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2006年5月

2006年5月24日 (水)

いかに財産を遺すか~合法と違法、そして脱法の狭間~【松井】


 政府税制調査会は、相続税の基礎控除額の減額というかたちで相続税の税収を増やす方向で検討しているらしいです。

東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/00/kakushin/20060512/mng_____kakushin000.shtml

 朝日新聞の紙面ではとってもとっても小さく紹介されていました。


 相続税をいかに納付せずに済むか。つまりいかに財産を多く遺すかは経済合理性として誰もが考えて当然のことだと思います。
 ただ、刑事事件の公判が始まったという大阪のトモエタクシーの元社長の容疑事実はなんだか冴えません。被相続人が床に伏せってから、その資産の何億円という金を外国の金融機関経由でスイスの銀行に送金し、遺産隠しを行ったという容疑です。相続税の申告を担当した税理士ですら、遺産が少なすぎると不審に思ったという報道もされていました。 否認されている様子ですので判決の結果を見守りたいと思います。

 さて、以前、相談を受け調査を行ったときに、ほほう、こんな判例がやっぱりあったのかと思った判例がありますので、自分の備忘録的に記しておきます。

3 
 最高裁平成10年2月13日第2小法廷判決
 民集52.1.38、判例時報1635.49、判例タイムズ970.114

 「不動産の死因贈与の受贈者が贈与者の相続人である場合において、限定承認がされたときは、死因贈与に基づく限定承認者への所有権移転登記が相続債権者による差押登記よりも先にされたとしても、信義則に照らし、限定承認者は相続債権者に対して不動産の所有権取得を対抗することができないというべきである。」

 どういうことかというと、被相続人甲さんがいて、甲さんは土地を所有していました。しかし一方で、Yに対して、負債を背負っていました。甲には子どもXがいました。甲さんはおそらくこう考えました。
 子であるXにマイナス財産の負債は相続させたくない、でもプラスの財産の土地は相続させたい。
 そこで甲は次のようなことを行いました。その法定相続人である子どもXに対して、自分の土地を贈与する死因贈与契約を行い。さらに念入りに、始期付所有権移転仮登記手続をとりました。
     
      甲 ← Y
      | 
      X

 甲さん、死亡。
 Xは何を行ったかというと、相続について単純承認(プラスもマイナスも相続する)ではなく、限定承認を行いました(マイナス財産を相続するが、その責任財産、返済の引き当てとなる財産は、相続したプラスの財産の範囲内)。ちになみに甲の子である他の相続人の一人は相続放棄(マイナスも相続しない、プラスも相続しない)を行ったようです。 一方、甲の債権者のYは、甲の相続財産の限度内においてその一般承継人であるXに対して強制執行することができる旨の承継執行文の付与を受け、これを債務名義として甲が所有した土地について強制競売の申立をしました。
 このYの行動に対して、Xは、競売申立をされたこの土地は相続財産には含まれないとして第三者異議の訴えを起こしたのでした。
 
 結果、上記の最高裁判決となりました。

4 
 判決理由は、次のとおりであり、ある意味しごくまっとうな分かりやすい公平感覚によるものです。こういう判決を読むと、「最後に正義は勝つ」という言葉を思い出します。ただ、「こんなのって、最後は『信義則』でなんでもありだったら、法律を駆使して財産を遺そうとしても徒労だよね。」というぼやきも聞こえます。
 
 「けだし、被相続人の財産は本来は限定承認者によって相続債権者に対する弁済に充てられるべきものであることを考慮すると、限定承認者が、相続債権者の存在を前提として自ら限定承認をしながら、贈与者の相続人としての登記義務者の地位と受贈者としての登記権利者の地位を兼ねる者として自らに対する所有権移転登記手続をすることは信義則上相当でないものというべきであり、
 また、もし仮に、限定承認者が相続債権者による差押登記に先だって所有権移転登記手続をすることにより死因贈与の目的不動産の所有権取得を相続債権者に対抗することができるものとすれば、限定承認者は、右不動産以外の被相続人の財産の限度においてのみその債務を弁済すれば免責されるばかりか、右不動産の所有権をも取得するという利益を受け、他方、相続債権者はこれに伴い弁済を受けることのできる額が減少するという不利益を受けることとなり、限定承認者と相続債権者との間の公平を欠く結果となるからである。そしてこの理は、右所有権移転登記が仮登記に基づく本登記であるかどうかにかかわらず、当てはまるものというべきである。」

