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2004年12月

2004年12月17日 (金)

読書【松井】

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移動中のちょっとした時間や寝る前の数十分、本を読んだりする。
つい最近は、「警視庁刑事 私の仕事と人生」(鍬本實敏、講談社文庫)を
読んでいた。

そうしたら、この本は面白かったよといって大橋から手渡されたのが
「獄窓記」(山本譲司、ポプラ社)だった。
「警視庁刑事」を読み終わった後、すぐに読み始めた。


「大体、私は調べという言葉が好きじゃないんです。お互い納得するまで
話し合う。公判の時に証人として呼ばれないことが理想ですよ。
私は一度もない。」(「警視庁刑事」)。

そういえば去年、刑事事件で、若い警察官を証人として呼んで尋問をした。
初めての取り調べだったらしい。強引な調べをしたために被告人が納得いかず、
調べを担当したこの警察官を証人として法廷に呼ぶことになった。



「わかりました。その前にちょっとお願いがあるんです。私たちのことは、
看守や刑務官という呼び方ではなくて、矯正職員と言っていただきたいのですが」・・・
「他の受刑者には、私たちのことを先生と呼ぶように指導している
手前もありますからね。
もっとも、国会議員をやられていた方に、無理は申しませんが・・・・・・」(「獄窓記」)


そういえば去年、刑事事件で、「先生が、こういうことにしとけっていうから、
そうですと言って、そういう調書が出来たんです」と言っていた被告人がいた。
「先生」って誰のことだろうと一瞬思ったが、話の流れで、警察官のことだと分かった。
警察官を証人として呼んだ事件とは別の事件でのことだ。
なぜ警察官を「先生」と呼ぶのか不思議に思ったことを覚えている。
何度か刑務所を出たり入ったりし、警察にも世話になっている彼独特の
一種の型なのかと思っていたが、そうではなかったようだ。
服役中、刑務所の職員を「先生」と呼ぶよう指導されていたために、
警察官も「先生」と呼ぶようになってしまったのだろう。


後から、昔の記憶と新たな知識がリンクしていく。
こうやって今も脳は成長しているのだろうか。
去年、私が弁護人をつとめた彼らは、今、どうしているのだろう。
二人とも今も刑務所にいるはずだ。

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