「可否」と「是非」~行動基準~【松井】
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相続税法では、課税相続財産額を算出するにあたり、相続財産から法定相続人1人あたり1000万円が控除されます。
しかしながら、養子については、原則、①被相続人の実子がいる場合には一人まで、②被相続人の実子がいない場合には2人までとされています。
これは、法改正の結果、このようにされたことは有名な話しだと思います。
このような養子についての人数の規制がなされる前、特にバブル崩壊前の相続税対策に汲々とした時代、相続税を節税するために、寝たきりのおじいちゃん、おばあちゃんが1か月で10人と養子縁組するといったことが実際にあったようです。
このような「節税」を防止するため、上記のように養子については人数規制がなされました。
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前々回のブログでも触れた、ベテラン税理士の方がこの当時のことに触れられました。 自身は、当時、依頼者の方に対し、養子縁組をたくさんしたらいいといったことを積極的にすすめることはなかったということです。
もちろん方策として、そのような方法があるということは説明をしたうえで、ご自身は、養親ー養子としての親子の実態を伴わない、まさに単に節税の方策としてだけ行う「養子縁組」というものに対して、違和感を感じ、自身はそのような方策はとらなかったということでした。
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これがまさに「プロフェッショナル」「専門家」だと思います。
税理士、弁護士は、依頼者の方から独立した存在です。依頼者の指揮命令系統に入るわけではありません。そうであるならそれは「雇用」です。
また、「仕事の完成」を約束するものでもありません。そうであるならそれは「請負」です。
税理士・弁護士と依頼者との関係は、基本は「委任」関係です。ちなみに、医師と患者もそうです。
それぞれ独立した専門家として、依頼者の方にアドバイスし、依頼を受けた業務について遂行していくのです。
そこで、依頼者の意思を確認、尊重するのは当然なのですが、その際の「方策」「方針」等について依頼者と意見があわないとき、価値基準・倫理規範に合致しないとき、少なくとも弁護士は依頼を断ることができます。
先の税理士の方にしても、節税のためなら10人と養子縁組をしたうえで、節税対策を進めると依頼者から希望をいわれても、価値基準・倫理規範に合致しないときは、手を引くことができます。
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「可否」と「是非」は異なります。
「是非」を問うことなく、「可否」のみを基準として行動した場合、思わぬ落とし穴に陥ってしまうことがあるかと思います。
株価を上げるという目的のために、株式分割を繰り返す、時間外取引の規制の盲点をついて大量に株式を取得する。
そうです、ライブドア社が行ったことです。
一方で、「可否」を追及することなく、「是非」のみを口にするのは、専門家としてある意味、役立たずともいえるかもしれませんが、「可否」のみで動くのはかえって依頼者に余計なリスクを負担させてしまうことになると考えています。
グレーゾーンを進むべきではないと考えます。
現大阪府知事橋下徹弁護士の著書には「まっとう勝負」という素晴らしいタイトルのものがあります。
グレーゾーンの追及には血湧き肉躍るというのもあるのでしょうが、少なくとも法律の世界では、民事、刑事含め、リスクが高すぎます。
依頼者の要望をそのまま受け入れることが依頼者の利益になるとは限りません。
依頼者の気づいていない視点を提供し、想定できるありとあらゆるリスクを説明し、そのうえで自身の価値観・倫理観に反する依頼は断ることが出来る、これが税理士の醍醐味だとその方は言っておられましたが、弁護士も同じです。こうした弁護士の役割について説明させていただいてもなおご理解いただけない場合、ご相談・ご依頼をお断りさえしています。
「可否」を追及しつつ、行動基準は「是非」でもって。
これが弁護士の仕事の血湧き肉躍るところだと思います。
2月、大阪弁護士会の弁護士2名が、非弁護士との提携禁止規定に違反して事件の周旋を受けたとのことで、弁護士法違反によって逮捕されました(大阪弁護士会会長声明)。容疑が事実だとすれば、非常に悲しいことだと思います。いったい何が楽しくって働いていたのだろうかと。たぶんプロフェッショナルとしての気概、楽しさなんてもう無くなっていたのだろうかと思う。つくづく辞め時が肝心な仕事だと思います。
(おわり)
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