ。でも、それは本体が許さない。
 なぜなら。なまけぐせのまついちゃんが生まれてしまうから。なまけることを覚えたら、きっと頭の中のまついちゃんはどこまでも、どこまでも堕ちていく。だから頭の中のまついちゃんは、全員が常に時速15キロで走り続けることは出来ないけど、それでも、いつも誰かが、何人かが、全力で走っている状態でありたい。
 だから。
 弁護士は体を壊すのか。
 頭の中のまついちゃんが一斉休養するときを作る。プールで1500メートルを泳いでいるとき、ランニングマシーンの上で10キロ走るとき、頭の中のまついちゃん達は一斉に失神する。
 そして次に覚醒したとき、皆すっきりと生まれたてのまついちゃんとして新たにその活動を始める。
 これが今の健康管理法。

3 
 大阪の裁判官の頭の中には100人以上のジャッジちゃんが暮らしている。
 この100人全員が常に、全力疾走、覚醒状態であることを求めるのは無茶というもの。裁判官の過労死が増えるだけだろう。だから、裁判官の頭の中のジャッジちゃんの様子を観察することが大事。
 今は、休憩中なのか、それとも猛ダッシュの前の準備運動中なのか、あるいは猛ダッシュ中なのか。
 裁判官の頭の中のジャッジちゃんと頭の中のまついちゃんが並んで走れるようになれば、いい感じ。
 まついちゃんは競争相手に勝ってゴールを決められる。

4 
 がんばれ、私の頭の中のまついちゃん達。
 働けよ。今日も、明日も。

(おわり)

2008年5月16日 (金)

同性婚 その2 【松井】

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 アメリカのカリフォルニア州の最高裁が判断した模様。
 同性婚を禁止する法律に対して。

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 英語はあまりよく分からないけど、結果として良かったと思う。人が幸福になろうとすることに対して、敢えて阻止する、その利益を上回る利益は、ないだろう、普通。感情の問題以外に。
 偉いな、最高裁。
 感情と理性と理想。

 
「法律学は、
『実現すべき理想の攻究』を伴はざる限り盲目であり、
『法律中心の実有的攻究』を伴はざる限り空虚であり、
『法律的構成』を伴はざる限り無力である」
(我妻榮、1953)

理想の攻究。

(おわり)

2008年5月 8日 (木)

株式の帰属~名義借ってやっぱり駄目よねの巻~【松井】

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↑ ホタルイカ、この季節、大好きです。

1 
 こんにちは、弁護士のマツイヨシコです(なんちゃって営業挨拶をしてみました)。
 このGWをどのように過ごしたかというと、左バーの「Mの早起き日記」を見れば明かなとおり、やはりいつもよりも精神的にはのんびりとした感じで過ごしてはいました。ただ、茂木健一郎さんを見習い、いつも頭の中はフル回転を目指すべく、頭の中ではいろいろと考え続けてみました。なんちゃって茂木健一郎です。「プロフェッショナル」、面白いです。「情熱大陸」も好きです。


2 
 さて。5月初めてのエントリーです。
 自分のメモがてら、また一般的にも珍しくはない問題だとは思うので、株式の帰属についての争いに関して書いておきたいと思います。
 参考資料は、ちょっと古いですが、「大阪弁護士会と大阪地方裁判所各部・大阪簡易裁判所との懇談会 報告集 平成18年度版」から、まずは裁判所での取扱方の紹介を。
 

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□ 株式の帰属に争いがある典型例は、株主であると主張する原告とこれを争う会社との株主権確認との訴えになるが、そのほかにも、株主総会決議の取消し、無効、不存在といった訴えも、株主であることが原告適格を基礎づけるので、原告適格を争うことで株主の地位が問題になる。同族会社等で親族間の紛争を背景とする係争では、株式の帰属の争いを契機に、株主権確認あるいは総会決議不存在等々の各種訴訟、さらには株主総会の招集許可といった非訟事件も含め複数の事件が提起されることがあるが、こういう事案では、株式の帰属の争いを解決することが紛争の抜本的解決につながる。

□ 裁判所は、株主の帰属が争われる事件にも、通常の民事訴訟事件と同じく、早期に事案の内容と争点を把握するために計画的で充実した審理を進めたいと考えている。エッセンスは『判例タイムズ1107号』に掲載しているが、再度紹介しておく。

