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2005年3月

2005年3月31日 (木)

合気道と私【松井】

2005
マンションに暮らしています。家の前・南側には片側一車線の道路が走っていますが、マンションは少しへこんだところに建ち、道路とマンションの間には時間制の駐車場がありました。ところが、この駐車場は、先日、車止めや料金支払機が取り壊され、アスファルトがはがされ、まったくの更地となりました。
マンションに住んでいる人なら分かると思いますが、何か建物が建つのでは!?という不安です。建物の南側に建物が建つ、つまり南に窓がある自分の部屋の日当たりが悪くなるのではないか、家の中が丸見えになるのではないかという不安です。
これは特に低層階の人には一大事だったと思います。
マンションの掲示板には、「速報!」として何が建つ予定かのお知らせのビラが張ってありました。
「速報!向かいの元駐車場土地には2階建ての合気道道場が建つようです。」

合気道!
最後に稽古をしたのは2年前でしょうか。
20歳ころの学生のときにちょっとしたきっかけから淀川区の十三の道場に通いはじめ、合気道を始めました。
司法試験の勉強をしながら、その反動か一時、狂ったように稽古にのめり込み、20歳を過ぎているのに夜中の公園で、友達と二人組んで昇級試験のための稽古をしたりもしていました。電車に乗っていても、技のイメージトレーニングに励み、頭の中は、法律か合気道という状態でした。憲法の条文を吹き込んだテープを聴きながら、道場に通ったりしていました。
そんな私の合気道への情熱も、働きだしてから、また独立して事務所を始めてから、と徐々にダウンしていき、忙しさにかまけて稽古をしなくなってしまいました。
黒帯をしめ、袴をはいて最後に稽古したのは2年以上前です。

ところが、家の前に合気道の道場が出来るらしいという驚きで、もう一度稽古を始めようかという思いがわき上がりました。
自宅前なら稽古に行く時間がないという理由もありません。1時間の稽古をする時間くらい作り出せるはずです。夏の稽古で汗をびっしょりとかいてもすぐにシャワーも浴びることが出来ます。
新しく出来るこの道場の師範が誰なのかは分かりませんが、あの稽古の爽快さをもう一度味わえるなら、流派は問わずに通おうかなと久しぶりのワクワク感を感じています。

私はたかだか初段(合気会)にすぎませんが、それでも合気道を通じて学んだことはたくさんあります。合気道には試合がありません。合気道は、相手との対話、自己との対話、自己との戦いだと思います(熱く語ります)。自分の体ですら自分では思うように、自由には動かせない、その不自由さに直面し、対峙しながら、それをいかに稽古で乗り越えていくかというものだと思います。この乗り越えていくこと、その過程に合気道の喜びと面白さを感じます。
思うに、たぶん生きるということもそういうことではないかと思います。
合気道をすると、生きるということを考えさせられます。

マンションの前に合気道の道場が出来るというのは何かの因縁であり、今の自分を振り返るちょうどいい機会なのかもしれません。今年、34歳です。
ホームページの一言メッセージも書き直さねば。

*写真は、道場のKさんが東京に転居するという最後の稽古の日、女子でKさんを囲んだ記念写真

2005年3月23日 (水)

鈴木亜美を見て思う、契約というものについて【松井】

CIMG0603最近、テレビで鈴木亜美をよくみかけると思ったら、浜崎あゆみも所属するエイベックスに今年から所属していたらしい。
歌やその存在が好きかどうかはともかく、がんばって欲しいと思わずにはいられない。

テレビのオーディション番組から登場し、当時絶好調だった小室哲哉プロデュースということでデビューし、あっという間にテレビの人気者になった歌手だ。確かデビュー当時まだ17歳だったか18歳。
ところが1、2年後、突然、テレビから姿を消した。

所属した事務所との契約を巡るトラブルが原因~働きまくっているのに相応のギャラが支払われないから辞める~と言われていた。その後もれ聞く話では、所属したレコード会社との契約解消も求めているということだった。
そして鈴木あみは世間から消えた、ように思われた。

その後、所属事務所とは裁判になっているということであったが、鈴木亜美勝訴、事務所は辞めることが出来た(平成13年7月)。しかしレコード会社とも裁判となり、この判決が出たのが平成15年3月だった(判例時報1836号89頁)。

所属事務所とは「マネジメント契約」(1)の解除を争い、レコード会社とは、マネジメント契約がなくなったことに伴い、同社との「専属実演家契約」(2)もなくなったと争ったものだった。