 ちゃんちゃん♪

5 
 おそらく必死に考えたスキーム、 
 
  死因贈与契約+仮登記+限定承認 
 
 は2年以上も争ったうえに最高裁判所の「信義則」によってあっさりと否定されてしまいました。
 法の間隙を突く方策は常にこのようなリスクを背負います。法律でいくらこう解釈できるでしょと言い張ったところで、そのことによりもたらされる結果が当事者の利益調整の衡平に適わないときは、ドラえもんのポケット「信義則」の登場によって、覆されてしまうのです。
 スキームを考えるときはこういったリスクも考慮しないと意味ないですよね。技巧に走りすぎるなという教訓です。

 雑誌に載っていた、企業の法務担当者の声を思い出します。いくら練って契約書を作っても、あまりに不公平ということだと結局、裁判所に覆されちゃうんです。だから練りに練って考えて契約書を作ることにそれほどの意味は認められない。
 
 だから契約書文化が進化しないのでしょうか・・・。適当な契約書でも、最後は裁判所が救ってくれる、不合理がまかりとおるはずはないという確信?盲信?でしょうか。
 
(おわり)

2006年5月17日 (水)

「それって何の役に立つの?」~何のための著作権~【松井】

1 
 総論ばっかりで各論を記しておかないと意味がないといえば意味がないのですが、漠然と感じたことなどをメモ代わりにアップしておきます。いつかどこかで思わぬ時に、漠然とした思いが具体的な閃きとなって各論で役に立つことがあるので。

2 
 「デジタル時代においては、情報の複写は呼吸と同じくらい自然なことだ。現行制度は複製のたびに著作権が問題になる。文化を発展させるという、制度本来の目的に照らしてみた場合、著作権法は時代遅れだ。」。2006年5月15日付け日経新聞でのローレンス=レッシグ教授の言葉です。
 
 「十六日にメンバーの意見が一致したのは、NHKが持つ五十万本を超える過去の番組をネットで公開すること。受信料で作成した番組は公共性が高く、過去の番組を自由に見たいという消費者の声は強い。しかし、現在は番組の出演者などから個別に許可を得なければネットで配信できないことが制約となり、ほとんど公開されていない。」(同年5月17日付け日経新聞「NHK、ネットで過去番組」「配信の仕組み整備一致 通信・放送懇)。


 いつのどの新聞記事だったのかメモをとっていなかったので不明確ですが、つい最近の新聞記事で、絵本の読み聞かせについて、これは著作権違反、この場合はOKという一覧表を絵本関係の団体が作成し、公表したといった記事を見かけました。
 
 記事を読んだときの感想としては、「あほちゃうか。」というものでした。
 
 絵本を作った著作権者は、ありとあらゆる場面で著作権違反の場合について、それを問題視する、規制したい、著作権侵害で損害賠償したいといったことを思っているのでしょうか。
 大規模な違法複製等によって著作者の収入の機会が奪われるのは確かに問題です。
 しかし例えば、私立の保育園で、絵本の話を変えて読み聞かせをしたりといったような場合はどうなのでしょうか。いわゆる「目くじら」を立てるのでしょうか。
 「お目こぼし」というとちょっとニュアンスが違って、語弊がありますが、そういった観念はないのでしょうか。

 騒音や悪臭と言った生活圏侵害の問題の場合、裁判例は「受忍限度論」といったものを展開しています。
 人と人が日常生活において関わって生きていかざるを得ない環境においては、多少の迷惑行為といえるものがあったとしても、「受忍限度」を超えない限り、違法とは言えないという議論です。ある程度は、「受忍」、しんぼうしなさいねというものです。「まぁまぁ、そう目くじらを立てなさんな」といったところです。
 
 著作権の場合、著作者とその著作物の利用者との間で「お互い様」といえる関係には直には立たないかもしれません。もっとも、著作者において自己の著作物を全てにおいて完全にコントロール出来るわけではない、利用者における一定の自由を著作者に対する「受忍限度」として認めてもいいのではないかといった、荒っぽいですが、思いがあります。
 
 
 NHKの過去の番組をネットで視聴できるようにという上記の記事では次のように記されています。
 「著作権の制約が緩やかになれば、民放も自社の番組をネット経由で配信する新しいビジネスの機会が生まれる。」

 これこそが、「文化の発展に寄与すること」に繋がるのではないでしょうか。
 著作者等の権利について、砂を一粒一粒数えるように、全てを網羅・コントロールしようとする対応は、考えてみただけでも「息苦しい」思いがします。
 レッシグ教授は言ったようです。
 「デジタル時代においては、情報の複写は呼吸と同じくらい自然なことだ。」。
 自分がデジタル時代に生きているからかどうかは分かりません。ただ、やはり絵本の読み聞かせについてコントロールしようとする姿勢を見て感じるのは、「呼吸」を他人にコントロールされるくらいの息苦しさを感じるということです。
 
 著作権法という昭和46年に施行された法律が制定された目的は、「著作者等の権利の保護」ではありません。保護は手段であって、目的は、「文化の発展に寄与すること」(1条)です。

 絵本の読み聞かせの規制、それって何の役に立つの?

