コンプライアンスって何?~こうあるべきだということ~【松井】
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会社のコンプライアンス、法令遵守義務といった言葉が違和感なく新聞、雑誌等で使われるようになってきました。
結局、当たり前と思われていたことが当たり前ではなかったという現実があり、「こうあるべき」ということが強く意識されるようになってきた結果かと思います。
先日行われた独占禁止法に関しての大阪弁護士会での講義において、講師の白石忠志教授は、「ゾレン sollenn」と「ザイン sein」の議論から話を始められました。ドイツ語ですが、法律論においてよく出てくる話で、ゾレン、こうあるべき、といった視点とザイン、こうであるという現状追認的な視点を現します。
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裁判の世界、法律、法解釈の世界においても、最高裁判所においては「ゾレン」、こうあるべきといった視点でものごとを判断する傾向が強くなっているのかなという印象を受けます。
少し古いものですが、判例時報18年9月21日号では、平成18年4月10日に出された、蛇の目ミシンの取締役に対する株主代表訴訟の判決が紹介されていました。
ザイン、現状追認的に判断した一審判決、二審判決を覆し、取締役はこうあるべきだというゾレンの発想で、最高裁は、取締役の責任を認める逆転判決を出したものです(判時1936.27)。
事案は簡略化すると次のようなものです。
「グリーンメーラー」として著名な個人Aとその者が代取を勤める会社I社によって、同人らに筆頭株主になられてしまった蛇の目ミシンの当時の取締役らは、「大阪からヒットマンが二人来ている」などといったAによる脅迫に応じて、Aに対して300億円を迂回融資したといったものです。
ちなみに判例解説によると「グリーンメーラー」の定義は、「株式を大量に取得し、高値で売り抜け又は発行会社にこれを高値で買い取らせて利益を得ようとする者」と記されています。
一審、二審は、当時の取締役らには「外形的には、忠実義務違反、善管注意義務違反があったということができる。」と認定しながらも、「前記のごとき小谷のこうかつで暴力的な脅迫行為を前提とした場合、当時の一般的経営者として、被上告人らが上記のように判断したとしても、それは誠にやむを得ないことであった。」などとして、「取締役としての職務遂行上の過失があったとはいえず、被上告人らは商法266条1項5号の責任を負わない」と判示していました。
まさに、当時、取締役の本人らがおかれた状況としてはやむ得ないよねという同情論に近いものを感じます。
しかしこれに対して、最高裁は厳しい判断を示しました。
「会社経営者としては、そのような株主から、株主の地位を濫用した不当な要求がされた場合には、法令に従った適切な対応をすべき義務を有するものと言うべきである。前記事実関係によれば、本件において、被上告人らは、小谷の言動に対して、警察に届け出るなどの適切な対応をすることが期待できないような状況にあったということはできないから、小谷の理不尽な要求に従って約300億円という巨額の金員を光進に交付することを提案し又はこれに同意した被上告人らの行為について、やむ得なかったものとして過失を否定することはできないというべきである。」
実際の当時の当事者の状況としては相当辛いものがあったであろうことは想像に難くありません。下級審では、「心労を重ね、冷静な判断ができない状況の中で」云々といった表現があります。
ただ、そうであってもやはり、コンプライアンス、法令遵守、経営者たるもの、会社たるものこうあるべきという基準に従えば、現状追認ではなく、最高裁が判示するように、「警察に届け出るなどの適切な対応」がベストのあるべき選択肢だったことは否定できません。後からなら何とでもいえるという批判もあり得るでしょうが、経営責任というのはそれだけ厳しいものだということになるかと思います。
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「仕方ないよね」といった基準ではなく、「こうあるべきでしょう」といった基準に基づいた議論と意思決定が出来ない会社、取締役は、会社に損害を与えた場合、厳しくその経営判断の責任が追及されていきます。
コンプライアンスも究極的には、取締役個人の価値観、行動基準に行き着くのでしょうが、注目を浴びているのが、組織的、体系的に法令遵守の有無をチェックできないかということかと思います。
そこにおいては、会計的な視点と経営判断の適否といった視点が出てくるんでしょうか。
蛇の目ミシンのホームページ(http://www.janome.co.jp/soshiki.htm)を除いてみると、組織図として、社長、取締役会のうえに株主総会が位置づけられています。そして、その間に監査役・監査役会が記され、社長の下には、「コンプライアンス委員会」が設置されています。
日本軍の失策について研究した「失敗の本質」という名著がありますが、蛇の目ミシンはなぜこの件において、取締役らがザインの判断を行い、ゾレンの判断を行うことができなかったのか。
世の中、コンプライアンスが語られる場合、失敗の研究に基づく、あるべき仕組みの研究がなされていることなのでしょう。他の会社がああしているからうちもその仕組みを真似てという程度では機能しなくって、各会社のそれぞれの過去の失敗事例を集めたうえで策を練らないと意味ないのではないかと思います。仏作って魂入れずかと。
あなたの会社はどうですか?
(おわり)
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