とおり過ぎるゴリラ ~弁護士と公認会計士~【松井】
1
先日、公認会計士の方からアメリカでの実務研修の話を聞いた。
研修の冒頭。
これから皆さんにビデオを見せます。体育館で数名がバスケットボールのパスを行います。フェイントもあります。見終わったとき、何回パスがなされているかをカウントしてください。
体育館の光景。パスをする人々。
終了。
さぁ、皆さん、今見たこのビデオの中でとってもおかしなことがありました。
何か分かりますか。
研修会場にいた多くの人々の中、数名だけが手を挙げた。
あとのその他大勢は、必死で考えるが何のことやらさっぱり分からなかったという。
答えは。
パスを続ける人々の後ろをゴリラが通りすぎた、それもカメラに向かって万歳を数回して。
2
これは監査にあたって全般的な対応が重要だということを身をもって分からせるためのセミナー冒頭の先制パンチだったよう。
話を聞いていて、同じことが訴訟でも言えるのではないかとぼんやりと考えていた。
司法修習生のとき、地方裁判所の民事部で4か月在籍させてもらった。裁判官の目線で、原告あるいは被告から提出される書面や証拠をたくさん目にした。
書面は、時には単なる口ケンカのやり合いのようなものになるものもないわけではなかった。判決書を書く過程のために当事者から提出される書面として、これは何の意味もないのではないかと訝しく思うときもないではなかった。書面をやり合えばやり合うほど、本質と関係のないところへと、どんどん遠いところへと行ってしまっている。
裁判官が置いてきぼりの書面のやりとり。
おそらく言われたら言い返さないわけにはいかないという心理だけで動いているのだろうと思う。
そんなとき。訴訟手続はいわばルールに則った手続であるということに立ち戻ってはどうかと思う。
BTTB
バック・トゥー・ザ・ベーシック
坂本龍一のアルバムのようですが。
3
訴訟物、主要事実、間接事実。
何を主張すべきで、何を立証すべきか。それを立証するには、どの間接事実を主張立証していくべきなのか。
前述のバスケットボールのパスの数を数えることにだけとらわれるのではなく、全般的に判断する。
大きな異常を見落とさない。素朴に考える。
パスの数を数えながらも、体育館をゴリラが横切り万歳をすることに気づく。
こういったことの訴訟手続上の重要性について、瀬木比呂志裁判官はその著書でこう表現していた(「民事訴訟実務と制度の焦点」判例タイムズ)。
「距離をとって事実を見ること(鳥の視点、虫の視点)」
公認会計士の監査も同じなんだろう、通り過ぎるゴリラの話を聞きながら考えた。
さて、自分の訴訟活動はどうだろうか。
公認会計士なら監査法人に所属し、おかしな監査をやっていないかということが常にチェックされている。特に昨今、監査の品質ということで個々の会計士に対してその監査の質に関して厳しいクオリティーチェックがなされているとのこと。評価について最低レベルが2回続くと、解雇される。
弁護士は・・・どうだろうか。勤務弁護士や、上司の弁護士のいる環境で働いていればチェックはなされる(なされないことも、あるかもしれないけど)。
しかしそうでない弁護士にはその弁護技術に対し公認会計士になされるような適正なクオリティー・チェックがなされることは、ない(裁判所や弁護士の中で噂になることはあるかもしれないけど)。競争原理によって淘汰されることも、今はまだたぶんない。
これからは・・・分からない。
誰がチェックできるのか。公認会計士の監査業務の適否をチェックする能力があるのは公認会計士であり、公認会計士しか公認会計士をチェックすることが出来ないのと同じように、そう弁護士しかいない。
弁護過誤訴訟が増えるんだろう、おそらく。
公認会計士が粉飾決算の見落としの責任などを問われて訴えられたり、医師が医療過誤で訴えられたりするのと同じように。裁判官に会計や医療が分かるのかという問題があり、会計については刑事被告人とされた公認会計士の本、「vs.特捜検察」として出ていましたが、裁判官が弁護士の活動の適否が分かるのかというと、弁護士と裁判官の立場の違いというものはあるにしても、少なくとも会計や医療の知識よりは法律知識という点でより裁判所は判断しやすいかと思います。
極端な例でいえば、時効の主張のし忘れとか・・・。
(おわり)
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