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2007年2月

2007年2月28日 (水)

遺言・相続 個別相談会 実施のお知らせ 【松井】

広報です。

 下記のとおり、事前予約申し込み制による、
遺言・相続に関しての個別相談会を実施いたします。

 日時
    3月15日 木曜日

   1 午後1時30分から
   2 午後3時から
   3 午後4時30分から
 
 費用と相談の時間は、お一人3150円、1時間となります。
 3名の先着順となります。


 今回は試験的な催しとなりますので、平日の日中3枠となりますがご了承ください。
 
 ご希望の方は、プロフィールに掲載の事務所ホームページからメールでご予約いただくか、お電話をお願い致します。

 
 日頃、自身のことに関する遺言について一度専門家の話を聞いて相談してみたい、あるいは相続がおこってしまったけどこれからどういう段取りで進めたらいいのか分からないという方が少なくないかとは思います。
 
 ただ、じゃあ弁護士に訊いてみたいけど、知り合いの弁護士もいない、紹介してもらえる弁護士もいない、市役所などの無料法律相談もあるけど時間は30分しかとってもらえない、というのが実情ではないかと思います。


 最近、弁護士、法律事務所で相談する前に、弁護士でない専門家のところで先に相談をして費用を払っていたりするという方の話をよく耳にします。
 なぜにまず弁護士に相談しようという気持ちにならないのかなぁとつらつらと考えているとやはり、いわゆる「敷居が高い」、いくら払わないといけないのかよく分からない、怖いんじゃないかといった心理的な壁が大きいのだろうと。
 先にこっちに相談に来てくれていればよかったのにと思うようなこともなきにしもあらず。
 ということで、「個別相談会」ということで枠を作ってみました。
 
 
 自分自身を振り返ってみて、専門のところ、専門機関に相談してみたいけどちょっと尻込みするというとき、個別で予約をするよりは、相談会という枠の中で行く方がちょっと気が楽な気がします。
 どうでしょ?

(おわり)

2007年2月26日 (月)

まねきTV事件~事実を尊重せよ~【松井】

Tv

 まねきTV事件というものがあります。去年の8月、仮処分決定が出たときは裁判所のホームページでも速報でその却下決定が公開されていました。
 判例時報18年12月11号でもその決定が掲載されています。
 また事件当事者のまねきTV側ではそのホームページで、抗告審の決定も載せています。
 申立人である債権者、テレビ局側が全面的に負けた事件です。

 

 
 先日研修の際に聴いた、元最高裁判所判事であった滝井弁護士の弁でも印象に残っていたのは、「最高裁判例を変えるのであれば事実を変えないといけない」ということでした。
 つまり「事実」が裁判の基礎、要であるということです。
 事実を法律に当てはめる、法律に当てはめるために事実を歪曲することは出来ません。まぁ、確かに事実といっても証拠によって認定できる事実に限られますがもちろん。

 事実認定のための手続きとして、尋問という制度があります。

 先日、「ゆれる」という西川美和監督の映画をDVDで観ました。オダギリジョーと香川照之が兄弟役で出演している映画で、昨年公開され絶賛されていた映画です。
 観てみると、被告人となった香川照之や、弟のオダギリジョーが法廷で尋問を受ける場面がありました。
 弁護人からの質問、それに対する検察官からの質問。

 「事実」はいろいろな角度から光りを浴びせて初めてその立体像が浮かび上がる(完全でないにしても)。尋問手続きにおける反対尋問というものはそういう意味があります。
 かかる手続きを経て、裁判官によって「事実」が認定されます。
 芥川龍之介の小説「藪の中」のように、死霊となって被害者が証言することがあれば別ですが、生きている者、人間の証言はとかくうさんくさいということでしょう(もちろん、死霊の証言も本当かどうか、裏付けはありません。)。
 
 このように裁判は様々な証拠から「事実」を認定し、それを法律に適用して、裁判結果を出します。すなわち、原告の主張に理由があるのか、ないのかです。基本は二つに一つです。


 まねきTVの仮処分事件では、まねきTV社のビジネス行為は、地上波放送の送信可能化行為であって、これはTV局の送信可能化権等の著作隣接権を侵害しているので止めろといった申立てがなさたものでした。

 これに対して、裁判所は事実認定のレベルで決着をつけたといえます。もちろん、法律解釈について、債権者のほうは、かっなぁり無理な解釈を展開していますが、これはもちろん独自の見解であって、裁判所は事実をもって、侵害行為なしと判断しました。

