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2008年1月 5日 (土)

「準備書面」再考~多和田葉子さんの域へと~【松井】

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ロング、ロング&ワインディング ロード

明けましておめでとうございます。
2008年、それぞれがよい年となるようにお祈りしております。



 年末、日経新聞に掲載されたエッセイで多和田葉子さんの文章を目にする。修道院を訪れるという、いってみればただそれだけの内容なのだけど、読んでいて不思議な感覚に襲われる。まったく無駄のない簡潔な文章。しかし、簡潔な中にも選び取られた言葉の配列から生じる、空中に漂うような、持ち上げられてふわふわと浮いて読み進むような感覚がする。 
 「多和田葉子」さん。知らなかった。芥川賞受賞作家だった。海外在住。語弊があるかもしれないけど、女・村上春樹のような感じ。その経歴や文章も。
 さっそく「容疑者の夜行列車」という小説を買って読む。
 やはり、簡潔な文章でありながら、ワキからぐっと持ち上げられて進められるような不思議な感覚がする小説、物語、そして何よりもその文章そのもの。



 弁護士も、訴訟代理人をしない人、つまり法廷に立つことがない弁護士もいるようだけど、だいたいは「訴訟代理人」として訴訟手続を遂行する。
 訴訟という独特のルール、つまり要件事実が支配するマニアックな世界。
 訴訟物は何か。
 主要事実は何か。間接事実は何か。立証とは。書証とは。作成の真実性とは。
 そこでは弁論準備期日ごとに、訴訟代理人によって「準備書面」が作成され、提出される。
 
 そこで、様々な文章を目にすることになる。
 
 正直なところ、時々、耐えられなくなることがないでもない。怒りにも似た感情がわき上がることが、ないわけではない。その内容、主張そのものというのではなく、その「文章」に対して・・・。

 自分が作成した「文章」であっても、同様。書き上げたつもりになった後、数時間「寝かせて」読み返すと、目も当てられぬほどのひどく分かりにくい文章であったりすることが、ないわけでもない。
 ひたすら推敲を重ねる。
 削って、削って、削って、削って、削り落としていく。
 
 つらいのは、読み手は裁判官であるところ、読み手として「文章」をどう思うかという率直な感想を聞く機会がないこと。
 もちろん依頼者の方には読んで頂く。率直な感想は、「誰が、いつ、誰に対して、何を、どうした」、という箇所は分かるが、法律論になるとよく分からないと言われることが多い。
 そのようなときは、申し訳ないけど、「準備書面」の読者は、相手方本人でもなく、相手方訴訟代理人でもなく、そして依頼者でもなく、裁判官だけなので、裁判官はこの用語の意味は当然、知っているので、裁判官には伝わりますから大丈夫ですと説明することになる。
 また、あれを書いて欲しい、これを主張して欲しいというリクエストを受けることがあるが、上記の訴訟のルールに照らし合わせて、関係のないこと、あるいは今はもっと先に述べるべきこと、強調すべきことがあるというときは、その旨を説明して記載を見送る。
 依頼者の方が書いて欲しいことを「準備書面」に書くだけであるなら、「弁護士は要らないのではないですか。弁護士の就いていない本人訴訟であれば自分が好きなことを好きなだけ書面に書くことが出来ますよ。」と説明すると、だいたいは分かっていただける。 「訴訟代理人弁護士が就く」というのは、そういうこと。

 書き上げた準備書面は、弁護団事件であれば、他の弁護士達によって編集作業を経るし、うちの事務所のように複数の弁護士がいれば「ちょっと読んでみて感想を聞かせて欲しい。」と意見を聞くこともある。意味が分からないと言われるような箇所、曖昧な箇所は修正したり、削りとっていく。
 文章の「編集」作業を受けるというのは、とても恵まれたこと。



 「準備書面」も、多和田葉子さんの文章のように、研ぎ澄まされて、無駄のない文章にしたい。ことごとく曖昧さを排除した文章に。

 私が原告の訴訟代理人であり、被告が会社である事件があった。期日の前日に被告代理人から提出された準備書面には、「被告の弟は」という記載があった。
 弁論準備期日当日。
 裁判官は部屋に入るなり言った。
 「被告代理人。書面の●頁を見て下さい。『被告の弟』とありますが、「被告」は法人ですよね。法人に『弟』はいません。」。
 文章の巧拙以前の基本。怒りの裁判官。
 
 Watの小池哲平の歌に「わか~る、わか~るよ、君の気持ち♪」という歌があったけど、弁論準備室の中でその歌が頭の中を駆けめぐる。
 


 「準備書面」を書き上げようとしていると、我が身を削って着物を織り上げる鶴の恩返しの鶴になったような気持ちになることが、まだときどきある。
 でも、それはまだまだ精進が足りないから。
 
 人の意見に耳を傾け、何度も、何度も、何度も、何度も、推敲を重ねていくしか上達の道はない。
 それを繰り返し続けることが出来た者だけが到達する領域。いつか「準備書面」の世界においても「多和田葉子さんの域」に辿り付けるのだろうか。

 本多勝一さんの「日本語の作文技術」でも読み返そうか。
 多和田葉子さんのエッセイ本も買った。松本紳助がまだ高校生のころ、海原千里・真里の漫才をホールで見て、その漫才をテープに録音し、自らテープ起こしをしてそのノートを何度も読み返し、海原千里・真里の一体何がそんなに面白いのかを研究しつくしたというように、多和田葉子さんの文章を研究しつくしてみようか。

 「準備書面」の作成は、私にとってはまだ、血反吐を吐きながら我が身を材料にして着物を織り綴っているような思いがする仕事であることもあるけど、でも、だからこそやり甲斐があって、この仕事にまだ飽きないのかもしれない。
 訴訟といえば「準備書面」のほかに「尋問」があるだけど、「尋問」もまた、本番はもちろん、準備のときが、しんどいけどやり甲斐を感じたりする。
 プロフェッショナルである以上、結果が全てではあるけれど、結果に至る過程での「腕の見せ所」こそがまたプロフェッショナルのプロフェッショナルたる所以なのだろう。だからこそ、時間制での報酬という料金体系が取られたりする。

 2008年、「腕を磨き」、精進し、新たなステージに進みたい。

(おわり)

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