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2005年8月

2005年8月19日 (金)

東へ西へ 【松井】

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09:30 宝塚市
10:30 神戸市北区
      ★依頼者と現地見分。
11:30 神戸駅発
12:20 大阪市北区
      昼食
13:00 大阪市中央区
      事務所着。
      相手方弁護士へ電話、3本
14:10 北浜駅発
15:30 和歌山市
      ★相談者宅で打ち合わせ
19:10 和歌山市駅発
21:00 帰宅

今日の一日です。
★2件ともにたまたま相続事件関連の仕事でした。

他の事件でもそうですが相続事件では特に、現場 ~それは依頼者宅であったり、相続物件の土地であったり、ビルであったり~ に足を運ぶようにしています。

交通事故事件などのように現地で距離を測ったり、どうということもないのですが、やっぱり自分の目で問題となっている物件などを見ていると、その後、打ち合わせをしていてもイメージがふくらみますし、書面を書いても、相手方と話をしていても説得力が違います。

相続事件では、不動産はほとんど必ず登場し、まさのその分け方が問題となるわけですから、位置や現状を知っておく、自分の目で確認するというのは大変重要です。


「目に映る 全てのものがメッセージ」

松任谷由実の歌の歌詞にあります。
まさに、目にするもの全てが何らかのメッセージを発し、意識には上らなくても、潜在意識でこれを受け止めているはずです。
そしてこのメッセージが思わぬ時に効果を発揮すると信じています。

だから相続事件では特に現地に足を運ぶようにしています。


しかしこの難点は、弁護士が事務所にいなくなってしまうということです。
せっかく依頼者あるいは相手方から電話をいただいても、応対できず、ことを停滞させてしまいます。

特に、相手方弁護士からのときはやっかいです。
こちらが事務所に戻ってから電話をしなおすと、今度は相手の弁護士が、打ち合わせ中、あるいは外出中などで捕まらなくなってしまうからです。

現に、今日、昼、事件の相手方等3件の弁護士に電話をしましたが、幸い二人は在室されていて話が進められましたが、一人の先生は一日不在ということで伝わりませんでした。
一番ひどいときでは、「白山羊さんと黒山羊さん」状態になり、何日も連絡がつけられず、さっきの手紙のお返事なぁに?状態になります。

この先生は捕まらない、と思ったら、ファックスを送るようにはしていますし、また事務所のスタッフにこちらから積極的に要件を伝えて伝言を残すようにしてはいますが。
また、うちの事務所でも、かかってきた電話に対して弁護士が不在であっても、担当のスタッフが要件を聞き取り、迅速に弁護士に伝える体制はとられています。

ただ、まぁ、このように、現地に足を運び、事務所を空けっぱなしというのはそれはそれで問題です。
だから基本的には、「電話をすれば事務所にいる」ということにも価値をおき、これに努めるようにはしています。

現地へ行くのが大事、事務所にいるのが大事、どっちやねん!というところではありますが。


事務所にいたら、起案をしたり、調べものをしたり、そして相談者・依頼者と打ち合わせをしたりと、これはこれでどたばたとはしているのですが、打ち合わせ中以外なら、電話には出られます。
ただ、となると起案、調べものが中断し、結果、これらは電話もかかってこないとき、早朝あるいは晩、あるいは土曜、日曜と必然的に追いやられます。

体が5つあったら、あるいは一日が24時間ではなく48時間だったらと真剣に考えていたこともありました。
若かりし弁護士一年目のときは、寝なければいいんだと思って、睡眠時間を削り、晩の11時に事務所を出て、翌朝7時にはもう事務所に居るといった調子で仕事をしてみたこともありましたが、躁状態になってしまい、止めました。やはり睡眠と休養は大切です。

まさに何事もバランスですね。
今日は、西へ行き、南へ行ったので、バランスをとるなら今度は、北へ行き、東へ行くことでしょうか。
京都に奈良?

