「想い」、ファースト【松井】
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成蹊大学の塩澤一洋先生のエッセイを毎月、楽しみに読んでいます。マック・ピープル12月号。
「著作権をポジティブに」というタイトルで、「いい法律家ってどんな人?法律家に期待するアドバイスとは?」として書かれています。
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「『いい法律家』なら、『できないこと』ではなく『できること』を具体的に明らかにすべきだ。そして『できない』『むずかしい』と考えがちなことでも『こうすればできる』というアイデアを示せれば、クリエイティブな法律家になる。相手の質問の真意を理解し、その要望を実現する方策を提示するのだ。そのタイミングが絶妙であれば、そのアドバイスは絶大な価値を持つことになる。いい法律家は、その場で適用されるルール全体を勘案し、前進可能な方向を明らかにするナビゲーターなのである。」
全くそのとおりだと思います。
相談を受け、「出来ません」「無理です」「認められる可能性はありません。」と答えるのは、はっきり言って簡単です。
相談される案件で、100%有利、あるいは100%不利な事案というのはそうそうありません。不利な事柄、有利な事柄が降り混ざっています。そのような中、不利なことだけを拾い上げればいいのです。
ただ、現状では無理、可能性はゼロと回答しつつも、あくまでそれは現状であって、なんとかして目的を達成するために、方策を考えましょうと「クリエイティブ」になるということがもっとも大事なことだと思います。たとえ有利な事項が3%しかなくっても、その3%から有利な結論を導くにはどうしたらいいのかを必死で考えます。たとえ0%であっても、1%の有利な事柄を生み出す方策、そこから逆転を図る方策を必死で考えます。もちろん、不利な事柄についてはその評価を伝え、必要以上に徒に期待を持たせるかのようなこともしません。
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ただ、「クリエイティブ」性の程度、これは相談者の望む方向性に共感を示せるか否かが大きく関わってきます。
残念ながら、心の底から共感できない場合もあります。
何とか相談者の方の立場になってみて物事を考えてみて、それでもやはり共感できないというときは、正直にその旨を告げます。
別の弁護士に相談したら、何とかやってみましょうと言って実現する可能性があるかもしれないが、私は、残念ながら心の底から共感することは出来ません。「クリエイティブ」になれません、そのような状況で受任することは依頼者に不利益をもたらすだけなのでお受けできません、と伝えます。
ある意味、プロではないのかもしれません。共感を示せなくってもプロはプロとして、依頼者のために100%の力を出し切るべきものだと言えばそれまでです。
しかし、相手方のある、既に発生してしまっている紛争についていえば、解決までに要する期間は相当な期間が見込まれます。1週間、2週間で解決することは稀です。
交渉し、下手をすれば訴訟になります。
このとき、代理人としても、この件は何としても解決しなければいけない、何としても依頼者の利益が守られなければならない、獲得されなければならない、という心の底からの「想い」がないと、法律を利用しての戦略についても本当に「クリエイティブ」にはなれないと思います。まずそうそうに諦めるかと思います。
このとき、「想い」のあるなしが、諦めずにさらにもう一歩を踏み出せるかどうかという違いに繋がると思います。「想い」というのは、大げさかもしれませんが「情熱」といってもいいかもしれません。依頼者の方と想いを共有できない件は、まずうまくいきません。対外的にどうこうという以前に、対内的に、依頼者ー弁護士との間で問題が生じます。
相談者、依頼者の方に共感できる件しか、お受けしていません。だからこそ、お受けした限りは、想いをもって取り組むことができます。共有できなくなったときは、依頼者のためにも辞任させていただくこともあります。
取り組む限りは、証拠や流れの状況が読めないとき、不利な心証を開示されたとき、それでもその流れを変えようと心の底から想って、必死に「クリエイティブ」にアイデアを示せるように取り組みます。
法律を使っての理屈は、あとから出てくるくらいの気持ちです。こういう結果を獲得したい、そのために法律をどう使うのか、どう解釈するのか、訴訟戦略をどうするのかという発想の順番です。
法律ありき、ではありません。
価値観が先にあります。
この状況はおかしい、なんか変!という感覚です。なんか変!というときの「なんか」を追及していく作業です。
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一人の女性が原告となって神戸市などを訴えた事件の代理人弁護団の一員になったことがありました。平成7年の阪神・淡路大震災に被災し、自宅を失った女性です。震災後に婚姻すると、独身であれば支給されたはずの支援金の支給が受けられなかったという事件です。支給規定がおかしい、という素朴な疑問と怒りがスタートでした。弁護団で、何がおかしいのかという点を追及していきました。
どのような最高裁判決も素朴な疑問、怒りからスタートしていると思います。
NOVAの解約返戻金の清算規定が特商法に違反して無効だとした今年の4月の最高裁判決にしても、代理人であった弁護士がNOVAに対する怒りから、金額的にはペイしないはずの事件を受任し、最高裁判決を勝ち取るまでに至りました。
「クリエティブな法律家」というのはその案件に必死に取り組めるだけの「想い」「情熱」がある法律家、ということになるのではないかと思います。
まずは、「想い」ありき。
塩澤先生のエッセイを読みながら、「クリエイティブ」「ポジティブ」にそもそも必要なのは、「右なら右にどうしても曲がりたいんだ!」、「この道を右に曲がれないのはおかしい!」という思いだろうと一人突っ込みながら考えていました。
ま、なんでも「駄目だ」と諦めたらそこで終わり。諦めるか否かというのは、想いの強さによるのだと思います。
(おわり)
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