 素朴な疑問です。

(おわり)

追記 

朝日新聞の記事
http://www.asahi.com/edu/news/TKY200605120398.html

児童書四者懇談会作成 手引き
http://www.jbpa.or.jp/ohanasikai-tebiki.htm

2006年5月10日 (水)

マンション管理会社~「ワンストップ・サービス」と利益相反~【松井】

Cimg1187
*事務所からの眺め。左の建物は今秋完成予定の新大阪弁護士会会館ビル、右側は35階建ての超高層マンションです。なお、このマンションと本文とは一切関係がありません。念のため♪

 事件の関係などで、いくつかのマンション管理会社、その経営者の方などとお話をする機会がありました。
 よく耳にするのは、「新築マンションに入居したとき、そのマンションの管理会社を選んだのは、入居している住人ではない」ということです。
 事実としてよくありがちなのは、分譲マンションを建設、分譲販売した会社の関連会社がそのマンションの管理会社としてスタートしているケースです。
 そしてこれは噂としてたまに耳にするのは、こういうケースのマンション管理会社においては、管理するマンションの大規模修繕工事や日常のメンテナンス費用について、相見積もりを取ったりすることは稀、あるいは相見積もりをしても、親会社的な工事会社の入札価額が、マンションの工事費用の積立金額と1円単位で一致しているという、出来レースもどきといったことがよく見受けられるとうことです。


 どういうことか。
 「怒れ!1200万マンション住民―行政差別から生まれる法外な管理費 (単行本)」
市河 政彦  新世紀出版 (2005/12) という本が昨年暮れに出版されています。
 
 分譲マンションの住人は、「法外な」種々の費用を支払っている可能性が高いにもかかわらず、「マンション管理」、特に、意外や金銭面にあまり関心がないということです。
 「関心」は「監視」に繋がります。つまり、マンション管理に動くお金について関心が薄い、監視が弱いのが現状なんだろうと思います。もちろん、あからさまに管理組合の口座から個人名義の口座への振替えといった横領行為が行われるわけではありません。
 聞くのは、前述の「法外な」費用・代金を支払うという形での、いわば管理組合が食い物にされるケースです。


 以前エントリーした「二つの鍵穴」も同様の問題意識です。無関心なのをいいことに、電気会社の変電設備のために敷地をタダで使われている、費用負担をさせられているのではないかということです。
 分譲マンション住人は自分たちのお金のことなのにあまり関心がない。それはなぜか。 消費者被害事件によくありがちなのは、個人個人の被害金額は30万円~50万円というパターンです。これくらいの金額なら、訴訟だなんだとするのも時間、労力、費用がかかるので、何も行動を起こさない、いわゆる泣き寝入りパターンが多いのです。まあ、金持ち喧嘩せずという言葉もありますが。

 マンション住人も同じで、日々、口座から引き落とされる「管理費」はせいぜい2万円前後です。
 100戸のマンションで一戸2万円だったら、2万円×100戸=200万円、年間2400万円ものお金が集められて、費消されていることになるのですが、不思議なことに「1か月2万円」「年間24万円」だと何かあっても、「ま、いっか」という気持ちになります。これが構造だと思います。

4 「マンション管理 大阪ガス、関西トップ級に」
 5月10日の日経新聞の記事にありました。
 
 日経ネット関西版
 【2006年5月9日】
 大阪市系企業を買収──大ガス、マンション管理参入(5月9日)
 「買収後、大ガスが新たに経営陣を送り込む。台所や風呂のリフォームなどの新業務も手掛け、ガス器具の普及も進める見通し。」
 
 新聞記事によれば、「グループの総合力を生かし、幅広いサービスをワンストップで提供する」(大ガス)」らしいです。


 マンション管理はマンション管理組合、住人の利益のために働く(準)委任契約であって、善良な管理者としての注意義務が「住人に対して」あります。
 大阪ガスの管理会社は、「ガス器具の普及も進める」ということですが、これは自社が管理するマンションに対してでしょうか?!
 