 判例時報の方で改めて決定の全文を読んで驚いたのは、債権者側がいろいろな点で本当に、あぁ、無理な事実主張、法解釈を展開しているなぁという点です。何としても差し止めしたる!という強い意図を感じます。
 そして、事実、法解釈としては、裁判所の認定、解釈の方がやはり自然、経験則に適うと言わざるをえません。
 
 テレビ局側は、「事実」を直視して対応したらいいのにと思います。

 が、しかし、何と、仮処分も認められなかったのに、本訴を提起することにしたようです(まねきTV訴訟代理人の小倉弁護士のブログ 、WINNY訴訟で著名な壇弁護士のブログ  )。
 
 意地?ですかね・・・。
 
 訴訟でバンバン対応するという正攻法でもって邪魔者を排除していくという手段は、以前のエントリーでも触れたように、元シンガポール首相のリー・クアンユー(もともと弁護士でした。)が得意とし、効果を発揮した手法のようですが、これは大企業が小企業に対して行うときは過剰な嫌がらせでしかないと思うのですが(まぁ、シャネルが日本の片田舎のスナック、シャネルを訴え、ディズニーやコカコーラが訴訟でバンバン対応して、ブランドイメージを守っていることからすれば、あながち不当とまではいえないのかもしれませんが。)。
 しかし今回の件は、仮処分で権利がないって言われているのに、なのに本訴。不当訴訟で反訴してしまったらどうでしょ。

 がんばれ、まねきTV。
 創意工夫をしてビジネス、商売を展開する人を押さえ込む動きは、やはりどうしても基本的に好きになれません。需要があるわけだから、双方が利害を調整してハッピーになれる途を模索するのが建設的な考え方、解決の仕方ではないかと思います。もっとベターな対応があるのではないかと、何にしても。

(おわり)

弁護士との顧問契約ってどうよ~何の対価?~【松井】

Bengosikaikan

 ときどき思うことには、弁護士にも顧問契約というものがありますが、「顧問契約」、「顧問」って消費者、つまりお金を出す方からしたらどうなのかなぁということです。


 うちの事務所などでは、税理士さんには毎月、一定額を顧問料としてお支払いし、事務所のややこしい会計管理をしてもらってはいます。これは毎月毎月、それなりの質、量の仕事があることが当然わかっていて、事務所内では処理できないので、専門家に外注しているようなかたちになります。もちろん分からないことがあったときには相談し、対応してもらっています。対価として相当だともちろん思っています。

 また、パソコン関係のメンテナンスについては、知り合いの法律事務所では特定の業者の方と顧問契約をし、毎月、仕事があってもなくても一定額を払う、その代わりトラブルがあったときでも、その一定額以上は基本的には必要ないというかたちで依頼しているところがありました。例えば1か月1万円だとすると、年間12万円です。修理を都度、外注したときに年間12万円以上がかかるといった見込みがあって初めて、意味がある~もとが取れる~方式です。
 この点、うちはパソコントラブルについては、都度、お願いして、費用をお支払いさせてもらう方法にしています。トラブルが起こっても、年間12万円はかからないと過去のパターンから割り出しているからです。
 
 こういった発想がいわば素朴な経済的合理性に基づく判断になるかと思います。



 
 では弁護士との顧問契約は?
 私などでも顧問契約を締結させていただいている企業、個人はいらっしゃいます。

 ただ最初に申し上げるのは、別に顧問契約を結んでいただかなくても、何かトラブルがあったときや相談したいとき、気軽に電話で連絡をもらったらいいですよ、ということです。
 しかしそうであっても、顧問契約をと仰る方はいらっしゃいます。

 私の考えとしては、まさに自分が依頼する側に立ったときの考えからすれば、上記のパソコンのメンテナンスと同様、弁護士と顧問契約をしても相談することがそれほど多くなければ、都度の相談の方がお値打ちじゃないかという発想です。
 
 要は、何かあったときに、「あ、あの弁護士さんに訊いてみよう」という関係が出来ていればいいだけなのです。
 その対価として、たいした相談量があるわけでもないのに毎月、一定額を支払うというのはどうなんかなぁという素朴な思いです。
 弁護士の経営的に考えると「顧問先が何社」というのは安定収入の一つにはなるし、顧問先から個別の案件の依頼があれば着手金、報酬と結びつきます。しかし、依頼される方にそれ以上のメリット、いかなるメリットがあるのかな、見合わないんじゃないのかなという疑問です。
 
