2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のコメント

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

flickr


« 鈴木亜美を見て思う、契約というものについて【松井】 | トップページ | 契約書ひな形の功罪【松井】 »

2005年3月31日 (木)

合気道と私【松井】

2005
マンションに暮らしています。家の前・南側には片側一車線の道路が走っていますが、マンションは少しへこんだところに建ち、道路とマンションの間には時間制の駐車場がありました。ところが、この駐車場は、先日、車止めや料金支払機が取り壊され、アスファルトがはがされ、まったくの更地となりました。
マンションに住んでいる人なら分かると思いますが、何か建物が建つのでは!?という不安です。建物の南側に建物が建つ、つまり南に窓がある自分の部屋の日当たりが悪くなるのではないか、家の中が丸見えになるのではないかという不安です。
これは特に低層階の人には一大事だったと思います。
マンションの掲示板には、「速報!」として何が建つ予定かのお知らせのビラが張ってありました。
「速報!向かいの元駐車場土地には2階建ての合気道道場が建つようです。」

合気道!
最後に稽古をしたのは2年前でしょうか。
20歳ころの学生のときにちょっとしたきっかけから淀川区の十三の道場に通いはじめ、合気道を始めました。
司法試験の勉強をしながら、その反動か一時、狂ったように稽古にのめり込み、20歳を過ぎているのに夜中の公園で、友達と二人組んで昇級試験のための稽古をしたりもしていました。電車に乗っていても、技のイメージトレーニングに励み、頭の中は、法律か合気道という状態でした。憲法の条文を吹き込んだテープを聴きながら、道場に通ったりしていました。
そんな私の合気道への情熱も、働きだしてから、また独立して事務所を始めてから、と徐々にダウンしていき、忙しさにかまけて稽古をしなくなってしまいました。
黒帯をしめ、袴をはいて最後に稽古したのは2年以上前です。

ところが、家の前に合気道の道場が出来るらしいという驚きで、もう一度稽古を始めようかという思いがわき上がりました。
自宅前なら稽古に行く時間がないという理由もありません。1時間の稽古をする時間くらい作り出せるはずです。夏の稽古で汗をびっしょりとかいてもすぐにシャワーも浴びることが出来ます。
新しく出来るこの道場の師範が誰なのかは分かりませんが、あの稽古の爽快さをもう一度味わえるなら、流派は問わずに通おうかなと久しぶりのワクワク感を感じています。

私はたかだか初段(合気会)にすぎませんが、それでも合気道を通じて学んだことはたくさんあります。合気道には試合がありません。合気道は、相手との対話、自己との対話、自己との戦いだと思います(熱く語ります)。自分の体ですら自分では思うように、自由には動かせない、その不自由さに直面し、対峙しながら、それをいかに稽古で乗り越えていくかというものだと思います。この乗り越えていくこと、その過程に合気道の喜びと面白さを感じます。
思うに、たぶん生きるということもそういうことではないかと思います。
合気道をすると、生きるということを考えさせられます。

マンションの前に合気道の道場が出来るというのは何かの因縁であり、今の自分を振り返るちょうどいい機会なのかもしれません。今年、34歳です。
ホームページの一言メッセージも書き直さねば。

*写真は、道場のKさんが東京に転居するという最後の稽古の日、女子でKさんを囲んだ記念写真

« 鈴木亜美を見て思う、契約というものについて【松井】 | トップページ | 契約書ひな形の功罪【松井】 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 合気道と私【松井】:

« 鈴木亜美を見て思う、契約というものについて【松井】 | トップページ | 契約書ひな形の功罪【松井】 »