 誰の利益を優先させているのかということです。住人よりも、ガスの親会社の利益をはかろうとしているとしか読めません。
 はっきり言って、ごっつい利益相反なんではないのでしょうか。
 こうしてまたマンション住人の利益がないがしろにされていくのでしょうか。


 そういえば、うちのマンションでも先日、全戸のガス漏れ報知器を交換するというので、個別契約ではなく、管理組合全体で契約して、全戸の報知器が交換されました。
 この契約について、住人総会の場において、「交換する必要はないと思う人は、交換を拒むことはできないのか」と質問する方がいました。管理会社から出席していた担当者がこれに回答し、全戸で交換契約をすれば一戸あたり数千円安くなる、ぜひ全戸で契約をと住人をねじふせ、もとい、説明・説得していました。質問者もそれ以上は何もいいませんでした。
 私自身も、なんか変だなと思いながら、まあ今回はいっかという風になってしまいました。難癖つけると後々やりとりが面倒だし、6000円程度のことだし、という抑制が働きました。
 ただ、おそらく探知機の交換業者と管理会社との間で何らかのやりとりはあるんだろうなとは感じました。というか、マンション住人のことを思って管理会社が動いたわけではなさそうというのはよく実感できました。

7 
 「弁護士と利益相反」というエントリーでふれた、遺産分割の場合と保険会社のケースの場合との違いは、弁護士が誰からお金をもらっているのかということです。
 遺産分割の場合、依頼を受けた双方から着手金をいただきます。ある意味、公平です。しかし保険会社のケースの場合、保険会社からしか弁護士は費用を受け取りません。相談者から相談を受けた弁護士が、費用を払ってもらうわけではないものの利益のために、費用を払ってくれる側(保険会社)の不利益になることをするのかどうか、という疑惑があります。
 これが似ているようで異なる点だと思います。

 ちなみに、マンション管理会社は、管理組合から業務委託料の支払を受けます。にもかかわらずなぜに管理組合の不利なことをしうるのか。それは、単に、大金が集まるところに寄っていって、食い物にするという商売の発想があるときでしょう。
 そうではなくて、本当にマンション管理組合、住人の利益のために働き、そこから正当かつ適性な費用の支払をうけ、それで利益を上げる、こういうモデルシステムが働かないと変わらないのかもしれません。
 発想として、「工事」「リベート」でも儲けるという発想が出てくると駄目になるんだと思います。
おわり

追記 
バック・マージンなどについては、~マンション管理組合の自立のために~というブログでマンション管理士さんが「不透明な取引体質」としてふれらていました。

2006年5月 7日 (日)

「公正」と「公正らしさ」~弁護士の利益相反問題~【松井】


 5月3日付けの朝日新聞で、米国の弁護士の意見が載っていました。
 保険会社の保険金不払いが問題とされた中、保険会社が、自社の保険金不払いの決定に対して、不服申立制度を自社で整える、その際、自社が弁護士費用を支払った弁護士に相談できますよというサービスについてのものでした。
 何が問題なのか?
 相談した弁護士は、一体、誰の味方なのか、ということでしょう。


 自身が問題の処理に困って弁護士の法的アドバイスを求めたとします。その際、その弁護士が実は紛争の相手方から弁護士費用を支払われた弁護士だったら、その弁護士が自分の利益を守ってくれると信頼できるでしょうか。
 紛争の当事者について双方の代理人となってはいけない、というのはある意味当然のことです。弁護士の場合、利益相反のチェックといって依頼を受けるときこれを必ずチェックします。うちの事務所のように複数の弁護士がいる事務所では、所属弁護士間での利益相反のチェックもしています。
 そして相談をされた方の紛争の相手方が、顧問先であったりすれば当然、依頼はお断りします。これを秘して受任した場合、弁護士会による懲戒対象となるでしょう。