ともかく今日の発見は、和歌山市が思っていた以上に近いということでした。奈良へ行くのとあまり変わりません。山の中を南海電車が進んでいくときは、ちょっとした小旅行気分にはなりましたが。

2005年8月12日 (金)

交渉 ~POWER OF NICE~ 【松井】

CIMG0809
弁護士が交渉ごとを担当するとき、相手が弁護士でないとき、常に脅すようにして何も話をする訳ではない。
一人の相手方として話をしているはずだ。ただ違うとしたら、交渉が決裂したときの次の法的な手段を考え準備はしているから、強気であったり、逆に弱気であったりということがあるくらいだろう。
仕事なので、強気に出たらどうか、それとも下手に出たらどうか、相手はどのような反応をするのかということを計算し、演じるだろう。
また場合によっては、即交渉を打ち切り、法的手段をとることも、もちろんある。
一方、お願いをするとき、協力を依頼するときはもちろんそのことをわきまえているはずだ。

交渉ということで、最近気になっていたのは、、
日経ネット 「(8/2)中国海洋石油、ユノカル買収を断念・米議会の反発で」というものだ。

「ユノカル取締役会は提示された条件を比較、一時、シェブロン支持からCNOOC支持へと乗り換えかかったが、CNOOCから米議会の説得役を求められ、取りやめた。」

中国海洋石油は、ユノカルの買収にあたって、シェブロンの提案額を大きく上回る185億ドルを提案していたという。シェブロンの提案は10億ドルだったらしい。
そこで、ユノカルは、シェブロンではなく中国海洋石油に身売りを決断しそうになった。しかし、中国海洋石油がアメリカの石油企業を買収することに対して、アメリカの議会などから反対の声があがった。
これに対して、中国海洋石油は、新聞広告をうち、この買収はアメリカ国民の利益を損ねるものではないことをアピールした。
一方で、中国海洋石油はユノカルの幹部に対して、対議会対策を要求したという。
一部の報道では、このような要求に対して、ユノカルの幹部がへそを曲げ、交渉決裂となったということだ。

つまり、交渉は、一要素では決まらないということだ。経済的な利益、値段だけでは決してまとまらない。当たり前だけど。
これほどの大きな交渉においても、人間くささが見える。実際のところは、やはり政治的なことだったのかもしれないけど、
一部の報道であった、中国海洋石油がユノカル幹部に米国議会の反対意見を押さえ込むようにと要求し、これに幹部が怒ったという報道に興味を持つ。

「なんでそんなことをえらそうにこっちに言ってくんねん!あんたの国はそれで通じるかもしれんけど、ここは中国ちゃうねん、アメリカやねん。議会が口だししてくることそりゃ、今回、ことがことなだけに、あるやろうけど、その口封じを何でうちがせやなあかんねん。金だしゃ、誰でも人が自分の言うことをきいてくれると思ったら大間違いやで!」といったところなんだろうか。

興味深い経緯だ。
真実は分からないけど。

人は、やはり感情の生き物だ。
交渉も感情だ。単純な数字の計算、損得だけではないとうことだろう。

交渉時、カッとなることがあってもよほどのことがない限り、ぐっとこらえる。
でも、この人との交渉の成否がこちらの利害に何の影響もないと分かっているときは、この人との関係は切っていこうと腹で考える。
なぜなら。
相手の感情を考えない言葉を口にするような人物を人として信用できないからだ。
その相手は、自ら作らなくてもよい敵を作ったことになる。
ユノカルも、中国海洋石油を信頼できないと判断したんだろう。

信頼できないということはどういうことか。
この人とは仕事をしたくない、ということだ。
つまり、きっとそのうちもっとイヤな目に遭わされるだろうという危険予知なんだろう。