 にも関わらず敢えて顧問契約をという方々は、
 ■ 都度の相談よりも顧問契約料を毎月払った方が割安と判断出来る事情、つまり日々の相談件数が多い場合、あるいは、
 ■ 相談ごとはそれほど多くはなく都度の支払いの方が割安だけども、安心感、対外的に「うちの顧問弁護士は云々」といえる安心料のようなものの対価として顧問料を支払われているのだと思います。

 また従前、まったくつきあいもなく突然、相談をしてもその会社や個人の成り立ちなどの把握にまず時間をとられる、このことを避けたいということで、継続的関係をもつようにしたいということで、毎月の顧問料の支払いという形で継続的関係を保っておくといことなんだろうと思います。

 

 
 ただ、顧問契約のデメリットは、一人の弁護士との顧問契約だと、実際の大きなトラブルがあったときに、その顧問弁護士の得意分野ではなく、出来れば違う弁護士に依頼したいというときに、しがらみがあって違う弁護士には頼みにくいということではないかと思います(顧問先企業が案件によって他の弁護士に依頼していることが分かったら、多くの弁護士は素朴に、へそをまげちゃうんではないだろうか・・・)。
 最近では規模の大きな企業だと、弁護士の使い分け、顧問契約も敢えて複数と行っていたりするところも増えているようです。

 もっとも、思うに、今後、市場原理がますます強く働き、法律サービスの提供市場においては、これまでのような「顧問弁護士」制度は廃れていくと私は考えています。
 
 つまり何かあったとき、「気軽に相談できる弁護士」が増え、弁護士を利用する側が弁護士を事案ごとに選んでいくという時代に遅かれ早かれなると思います。
 その一端が、「顧問制度」の消滅ではないかと。
 その企業の業務、個人の状況などの把握については、弁護士側の理解力、把握力の問題に過ぎないと思います。
 さらにいえば、一度、相談を受ければ、顧問契約がなくっても各企業、個人の個性は十分に把握できていますので、次回からの相談は確実にスピーディになります。
 
 リスクの分散ということが言われますが、「相談できる弁護士の分散」の時代が間違いなく訪れると思います。
 ホームドクターならぬ、ホームローヤーをという言われ方をしたりしますが、これも結局、要は、気軽に相談できる、しかも従前のその人、企業の状況を理解してくれている弁護士をということを意味するのだと思います。
 このこと自体は、確かにそうだと思います。
 ただ、この為の手段として顧問契約が唯一だとは思いません。
 ホームドクターに毎月、顧問料を払いますか?! 

 弁護士に対する支払をいろいろと考えていくと、依頼者・相談者にとっても、弁護士にとっても一番公正なのが、「時間制」というシステムではないのかなと考えています、今のところ。
 ただ、実際、時間制を導入すると、法律事務所の原価計算、利益を加味すれば、たぶん今以上にごく普通の個人の方だとびっくりする金額になってしまうので、事件ごとの着手金、報酬制が一般化しているのだと思います。
 
 どこへ行く、司法試験合格者3000人時代の弁護士は。

*猿のうしろにうつる大きなビルは、去年新築された大阪弁護士会館。使い勝手が悪く、結構、不評の建物。使う人のことを考えることが大切ということを弁護士に思い出させるためにわざと不便な設計をしたという深読みもありうる建物。

(おわり)

2007年2月21日 (水)

「行政訴訟の新しい潮流を読む」 【松井】

20070220
1 

 また研修メモです。
 大阪弁護士会の会派の一つ、友新会主催の研修で、講師は税務訴訟などで有名な水野武夫弁護士に、元最高裁判事の滝井繁男弁護士というまさに豪華な顔ぶれでした。
 

 研修前に配られるレジュメと判例資料の充実ぶりに感動すると同時に、きっちりと全内容を2時間半でまとめられるお二人の講師ぶりにも感動。
 行政訴訟の全体像のみならず、「新しい潮流」が分かったように気にさせてもらえました。
 メモは、また例のごとくマインド・マップ方式でとりました。確かにメモをとっていても楽しいのでよく頭に入り、読み返しても記憶喚起がすぐになされ、これはいいように思います
 