 株主の帰属の争いも、争点の見極めが必要。株式の原始取得の部分ー設立あるいは新株発行等の場面で、引受けが名義借か否かがよく問題になるーか、その後の贈与、売買等の承継取得の部分かを明確にした上で、審理の対象となる主要事実を確定させ、その主要事実を推認させる間接事実を明らかにして、書証を整理し立証計画を立てる。
 親族間の紛争を背景とするような事件では、被告側の応訴態度が明らかになる早期の弁論準備手続の段階で、当事者の方から親族関係図・系図(親子、兄弟が分かるもの)、株式の取得経過の推移表、取締役等の役員の変遷の表等を提出してもらい、客観的、外形的事実で争いのある部分があるのか否かを早期に確定し、株券発行会社の場合は株券の有無ー株券発行会社でも株券が発行されていないということがしばしばあるーを明らかにする。
 次に、送付嘱託の活用も含め、基本的な書証ー定款、株主名簿、承継取得の場面で議論になる遺産分割協議書、贈与契約書、株主総会の招集通知、総会議事録、配当関係あるいは納税関係の書類等ーを早期に提出してもらっている。」


 株式の帰属に関して、ここ数年で一番の話題となった事件は、西武鉄道の株式の帰属を巡る一連の紛争だったかと思います。確か、親族間でも株式の帰属をめぐって訴訟になっていたように思います。また会社それ事態は、上場廃止になり、有価証券報告書への虚偽記載によって損失を被ったということで株主が損害賠償請求訴訟も提起していました。この訴訟事態は、結果的に株価下落の損害は発生していないという認定を受け棄却となっていましたが。

 同族会社においては、創業者がしきって株式を発行する場合、親族を株主とすることが珍しくありません。このとき、誰が株主といえるのかという点について、「引受けが名義借か否かがよく問題に」なります。

 この点の「審理の対象となる主要事実」は、何か。
 例えば、会社法209条は、株主となる時期について次のように規定しています。
 

「募集株式の引受人は、次の各号に掲げる場合には、当該各号に定める日に、出資の履行をした募集株式の株主となる。
 一 第百九十九条第一項第四号の期日を定めた場合 当該期日
 二 第百九十九条第一項四号の期間を定めた場合 出資の履行をした日」

 まず事実として問題となるのは、出資の履行をしたのは誰かということになるかと思います。
 仮に、創業者がお金をだして出資し、でも引受は孫名義であった場合、名義の借用なのか、それとも孫への贈与なのかということで、当該株式が遺産か否か、誰が株主なのかといった形で問題になります。

 税務署による取扱いの一例ですが、この点、孫らのものとして創業者の遺産ではないとして処理していたところ、相続税の申告における税務署の調査において、当時、孫らはまだ小学生であり自ら出資したとは考えられないこと、他の諸般の事情から、創業者が孫らに贈与したとも認定できないとして、遺産であるとの指摘をうけ、修正申告したというケースも聞いたことがあります。

 裁判所における認定も、実際は、まさにケース・バイ・ケースです。
 ただ、上記の裁判所の指摘にあるように、ポイントははっきりしています。
 ちなみに、最判昭和42年11月17日(会社法百選8)は次のように判示しています。
 

「他人の承諾を得てその名義を用いて株式を引受けた場合、株主となるのは名義貸与者ではなく、実質上の引受人である。株式の引受及び払込については、一般の法律行為の場合と同じく、真に契約の当事者として申込みをした者が引受人としての権利義務を有する。」
 これは原始取得の場合ですが、承継取得ならまた違いますし、株券が発行されている場合は株券を所持しているか否かでまた少し事情が異なってきます。



 不動産などでも名義借用が珍しくありません。
 結果論かもしれませんが、欲を出す人が出てきたときにトラブルの素です。名義借用するときは、信頼して、まさかその人と自分との間で、あるいは他の親族等との間でトラブルになることはないと思っているのだとは思いますが、人は変わります。
 名義借りといったことは、何につけてもしないでおくのが一番ではないかと思います。税金の問題が根本にあるんでしょうけど。

 ところで、遺産分割協議の際、後日の税務署からの指摘を考慮し、敢えて遺産分割の対象から名義借用株式とおぼしき株式を除いておくといった取扱いがあり得るということを聞いたことがあります。税理士としてはそう考えることがありうるのでしょうが、弁護士としては税務署がどうくるかということも予想し、反論も準備して、遺産分割協議を完了させておくというがあるべき姿ではないかと思います。敢えて脱漏させて、それだけについてまた遺産分割協議をしたりしないといけない状態をつくるなんて紛争の種を残したものであって紛争の終局的解決にならない。ただ、この場合、税理士さんが意図することについて私の誤解がまだあるのだろうか・・・。
(おわり)

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