昔読んだ、イギリスの法廷弁護士の本(弁護のゴールデンルール)に書いてあった。

法廷では常に好人物たれ、と。
適性証人に対しても、その人をいじめていると見えるようなことは決してするな、と。

また最近買って途中までしか読んでいないアメリカの弁護士の交渉本の原題は、

「POWER OF NICE」 だ。

偉そうな態度、相手を不愉快にする言動をとって得することなんて結局ないってことだろう。


なぜ今日、こんなことを考えたかというと、今日初めて電話で話した相手から、思わぬ敵意をあらわにされて、とってもイヤな思いをしたから。
あそこにお金を落とすことは決してしないようにことを運ぶと堅く決心した。
あそこじゃないとこっちが困る理由は何もないから。
こう考えると、今日の電話の相手は、経営者としてはいまいちということだろう。「いい人力」がなかったということか。トップがこれでは会社としてのサービスも推して知るべし。


と、ここでブログを締めくくったらただの悪口日記になってしまうので、最近ずっと考えていた心和む事柄を。

朝、事務所に出る前にコーヒーを買うのが習慣となった。
テイクアウトで、カップを事務所の自分の席に持ち込み、朝の仕事前にちょっと一息つく。これは、たまたま事務所の近くに出来た大阪証券取引所ビルの1階に上島珈琲がテナントとして入ったので、ここに立ち寄って、コーヒーを買うことが習慣となっただけにすぎない。
ほとんど毎日のように通い、そのうち頼むコーヒーも、「ミルク珈琲、ホット、レギュラーサイズ、テイクアウト」に決まる。
するといつの頃からか、20代の女性店員さんが、珈琲を渡してくれながら、「いつもありがとうございます。」と声をかけるようになった。
しかも、そのうち、注文しようとレジに並ぶと、顔を見ただけで、「いつものものでよろしいですか。」と声をかけるようになった。
朝、清々しい思いで事務所のビルに入る。

何が清々しいかというと、その努力だ。
レジに並ぶとき先客がいて、先客が注文しようとすると、彼にも、彼女は、「いつものものでよろしいですか」と笑顔で訊いていた。
朝、毎日この店に立ち寄る客のいったい何人の顔と頼む珈琲を彼女は覚えているのだろうか。
これで彼女が掴んだ客の数は、まさに数知れないだろう。
私が何か会社のオーナー経営者だったりして人材募集をしていたら、まず彼女をスカウトする。

相手の感情をおもんばかることを知らない50過ぎのオーナー経営者と
客の心を掴む努力を怠らない20代の女性アルバイト店員。

この違いは一体どこから生まれるのか。
意識の高さ、志(こころざし)の違いなんだろうなぁ。

NICE よい人であることの力だよ、付け焼き刃じゃいかんだろうな。

「弁護士=変人」らしいし。しかし、彼の言葉では、弁護士<医師 らしいしなぁ。彼と一緒に働くお医者さんが可哀想だ。

やっぱり笑顔で、敬意をもって。これが基本だ、改めて実感。


♪♪
釣りに行こう  釣りに行こう
    雨がやんだら迎えに行くね
釣りに行こう  釣りに行こう
    いつもの場所へ迎えに行くね 
                 ♪♪
(宮沢和史 THE BOOM)

2005年8月 1日 (月)

「吉田茂JASRAC理事長は極論を持ち出した。」【松井】

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7月30日の日経新聞記事。この先は、またしても備忘録で、気になってフォローしなくちゃと思いながら、フォローできていないことについて、思いつきを書いているだけなので、そんな不正確なことを書くなというコメントをしたくなる方は読み飛ばしてください。友人のブログで、不正確な知識に基づいて文句を書くなという文句を書かれていたけど、だったら読まなきゃいいし、自分で調べりゃいいじゃんと思い、そんなコメントをつけられた友人がちょっと可哀想になったことがあった。私もそんな目には遭いたくないので長ったらしいけど前置きを。


私的録音録画補償金について、iPodなどの携帯デジタル音楽もプレイできる機器に新たに課金するか否かで、文部科学省の諮問機関である文化審議会・著作権分科会法制問題小委員会が結論を先送りにしたことに対し、JASRAC(日本音楽著作権協会)などが記者会見を開いたというもの。