 以下、印象深かった点をメモに。
 
 ■ 処分性について
   処分性の判断においては、実質的な影響力といった点を無視できない。

 ■ 確認訴訟について
   処分性が認められないものでは、確認訴訟でやっていく。
   これまで弁護士が活用していなかっただけ。

 ■ 裁量について
   公共性、公益性とは誰が判断するのか。
   議会であろう。
   でも協議したというだけでいいのか。実質的議論が大事。

 ■ 租税事件について
  ・常識的に判断するようになってきた。
  ・法律の隙間を探してやろうというものについては厳格な傾向

 ■ 最高裁について
   判例を変えるということは、事件を変えるということである。
   事実で勝負。

4 
 
 そういえば、以前、固定資産税滞納による差押え手続きにおいて、対象不動産の選定において市の裁量を逸脱しているのではないか、合理的な理由に欠けるのではないかと、異議申立手続きをとったことがあった。
 すると市は、決定前にその差押えを取りやめ、決定では、異議申立の対象となる差押えがないからという理由で却下をした。 
 「お役所」?
 間違っていたと判断するなら、当事者に一言その旨を伝えて、判断を撤回すればいいだけなのに・・・。そうすればその時点でそもそも異議申立てを取り下げていたよ・・・。なんのために決定か。面子か?

(おわり)

2007年2月17日 (土)

「勝って兜の緒を締めよ」~民事控訴審~【松井】

20070217memo

 「日本弁護士連合会 特別研修会 民事控訴審の審理について ~控訴審の審理と戦略的活用を考える~」という研修を受ける。
 1部の講演の講演者は、以前、大阪高等裁判所におり、現在は司法研修所の教官をされている方、2部のパネルディスカッションには現在、東京高等裁判所に配属の裁判官も参加ということでかなり期待して研修を受けました。
 なかなか興味深かったです。なので、メモ代わりにアップを。

 ちなみに、当日の実際のメモは、現在、レッシグ教授のいるスタンフォード大学のロースクールで研究中の塩澤一洋教授が作成されたマンダラート・メモ用紙・超整理手帖対応版をA3に拡大コピーしたものを使用してみました(写真)。流行?の「マインドマップ×マンダラート」といった感じで面白かったです(こういう「道具類」が実は大好きです)。読み返してもよく分かります、自分だけですが・・・。


 研修は、控訴審というものについて体系だてて進められてかなり網羅的でした。そのような中、個人的に一番印象深かったのは

「勝って兜の緒を締めよ」
という裁判官の言葉でした。

 実感としては分かっていたのですが現在の控訴審の運用の実態を数字で把握すると、おおよそ次のとおりだそうです。
 ■ 一審判決から控訴される割合     約20%
 ■ 控訴審における判決の取消し、変更  約25%
 ■ 控訴審の審理期間          約6か月
 ■ 期日第1回期日で結審         50%

 ちなみに高等裁判所は日本に8つしかありません(東京、大阪、名古屋、広島、福岡、仙台、札幌、高松)。

 この数字をどう捉えるか。
 注目は、一審で勝訴しても、高等裁判所の判決で覆される確率が25%ということです。
 このことを捉えて、裁判官は、被控訴人側であっても、つまり一審で勝訴判決を受けているとしても、控訴人の控訴理由書に対する反論書において、当たり前だけど手を抜かないようにということを言ったのです。
 「勝って兜の緒を締めよ」


3 
 
 述べられたのは、自分を勝たせてくれた一審判決書であっても、反論書において、一審判決の言うとおりであるといったような反論書は意味がないといったことでした。
 勝たせてくれた一審判決書であっても、その理由付け、つまり事実認定、法律論について、批判的に検討した書面を提出する方がよい、不備はないか、補強すべき点はないのかといった観点からということでした。
 
 確かにその通りです。ただ、一審で勝つとついつい気がゆるみ、勝たせてくれた一審判決書についても、よく出来ているなぁなどと変に肯定的になってしまったりするのもまた事実です。
 改めて気を付けようと思いました。
 


 
 また、この指摘も当たり前のことですが、主張は早めに裁判官に伝えるようにということです。裁判所は、当事者がどの点に不満をもっているのか、何を主張しようとするのかを早めに知りたいと思っていますということでした。
 つまり、控訴理由書やその反論書は、控訴審第1回期日よりとにかく早めに出すにこしたことはないということです。控訴理由書についてはちなみに控訴から50日以内にという定めが民訴法に定められています。ただ、裁判官の実感としては、期限が守られているのは事件数のうち半分くらいといった感想ということでした(びっくり!)。
 裁判所は、第1回期日の1週間くらい前には、当該事件について、主任裁判官が記録を精査していることを前提に3人で合議を行い、だいたいの事件の結論、心証を形成するといいます。当然、この時点で当事者の控訴審での主張が出ていなければ、控訴の意味がないに等しい状況となります。