 では、紛争当事者が共に、利益相反でも構わない、相手方の代理人であっても構わないと、事態を理解したうえで了解した場合はどうでしょうか?
 実は、これが認められているのが、相続の遺産分割事件の場合です。例えば、兄弟6人で遺産分割についてもめたとき、よくあるのが姉妹3人は一致団結しており、長男、次男、三男とそれぞれ対立しているという場面です。
 このとき最初、弁護士は、姉妹3人なら3人が一緒に事務所を訪れ、相談を受けます。そして遺産分割調停の申立を依頼されます。
 しかし実は、姉妹3人が一致団結といっても、相続事件は基本的に相続人それぞれがある意味、一つのパイの分け方を巡って争う立場にあり、この姉妹も利害が対立するものです。
 今は、対男兄弟ということで利害が一致していても、協議が進む中で3人の利害が一致しないことも十分にあり得ます。
 では、利害相反ですから、3人からの依頼は受けられませんというのが果たしていいのかどうか。
 これもまた非現実的な面があります。弁護士コストの問題である。一人一人が弁護士を依頼するとなるとそれなりの費用になりますが、3人の利害が一致しているという前提で3人から依頼を受けるとき、弁護士費用は多少は割安になります。
 そこで、弁護士は、依頼を受ける際、利益相反の状態を説明したうえで、利害対立が表面化した場合は辞任する旨を伝え、それでもというときに同意書をもらって依頼を受けます。
 そして裁判所に委任状を提出する際にはこの同意書も提出します。


 この相続の場合と比べて、保険会社が費用を支払い、用意した弁護士が、保険金不払いの相談を受けるということについて、やはり耐え難い問題があるといえるのか否か。
 相談者が事態の説明を受け、了解しているなら問題がないともいえそうです。
 弁護士においても、保険会社から費用をもらっているからといって、相談者からの相談によって職務上知り得た事柄を保険会社に流せば、守秘義務違反となっておそらく懲戒の対象となるでしょう。なので、米国の弁護士が指摘しているような事態、相談者が金に困って早く解決したがっているということを会社に伝えるといった事態は起こりにくいのではないかと思います。


 しかし、おそらく新聞の米国の弁護士がもっとも問題と指摘しているのは次の点なのだと思います。
 弁護士がいくら、会社からお金をもらっていても「第三者的な立場」で相談者のために相談にのりますよと「公正」に仕事をすることを口にしても、問題なのは、そもそも「公正らしさ」の確保であると。
 「公正」か否かは見えないものなのでなかなか判断できません。結果さえ公正であればいいといっても、その結果がよく見えません。
 そこで大切なのが、「公正らしさ」を保つことです。
 
 この米国の弁護士の指摘を読んで思い出しました。
 刑法の「汚職の罪」です。
 刑法では、公務員は職務に関して賄賂を収受してはいけないと定め、さらに賄賂を受け取って不正な行為を為したときは罪を加重しています。
 不正な行為さえしなければ、お金を受け取っても問題ないとはいえない、ということです。
 このとき刑法の基本書に書いてあったのはこの罰条の保護法益は、「公正らしさ」である、ということでした。簡単に言えば、疑われるようなことはしなさんな、ということです。
 保険会社からお金をもらっても、相談者の利益のために動いていれば問題ない、といえるのでしょうか。既に米国の弁護士からは疑われています。
 相続事件の場合と何が違うのか。考えどころだと思います。


 ところで。刑法にはその刑罰でいかなる利益を守ろうとするのかという保護法益が常にあります。「共謀罪」の保護法益は何でしょうか?協議だけで罪になるといえば、内乱の陰謀の罪くらいしかありませんが。共謀罪の法益はそこまでして保護すべき法益?刑罰は自由を制限しつつ、法益を保護しようとするものであって、適量を間違えると自由を即死させる毒薬だというのは私が愛用していた刑法の基本書の弁です。共謀罪の新設については、それこそ、誰かが何かを企んでいる、共謀しているとしか思えません。
(コメントをくれたy.mさん、アザラシもいいけど、がんばれ取材と報道!)

7 
 一寸の虫に五寸釘のgo2cさんも「弁護士と利益相反」としてこの問題に触れられていますのでトラックバックさせてもらいました。

おわり

2006年5月 1日 (月)

リバース・モーゲッジ~財産を残すのが最善か~【松井】

1 4月30日付けの日経新聞朝刊で「リバースモーゲージって何」とリバースモーゲッジの特集が組まれていた。
 私がこの仕組みを知ったのは、確か、野口悠紀雄教授の本でだったと思う。
 野口悠紀雄教授のホームページ上のコラムでもかなり以前に紹介されているので、おそらくそうだろう。
 http://www.noguchi.co.jp/archive/yomiuri/yom39.html