判決による、鈴木亜美の主張、レコード会社の主張がそれぞれ興味深い。
判例雑誌に紹介されている趣旨としては、鈴木亜美ーマネジメント会社ーレコード会社という三者間の契約関係についての判決の考察の仕方が見るに値するものとして紹介されている。

しかし私にとっては、レコード会社のビジネスのあり方について今更ながらになるほどねぇという感心、さらには「考え抜いて契約書を作る」ということの大切さを改めて実感した判決文だった。


原告の主張では、こんな主張事実があったようだ。

「本件専属契約第3条第1項の定めるとおり、原告がいかなる歌を歌唱するかは被告ソニー・エンタテイメントと原告とが協議すべきことであるところ、同被告は、そのような協議を一切せず、実際には、レコーディングの当日に原告に楽譜を見せて、その場でレコーディングをするということが行われていた。また、楽曲によっては、原告の音域に合わないものもあった。」
鈴木あみ、大変だったのね、というところか。


マネジメント契約が終われば当然に専属実演家契約も終わるわけではないというレコード会社の主張では、こんな主張があったようだ。

「レコード会社が契約したアーティストは、レコード会社が投資したからといって誰しもが成功するわけではない。したがって、レコード会社は、多くのアーティストと契約し、かつ、その中の一部のアーティストによってもたらされた利益が他の多くのアーティストに投資され、その中から次代を担うアーティストが生まれ、またその利益が他のアーティストに投資されるという繰り返しによる収益構造が、レコード会社のビジネスの基盤となっている。よって、成功して収益をもたらすようになった一部のアーティストについて、その専属性が予定どおり保持されなければ、レコード会社の収益構造が成り立たなくなってしまう。」
なるほどねぇ、といったところか。
「数撃ちゃ当たる方式」あるいは「リスクの分散」ということよね、結局。
オレンジレンジの成功による利益で、また新しい才能が発掘されるわけですね。


契約条項の重要性については、判決書は次のように述べて、レコード会社に対して厳しいものとなっている。
結局、レコード会社の主張は受け入れられず、マネジメント契約がなくななれば、原則、専属実演家契約もなくなると裁判所は判断した。

「本件マネジメント契約の終了により本件専属契約が終了すると解さざるを得ない理由は、本件専属契約が存続するとした場合、契約の双務性と有償性とが失われ、原告が一方的な債務負担のみを強いられることになり、著しい不利益が生ずるということ、及び本件専属契約が二者契約に変容するとした場合の被告ソニー・エンタテイメントと原告との間の法律関係を本件専属契約の条項から導き出すことができないことにある。そして、このことと、本件専属契約の条項から一見して、本件専属契約が本件マネジメント契約を前提としていることを十分に知りうるはずであることからすれば、同被告としては、本件マネジメント契約終了後の法律関係について、あらかじめ合理的な規定を設けておくなどして、契約関係を明確化し、かつ、原告に著しい不利益が生じないように配慮しておけば、本件マネジメント契約の終了によって本件専属契約が終了するという不利益を避けることができ、かつ、同被告があくまでも専属性を重視するのであれば、そうすべきであったということができる。したがって、本件専属契約の終了によって被告らの被る不利益のみを重視することは、相当ではないというべきである。」

厳しい!もし私がこの専属実演家契約の契約書を起案した弁護士だったら衝撃のあまり失神してしまうかもしれない裁判所からの指摘です。
要は、契約書の条項が曖昧だから、その不利益をあなたが被ってもそれはあなたの責任よと突き放しているのです。
契約書を起案する弁護士としては、先の先の先を考え、まさに「契約関係を明確化」し、一方当事者に極端に不利益とならない契約をなすように努力しなければならないということでしょう。単に、書いてあればよいという程度のものじゃ裁判では戦えないよというあたりまえのことですが。

いま、レコード会社と実演家との契約書のひな形はどうなっているのか興味のあるところです。


テレビで鈴木亜美を見ると、この判決を思い出します。がんばってね、鈴木亜美。
ちなみに、この判決のあと、控訴審で鈴木亜美とレコード会社は和解したようです。これで契約関係がすっきりし、エイベックスとも契約できたんでしょうね。


*写真は、MCUという人とBOOMの宮沢和史で、「ありがとう」という歌のPVの一幕で、夜中やっていたMTVで流れていました。

2005年3月 7日 (月)