 研修では、講義、パネルディスカッションが終わった後、会場にいた他の裁判官3名の方がそれぞれの意見を述べられました。これらがまた興味深かった。今日のパネルディスカッションでも言われていましたが、一審の裁判官と異なり、1回結審が多い高裁においてはなかなか裁判官の顔がよく見えないなか、高等裁判所の裁判官がどういった心意気で仕事をしているのか、また代理人としてどういったことに気を付けるべきかといったことを改めて確認できました。
 すばらしい研修でした。
 
 あと、備忘録的に。
 当たり前のことを当たり前に。
 訴訟物、要件事実、間接事実、証拠と事実の結びつき、事実の評価、位置づけ。読みやすい書面、理解される書面。それは量ではない。目次が要らないくらいの頁数。時系列での事実の把握。事実認定と法律判断の峻別。判例は、本件事案との異動に触れる。事実のあてはめが重要。
(おわり)
 
 
 

2007年2月16日 (金)

「強い会社」を作る~「空振り」を怖れずに~【松井】

Chocolate
1 
 「強い会社」を作るという言い回しがあります。
 いったい「強い会社」って何をいうのでしょうか。
 ということについて、つらつらと考えてみたことを書き記してみます。それこそ、MBAを持っている人、あるいは現実の経営者であれば当たり前のことなんだろうと思いますが、このことについて弁護士として、法的サービスとしてどういったことを提供できるのだろうかという観点で考えてみたいと思います。
 本当に、つらつらです・・・。



 まずもって、会社、企業が、日々、月々、年々の利益を上げる体質をもっていなければなりません。利益をあげられない企業は、遅かれ早かれ市場から撤退せざるをえません。倒産といいます。
 強い会社、企業とは、利益を発生させることが出来て永続性を持ちうる企業といえます。

 会社であれ、個人であれ、その属する企業から報酬・給与をもらって日々の生活を営む以上は、その企業が、構成員に配分できるだけの「現金」をもたなければなりません。
 この現金支払いも一回限りのものではなく、当然、毎月毎月、永続性をもって支払える状態でなければなりません。そうでなくなった場合、「倒産」状態といいます。
 ということは、企業が企業であるためには、当たり前だけど「利益」を発生させる状況であることが必要です。



 では、「利益」を発生させるためにはどうでなければならないのか。
 
 単純に表現すれば、一つは、売上げ、「入り」を増やす、あるいは維持すること、もう一つは、費用、「出」を減らすことに尽きると思います。



 では、まず「入り」を増やす、あるいは維持するにはどうすればいいのか。

 今得ている「入り」を減らさないようにすることという視点と
 今得ている「入り」をいかに増やすかという視点に分けられると思います。

 ここではいろいろなことが具体的に考えられるところですが、例えば、創業何百年といった企業でも、創業時と何ら変わらないことによって現代においても売上げを維持しているところもあります。変わらないことによって、維持するパターン。変わると、企業として消滅してしまう。例えば、よく京都などにある有名和菓子屋さんとか。

 しかし同じ創業何百年という企業ではあるけど、商品の種類を増やしたり、あるいは販売経路を拡大することによって、莫大な売上げを上げるパターン。伊勢市の赤福とか?
 ここで当然、売上げを拡大するには、何らかの投資が必要となるでしょう。従前の経緯だけでは、維持はありえても、拡大はあり得ない。
 この投資の際、資金をどのように調達するのだろうか。

 自社の利益からか、あるいは出資を募るのか、あるいは借入を行うのか。借入といっても、社債を発行するのか、あるいは特定の金融機関あるいは支援企業などからの借入れになるのか。それぞれのメリット、デメリットを勘案して、資金調達方法を選択します。
 この際、いわゆるファイナンスとして、弁護士が法的サービスを提供できる余地があるのでしょう。しかし弁護士・法律事務所でなければならない必然性はありません。
 