2 上記でも紹介されているように、要は、不動産を抵当に入れてそれを担保にお金を受け取ることだけど、その仕組みが日本で従前知られている「抵当」とは大きく異なる。
 通常の抵当は、まさに不動産を担保にして何千万円というお金を借り入れ、何年ローンといった形で月々の返済を行い、この月々の支払いが行えなくなったら、不動産を売って手放し、この代金での返済を迫られるというものだ。不本意に不動産を手放すことを余儀なくされる。
 この不動産が、自宅だったら悲惨だ。以前紹介した判例の「情義的な保証人」の事例もまさに、親族の借金のために唯一の財産である自宅を抵当に入れた70歳過ぎの人が自宅を手放さざるを得ないか否かが争われたものである。
 また、ついに問題が世間一般化したアイフルの不動産担保貸付についても同じことだ。安易に不動産を担保にとっていればそれですぐに回収できると、明らかに認知症の人にまで不動産を担保にお金を貸し付けていた事例だ。
 つまり、通常、今暮らしている自宅不動産を手放すということはその人の人生にとって非常に大きな影響、ダメージを与えることとして認識されているのである。

3 では、リバース・モーゲッジはいわゆる不動産担保貸付と何が違うのか。不動産を担保にお金を受け取る点は同じである。この点で、モーゲッジ、つまり「抵当」という仕組みであることには変わりない。
 通常の抵当と違うのは、最初にドカンと何千万円というお金を借り入れ、それをちびちびと返済していくことが予定されているのではなく、逆に、「リバース」ということで、ちびちびとお金の借り入れを受けて、最後にドカンと返済することが予定されているという点である。
 最後にドカンと返済するというのはどういうことか。
 抵当に入れた不動産を売却して返済することが初めから予定されているのである。
 貸し付ける方は、変化する不動産の担保価値を見定めながら、年金のように、月々、お金を貸し付けるのである。
 じゃあ、唯一の資産である自宅を抵当に入れた場合、いつその不動産を手放して売却し、借金の返済に充てるのか?
 自宅が要らなくなったとき、である。
 つまり、住人が死亡したとき、売却して、それまでの借金を代金から返済するという制度である。
 この制度であれば、暮らしている不動産を手放さないといけないという憂き目に遭うことはない。
 むしろ、手持ちの無抵当のまっさらなきれいな不動産を自分が生きているうちに有効利用、消費できることになる。
 困るのは誰か。せいぜい、その不動産の取得をあてにしていた相続人くらいだろう。

4 相続人に自宅不動産を取得させる必要はないと思う者にとっては、これほど資産活用として有効な制度はないだろう。
 日経新聞の記事によれば、東京都の武蔵野市などが制度としてこのリバース・モゲッジを運用しているらしい。
 また民間機関でも、中央三井信託銀行や、東京スター銀行が実施しているらしい。
 この制度が普及するかどうかは、民間金融機関の商品開発能力によるだろう。
 記事に触れられていたように金融機関がこの制度で収益をあげるにはリスク管理能力が求められる。
 ①不動産価格下落リスク
 ②金利上昇リスク
 ③長命リスク
 バブル時のように、不動産価格は常に右肩上がりとの根拠のない算段に基づいて単に不動産を担保にとっておけば間違いないだろうというのではやっていけない商品だ。

5 ところで、韓国はソウルなどマンションが多いけどその一戸あたりの平米数は日本の平均と比べものにならないくらい広いという。そのようなマンションを多くの人が手に入れることが可能となっているのは独自の金融システムがあることによるということを以前、韓国通の知人から聞いた。どんなシステムだったか肝心なことは忘れてしまったので一度、きちんと調べておかないとと思うのだが。
 つまりは一国の金融商品の品数の豊富さは、その金融機関を利用する消費者のライフスタイルに大きな影響力を持つということである。
 不動産を担保にとったり、普通の会社勤務の個人を何も考えずに連帯保証人にとることだけが能じゃないということなんでしょう。
 新聞記事によれば、保証協会などは、この4月から、原則的に個人を連帯保証人にとることは止めたそうです。
 「アンフェアなのは誰か~情義的な保証人~」で触れた、教授の指摘がまさに現実化しようとしているのを感じます。
 思考の枠を自分で限界づけることはないということ。金融商品ももっといろいろとあっていいのではないかということ。
 手っ取り早いのは、諸外国の例を見てみることなんでしょう。

6 最近、話題の貸付の上限金利引き下げ論ですが、先日、海外の法制事情に詳しい先輩弁護士から聞いたところでは、いわゆる欧米では、100万円以下の貸付のときの金利は日本の29.2%どころかもっと高いそうです。日本は低い、と言っていました。では、海外では過剰取り立て問題はないのか、あったとしたらどう対処されているのか。
 このへんも考えどころではないかと思っています。
おわり

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