相続について思うこと ~「三百代言」は存在するのか~ 【松井】

CIMG0586

トラブルが大きくなってから相談に来られ、代理人となり解決したケースが過去いくつかありました。初めから弁護士に相談されていたらよかったのにというケースです。


相続税の納税手続きを依頼した税理士が遺産分割の内容そのものについてまで各相続人の間で代理人のように協議をはじめ、説明不足のまま強引に分割合意をさせようとした事例。


司法書士に相続登記を依頼し、登記移転についての全相続人の合意を得る作業についても任せたところ、一部の相続人が相続分を第三者に売ってしまい、この第三者との交渉が難航した結果、相談に来た事例。譲渡された相続分につき、そもそもの計算が間違っていたことが判明。


以上の2ケースの本質は、税理士さん、あるいは司法書士さんが、「遺産分割協議」について、相続人の「代理人」として「交渉」を行ったが、依頼者である相続人の利に適わなかったという点です。

1については相続人に対しての全くの説明不十分、2については対立する第三者との交渉の不慣れと法定相続分の計算の不慣れが、二次的トラブルの原因といえます。

弁護士であっても、依頼者への説明が不十分なために不信を買うこと、第三者との交渉がうまくないこと、法律の調査が不十分なことはありえます。

だから、弁護士に任せておけば安心、税理士さん、司法書士さんだから云々ということは言いません。


でも、ちょっと不安。
弁護士以外による、遺言処理や、相続の処理、つまり遺産分割協議について。

弁護士はトラブル事例を多く扱っています。訴訟になったらどうなるのかという見通しがきくといえます。
だからこそ、トラブル、すなわち失敗例を避けるためのポイントが分かり、予防ポイントもある程度分かるのです。経験、ある種の訓練を受けているといえます。

遺産分割協議についても、相続人間で起こりうるトラブル、ポイントが分かります。訴訟案件、調停・審判案件は、要は、トラブル案件だからです。
遺産の範囲でもめるのか、それとも収益物件についての賃料を巡ってトラブルとなるのか、あるいは負債処理がポイントとなるのか。特別受益はどうなのか、寄与分はどうなのか。

遺言は決めうちなのでまだ処理できるかもしれないけど、遺言がなかった場合の遺産分割協議について、弁護士以外のもの、つまり最近話題のように、銀行などが扱いこなせるのか、結局、顧問の弁護士にふるだけになるのではないかと心配です。
裁判所で代理人活動が出来るのは、基本的に弁護士だけだからです。つまり訴訟活動を経験しているのは弁護士だけだからです。


しかしさらに考えると、代理人活動が出来るのが基本的に弁護士だけなのはなぜなのか(弁護士法の規定)。「三百代言の跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)」を防ぐ点にあると言われていました。
この「三百代言」はそもそも存在するのか?弁護士がその存在価値を高めるために作り出した架空の鬼なのではないのか?
そうであるなら、弁護士じゃなくっても、誰でも代理人として、裁判所で法廷に立つ日もそう遠くはないのかも。

紛争解決、裁判、交渉について、弁護士に頼むのか、そうじゃないのかの選択肢が用意され、まさに自己責任で各人が選ぶ、という時代が来てもよいのかなと思ったり。
現に、今、簡易裁判所レベルの裁判では、弁護士に代理人を頼むことも出来れば、司法書士に代理人を頼むことも出来ます。
相続、遺産分割協議についても、誰に頼んでも問題ないのかもね。結果は、自己責任。弁護士に頼んで出た結果についても、それもその人が負うもの。

選択肢は多い方がよいだろう、基本的に。だったら、誰でも代理人活動が出来たらいい。そして、弁護士であろうが、そうでなかろうが、何であろうが駄目なものは駆逐されていくだけだし。

以上は、極論です。弁護士資格、試験なんていらないということにもつながるし。
資格試験がなく、誰でも法廷に立てるとなったら、裁判制度はいったいどうなるのか?!裁判制度なんてなくなっちゃえ、ということも考えられますが、そうなるといったい・・・。

このあたりに弁護士増員、ロースクールのポイントもあるのかも。
私は、弁護士増員や弁護士法の改正について、反対の立場ではありません。
ただ、その場合、利用者の自己責任というからには、それに応じた情報開示はもっと必要だとは思いますが。
メリット、デメリットを比べられるように、違いを明らかにしないと。
でも、違いなんてなかったりなんてことが・・・!?。


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