 また、売上げを維持、増やすための戦略として、そもそもの大事な要素の一つに人事戦略があります。
 どのような人材を獲得するのか、また自社にとどめおくのか。労働法規に触れない範囲で、どのようにクリエイティブな契約内容、就業規則を定めるのか。
 この際、労働法規に詳しい弁護士が法的サービスを提供する余地があります。ただ、弁護士の役割、あるいは限界としては、法規に触れないという接点においてであって、クリエイティブな発想に基づく契約内容を提案するという点では難しいかもしれません。

 さらには、売上げ増を狙い、例えば、市場で3位の企業が、5位の企業と合併などして、市場占有率2位の企業に浮上するといったこともあります。
 このときのいわゆる「合併」「統廃合」においては、先の人事の問題などとともに資産や負債の処理を巡って種々の問題が起こります。
 最近の例でいえば、極端な例ですが、住友信託銀行とUFJの合併話の破綻とか。やり方をうまくやらないとこんなレベルで、事後処理のために何億、何千万円という余計な費用がかかります。

 また、新たな第三者と取引関係に入る際の契約書作成作業。これは、いかに自社に有利な条項を入れるかという点よりも、実は、次に触れる「『費用』をいかにコントロールするか」という点にかかってくるかと思います。
 契約締結交渉、契約書作成といった点で、弁護士が法的サービスを提供する余地は当然あります。ただ、世間をにぎわせるM&A交渉においては、大規模法律事務所、著名弁護士だけではなく、金融機関やコンサルティング会社が大きな役割(報酬?)を担っていることからも分かるように、サービス提供の登場人物は弁護士だけではありません。



 つらつらと考えていたら、また長くなってきました。
 今回はひとまずここでストップすることに。

 要するに、強い会社、企業とは、イメージ的にいえば、「イチロー」ではないかと思っています。

 その身体や思考に無駄がない。隙がない。絶え間ない練習に試行錯誤。常に、改善、改善、改善へと進んでいくこと。鋼のようなイメージ。
 法的な訴訟リスクを常に想定して、備え、失敗からは学び改善していく。
 契約書の作成といっても、あまりに一方的に自社に有利な条項は、裁判となった際には無効といわれるリスクが高まることを考慮して、バランスのとれた条項とする。
 つまりすぐれたバランス感覚。近江商人の三方良し(?)の感覚。お客よし、取引先よし、自分よし(?)。
 失敗はあって当たり前。要は、失敗をいかに次に結びつけていけるのか。
 以前みたイチローのインタビュー番組でイチローは言っていました。「空振りは凄い。あの空振りがあったから、その次に打てた。」空振りをすることによって、埋めるべき空白、次になすべきことがはっきりする、だから次に成功するといった趣旨です。

 空振りを怖れずに空振りをし、空振りを次に生かして、ヒットを生み出す。
 弁護士としてもこうありたいと思うし、こういう人を応援していけたらと思います。

 企業の永続性って、これの繰り返しであって、空振りを怖れてバットを振らなくなったら終わりなんだと思います。

 それと弁護士だからかもしれませんが、困難に遭遇したとき、そんなときこそとにかく真っ直ぐに対応する、まわり道なようで結局、ベストの選択につながるという信念があります。シンガポールの初代首相のリー・クアンユーは、首相になる前、弁護士でした。そして政治活動を行っていくのですが、様々な困難に対しては、弁護士だったからかもしれないけど、とにかく裁判でもって決着を付けていきました。どこかの政府みたいに暗殺なんてしません。
 そういえば確か弁護士として?テレビによく出ている橋下徹弁護士が出版した本のタイトルは、「真っ向勝負」だったかと。
 
 「真っ向勝負」できる企業が、最後に強い企業になるんだと思います。

*写真は、R.Savignac という人のCHOCOLATE という絵です。空振りを怖れずに、真っ向勝負。なんとなく、この絵のような気持ちです。好きな絵です。

(おわり)

2007年2月14日 (水)

日本で暮らす権利~法務大臣の裁量~【松井】

Fuhoushuurou

毎日新聞 2007年2月12日 3時00分

イラン一家:13日に入管へ出頭 帰国に向けて
 不法残留し、最高裁で強制退去処分が確定している群馬県高崎市のイラン人、アミネ・カリルさん(43)が帰国に向けて13日、東京入国管理局(入管)に出頭する。身元引受人が11日夜、明らかにした。