「『補償金制度の空洞化が進めば、私的複製の自由そのものの是非を問わざるを得なくなる』と吉田茂JASRAC理事長は極論を持ち出した。」

日経新聞には、こう書かれていた。「極論を持ち出した。」

まるで「所場代を払わないと営業できないかもしれないぞ」と脅したのと同じように書かれている。

このように発言したのだとしたら、まぁ、iPodに課金できないなら、私的複製の自由も亡くなっちゃうかもよと言ったのと同じだろう。

何者、吉田茂、JASRAC理事長。


去年から、CCCD(コピーコントロールCD)が出回らなくなっているらしい。レコード会社の方針として、この役目は終えつつあるということで利用されなくなっているようだ。
そうだろう、そうだろう。
私も初めて目にしたとき、なんだこれはと扱いにくさに驚いた。PCのCDプレーヤーで再生し、保存して聴こうとしてもすんなりといかないのだ。
なんだか聴くのもイヤになってそのCDは聴かなくなったし、CCCDのCDはなんだか買う気力を失せさせる。
それが、ほんのちょっとしたことだけど消費者心理というものだろう。


今年になって、「社団法人私的録画補償金管理協会」(SARVH)の存在を知った。
政令で指定された、DVD録画機などを買ったら、例えば、カタログ表示価格の65%の1%、上限1000円の補償金が実は上乗せされていて、このお金は、メーカーから、社団法人電子情報技術産業協会といった社団法人に流れ、さらに、この社団法人私的録画補償金管理協会に流れ、そして、私的録画著作権者競技会などに流れ、そして社団法人日本民間放送連盟あるいはJASRACなどに流れついているという。

SARVHの理事長は、誰だろう。
吉田茂JASRAC理事長と同じ、やはり元公務員の人なんだろうか。


補償金制度というものが、本当に守られるべき著作権者の利益になるんだろうか。
著作権者のもとにお金が流れつくまでに、このお金の川に一体何人がその手を突っ込んで、川の水をすくいあげているんだろう。

もっと違う、合理的な収益確保のシステムがあるような気がするのだが。


iPodに補償金を課金できないなら、私的複製の自由も認めないかもね、というのは、あまりに自分が利益を確保するのに楽な方法を考えすぎではないのか。
もっと知恵を出してもよいのではないか。
なにもそんなに補償金にこだわらなくっても・・・。ちょっと大人げない気が・・・。

補償金制度は1992年に導入されたものらしいが、
ビジネス・ソフトウェア・アライアンス(BSA)は、「コピーの回数に応じて料金設定するなど、権利者の報酬と消費者の自由のバランスを取るべきだ。十三年前の制度は時代遅れ」と言っているらしい。


JASRACについても、その存在意義はあるんだろうけど、確か坂本龍一が、競争のない独占企業でよいのかっていうようなことを問題提起していたと思う。
どうなったんだろう。これは音楽の消費者側の問題というよりも、アーティスト、著作権者側の問題という面が深刻だと思うんだけど。


著作権法で有名な福井健策弁護士の事務所(骨董通り法律事務所)は、「For the Arts」を旗印としているらしい。格好いい。


ふと思い出した小話。嘘か、本当かは分からない。
10年以上前、ジッタ リンジン という名の奈良出身の人たちの女性ボーカルのバンドが一瞬、「プレゼント」という曲で一斉を風靡した。大きなホールだかなんかでコンサートを開くまでになったけど、そのときその公演の対価としてバンドに支払われたお金は10万円に満たなかったという話。

コンサート代のお金はどこにどう流れたんだろう。
そういえば鈴木亜美も、給料制で安かったらしいし。あれだけCD売れていたのに・・・。


とりとめのないかことを思いついたがままに書いてみたけど、いつかこのぐちゃぐちゃの思考も、もうちょっと著作権の勉強をしっかりとして基礎を叩き直したとき、しっかりと組み立てが出来るんだろう。

今は、その日のための備忘録として。

これを読まなきゃもぐりということらしい、ローレンス=レッシグ教授の本を早く読まなきゃ。積んであるだけだ。
翻訳は、山形浩生だ。ちょっと嬉しい。
嫌いな人は嫌いなんだろうけど、私は好きだ。

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