紛争解決と交渉の力【松井】
1
「交渉技術は、人間が考え出したすべての法律よりも、一層大きな影響力を人間の行動に及ぼすといえる。何故ならば、人間が現在以上に法律を守ることに細心であったとしても、法律は紛争やきまりのつかない権利主張を無数にもたらし、これは協定を結ぶことによってのみ解決しうるからである。そして、このような協定は、一般的な性質のものも、特殊的なものも、その締結にあたる交渉家の手腕のほどに応じて、各当事者にとって、有利なものとも、不利なものとも、なるのである。」
2
1716年に出版されたフランスの外交官、カリエールの著書の訳文の一文(「外交談判法」坂野正高・訳。岩波文庫。97年第7刷)です。
この本は、以前、同業の友人に勧められ一読した本です。ときどき読み返しています。 法律や裁判で、紛争そのものが終局的に解決するというのは幻想ではないかと思うことが多いです。
裁判で判決をとって勝ったとしても、当事者間の「感情」的なわだかまりは決して消えないことが多いからです。
粘り強く交渉し、訴訟であったとしてもそれなりに両当事者が納得できる「アイデア」を出して、和解で解決するのがいいことのほうが多いのではないかと思います。
カリエールの本には次のような一文もあります。
「立派な交渉家は、彼の交渉の成功を、決して、偽りの約束や約束を破ることの上においてはならない。」省略「何故ならば、だまされた人の心に、恨みと復讐心を残すからである。だまされた人は、早晩、相手に思い知らせようとするものである。」
この「だまされた」というところを訴訟で負けた人と置き換えれば理解しやすいかと思います。訴訟で負けたとしても、本人が納得していない場合、判決の強制執行の問題が生じます。
他人のポケットに手を突っ込んでお金を回収することは出来ません。強制執行という法的手続が必要です。
しかし裁判で負け、支払義務を命じられた方が、素直にお金を支払うでしょうか。
これは会社であっても会社の方針、つまりは経営者の方針、つまりは結局は、個人の資質にいきつきます。
素直に支払う人もいれば、「恨みと復讐心」でもって「思い知らせよう」とする人もいるでしょう。
紛争トラブルは、結局、その事案、つまりその「人」をよく見る必要があります。依頼者にしても、相手方にしても。私の今の理解では。
3
昨夜、うっかり「佐々木夫妻の仁義なき戦い」というTBS日曜ドラマを少し見てしまいました。
稲垣吾郎演じる若手弁護士の事件着手時の不手際。
近隣紛争等の個人対個人の色彩が強い紛争事件において、本人が何らまだ相手方に接触していない段階で、はやばやと弁護士が「代理人」として本人よりも先に表舞台に登場し、相手方に連絡する不手際が描かれていました。
相手方にしてみれば、なぜ本人から何の連絡もないのにいきなり弁護士を頼むのかと感情的に反応するのはもっともなことだと思います。
そういった点にも配慮できる想像力が弁護士には求められます、実際は。
カリエールの一節。「第三 交渉家の資質と行状について」
「そのような資質とは、浮薄な快楽や慰みごとに気を散らすことの決してない注意深く勤勉な精神である。物事をあるがままにずばりと把握し、いちばん近道で無理のない方法で目標に進み、洗練の度がすぎたり、意味もない細かな手立てにおぼえれて、よくありがちなことがら、交渉相手を尻込みさせるというような間違いを犯さない正しい判断力である。」
「気分にむらがなく、物静かで忍耐強く、相手のいうことに、何時でも気を散らさずに耳を傾けられるといことである。人との対応がいつも開けっ放しで、おだやかで、ていねいで、気持ちがよく、また、物腰が気どらないでさりげなく、そのためにうまく相手から好かれるといことである(その反対は、重々しく冷たいそぶりや、陰鬱でむっとしたような顔つきで、これでは相手を尻込みさせるし、反発を招くのが普通である)。」
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日経新聞の「私の履歴書」では、今、前FRB議長のアラン=グリーンスパン氏のものが掲載されています。
グリーンスパン氏については、以前、ボブ=ウッドワード氏の「グリーンスパン」(日経文庫)を読んだことがあったので、今回の連載は興味深く読んでいます。
そこで先日、クリントン前大統領について触れた記載がありました。
「『ミスター・チェアマン』。知事公邸の控え室で待っていると、満面に笑みを浮かべたクリントンがそう呼びかけながら握手を求めてきた。売り込み上手の政治家。そう言われるわけがわかった気がした。会うのを心から楽しみにしていたのだなと思わせる対応ぶりだったからだ。『経済政策の優先順位を決める必要がある。議長の経済の見通しをぜひ聞きたい』彼はこう尋ねてきた。」。
弁護士から、政治家に。ビル=クリントン。
きっと巧みな交渉家だったのだろうと想像します。
いたずらに敵を作らない。
交渉家、弁護士、政治家に求められる資質でしょうか。
特に、政治家などを志すのであれば選挙になってから取り繕っても遅いですよね、どの立候補者がどうというわけでもなく。
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ちなみに、私は、小さいころは忍者を志し、やがてスパイに憧れ、その後は登山家になりたいと思っていました。心惹かれた事柄は、裏方で、地味で、一人でコツコツと築き上げるものがベースのような気がします、今、自分で自覚するにも。
いい交渉家、いい弁護士になりたいと思いますが、まだまだ足りないものが多いです。私が思う「いい」とは、紛争を拡大させることなく、火種が小さいうちに火消しできる技術と能力を有する人々です。火種に風を送り込み、薪をくべ、皆を燃え尽きさせることは簡単。
依頼者の方と和解に向けての打合せをしていると、「どっちの味方ですか!?」と叫ばれることもありますが、依頼者の言い分をオウム返しに口にするだけなら弁護士代理人なんて要らないですといった趣旨の説明させていただくと、納得していただけます。大局的な見地から、もっとも依頼者の利益を確保できる方策を判断し助言させていただくのですが、上記のような台詞を言われる時点で、自分の説明の仕方もまだまだなと反省し、依頼者の方に申し訳なく思います。
大事なことは、相手方にせよ、相談者・依頼者の方にせよ、まずその言葉に真摯に耳を傾ける、ということなんでしょうね。
理屈、ましてや法律でどんな人も説得できるとは思っていません。まずは感情を推し量るということからかと。
にしても。クリントン。やっぱりすごいわ。クリントンの半自伝「マイ・ライフ」、まだ途中までしか読んでいないけど、さっさと読もう。
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