 アミネさんの妻と2人の娘の身元引受人を務める同県伊勢崎市の中村三省さん(74)によると、アミネさんは今月9日、高崎市の東京入管高崎出張所で一家全員が帰国するという文書に署名し、同所から13日に東京入管に行くよう指示されたという。一家の仮放免期限は16日に迫っていた。

 入管側は先月12日、在留特別許可は認められないと改めて通告した。その後、アミネさんは、長女で高校3年のマリアムさん(18)の再入国が認められ、日本で1人で生活できることが確認できれば、一家4人でいったんイランに帰国する考えを明らかにしていた。アミネさんは毎日新聞の取材に「妻と一緒に入管に行くが、詳しいことは今は話したくない」と話した。【杉山順平】

「外国人の在留の拒否は国の裁量にゆだねられ、わが国に在留する外国人は、憲法上わが国に在留する権利ないし引き続き在留することを要求しうる権利を保障されているものではなく」
とされています。  これは、昭和53年10月4日の最高裁判決(マクリーン事件判決)で出された結論です。この最高裁判例はその後変更されてはおらず、現在でも妥当する解釈ということとなります。    つまり
、「法務大臣は、在留期間の更新の許否を決するにあたっては、外国人に対する出入国の管理及び在留の規制の目的である国内の治安と善良の風俗の維持、保健・衛生の確保、労働市場の安定などの国益の保持の見地に立って、申請者の申請事由のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢、外交関係、国際礼譲などの諸般の事情をしんしゃくし、時宜に応じた的確な判断をしなければならないのであるが、このような判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う法務大臣の裁量に任せるのでなければとうてい適切な結果を期待することができにものと考えられる。このような点にかんがみると、出入国管理令21条3項所定の『在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由』があるかどうかの判断における法務大臣の裁量が広汎なものとされているのは当然のことであって、所論のように上陸許否事由又は退去強制事由に準ずる事由に該当しない限り更新申請を不許可にすることは許されないと会すべきものではない。」

 群馬県のイラン人一家の方の場合、最高裁まで争ったけど、最高裁は、次に述べるように法務大臣の裁量に逸脱は認められないと判断したのでしょう。
 そうであるなら、あとはまさに法務大臣の裁量の問題でした。

 が、法務大臣は、一家に対する在留許可を認めませんでした。妥協案が、この春進学が決まっていた長女について、留学での在留許可を認めるということだったのでしょう。
 このような裁量上の判断については、既成事実をもって違法行為を見逃すわけにはいかないという行政の強い意思を感じます。
 不法滞在をしたのはお父さんであって、まさにその子には責任はないはずです。子どもは、日本で育って教育を受けてきており、日本語を日常語としており、日本での教育生活を望んでいるといいます。

 例えば、自分の親の都合で逆にイランで育てられたところ10歳くらいになって、突然、日本に帰れと自分がイランにいられなくなるとしたら。
 また戻ってきたらいいという案もあり得ますが、親による転居の手間暇、職の不安などからくる生活の不安定さを考えたら、経済的にも精神的にも相当な負担となります。
 このようなケースが次々と出てくることを怖れての法務大臣の判断なのでしょうが、今回のケースに限りとしたり、あるいは時限的に不法滞在となる一家に名乗り出てもらい、今回に限り特別な判断を行うといった解決が出来なかったのか。この一家の在留を認めなかったからといって、どれだけの「国益」が守られたというのか。得られるものと失うものを天秤に欠けたら、失ったものの方が多いように思います。まさに「情け」ない。


 
 もちろん法務大臣の裁量といっても何でも許されるわけではありません。マクリーン事件判決では次のように述べられています。

 「それが違法となるかどうかを審理、判断するにあたっては、右判断が法務大臣の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全くの事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らして著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、右判断が裁量権の範囲をこえ又はその濫用があったものとして違法であるとすることができるものと解するのが、相当である。」

広汎な裁量です。
法務大臣を動かすには、世論・政治の力しかなかったのでしょう。それでも力及ばず。残念です。

(おわり)

2007年2月 9日 (金)

アンナ・ニコル・スミスさん、死亡~最良の遺言~【松井】


 今日の夕刊の死亡記事で、「巨額遺産巡り争い」という小見出しのもと、アンナ・ニコル・スミスさんが2月8日、米フロリダ州ハリウッドのホテルで倒れて死去、39歳との顔写真入りの死亡記事を見つける。

2 
 去年、雑誌で、5年以上にわたる法廷闘争において最高裁でアンナ・ニコル・スミスさん側が勝訴したという記事を見かけた。アメリカでも遺産を巡る裁判での紛争がこれほど長期に及ぶのかと興味深く読み、その記事を保存していたところだった。さらに、確かその後、アンナさんの息子がアンナさんの入院先の病院で不審死したという記事を見かけたりしていた。
 その渦中の本人が39歳で死亡。

 夜のテレビニュースでも、ワイドショー的にアンナさんの死亡と遺産紛争と不審死について報道しているのを見た。


 遺産を巡る争いと関係者の相次ぐ死が関連しているのか否かはもちろん定かではない。 しかし、関連を思わずにはいられないのも事実。
 しかも今回の死亡報道に接して分かったことでさらに驚いたことには、アンナさんの訴訟代理人であった弁護士が、アンナさんが去年6月に出産した長女の父を名乗りでており、死亡した滞在先のホテルでも同宿していたということ。
 
 そういえば、ちょっと違うけど、患者が担当医師に多額の遺産を譲り渡すという内容の遺言を作成しており、亡くなった患者の遺族と医師との間で訴訟になったとかいう件があったような。
 
 死後、遺された人のことを思うのなら、単に遺言を作るだけじゃなくって、もめないための種々の「地ならし」が必要だとつくづく思う。
 遺された人が不幸だ。

 ところで、遺言信託が流行のようだけど、最良の法的アドバイスはなされているのだろうか。
 法律事務所でもわざわざ「信託銀行」を作ったところがある。人は、「法律事務所」「弁護士」よりも「信託銀行」という器に信頼を寄せると判断してのことだと思う。
 それはたぶん、人的規模に対する信頼なのか。
 弁護士会で「信託銀行」を作ってしまえばいいのにと思ったりする。
 とにかく、必要とする人が、最良の遺言を残せることが出来るようにするために。
 最良の遺言。
 それは、死後の争いが起こりようがない状態であること。ありとあらゆることを想定して、考え抜かれた遺言。

(おわり)

2007年2月 7日 (水)

先を読む力と情報収集と教訓 【松井】

1 
 久々の更新で、つぶやきです。Ohashimatsui

 当たり前のことだけど、こう対応したら次にどうなるのか、で、次にどういうことがあり得るのか、A、B、Cとの展開が考えられる、じゃあ、Aの場合はどう、Bの場合はどう、Cならどうするのか、詰将棋のように考え抜いて、準備するのが弁護士の仕事。

2 
 でも、こんなことは日常の作業、あるいは弁護士に限らない仕事で、皆、やっていること。
 だけど不思議なことに、考えていないの!?という対応に出くわすことがよくある。理解できない。(って、まぁ、「感情」が原因なことは分かっているけど・・・。)

3 
 例えば、交渉や調停や和解。
 判決になったらどういう判決が予想されるのか、その判決が出たときに次に相手方は、これまでの行動パターンから考えてどのような行動に出ると予想されるのか。
 だったら、ここで妥協して合意に達してまとめた方がいいことは、経済的利益に鑑みれば明らか。
 しかし、戦う姿勢を崩さない・・・。

 だれか相手方によい助言者がいれば、ここで話をまとめて、結果、相手方も得るものを得られるのに、こちらの目の前で自ら、断崖に向かって突っ走っていく。
 こちらが止めることは出来ない。不運な人だと呟くのみ。
 
 一つ言えることは、自分以外の周りの声に耳をよく傾けるようにということ。どこかで、「そっちは崖だよ」という合図があるもんだ。

 最近読んだ本で面白いエピソードがある。
 クリントン元大統領は、学生時代、ヒラリーと知り合ったとき、パーティーの席でも自分から話すことはなく、口数少なくしていたため、ヒラリーは最初、自分に気がないのかとがっかりしたということ。
 あとからそのことをヒラリーが口にすると、クリントンは、
「君と君の友人のことをよく知りたかったから(自分は黙って、会話に耳を傾けていた)。」と答えたとのこと。

 適切な判断のためには適切な情報収集、そして適切な情報収集は周りの声に耳を傾けること。
 自分の主張を繰り返し大声で叫ぶだけでは、自分によい結果は得られない。
 教訓。

(おわり)

*写真は、ランチを一緒に食べる大橋と松井。このとき、お互いが担当する事件の方針や考え、弁護士のあり方などについて意見交換をする。一人で考えられることってホント、たかがしれている!今日のキーワードは、「サプライズの提供」。

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